二十の太刀 城と桜
城跡には桜の名所が多いと思いませんか?
弘前城や上田城などは代表例ですかね。
実はあれ、当時の城主は見られなかった光景なんです。
今回はそんなお話です。
晴美に解説してもらいましょう。
ある休日のリビングで、焙烙晴美と妹の明日香がこたつに入りながらごろごろしていた。
そんな幸せ空間に、ふとテレビから桜の開花予想が流れる。
どうやら日本全国の開花予測日を放映しているらしい。
「あっ!お城だ!どこだろ?」
「弘前城だな。最北の現存天守だ。暫く工事が入るから、終わったら行ってみたいな。7年くらいやってるらしいけど」
「なが〜」
やる気なく明日香が返事をすると、代わりにと晴美がきり出す。
「上田城とか、桜が綺麗な城は沢山あるから、お花見に行ってみるか?」
「いいねー!昔の殿様も天守から桜を眺めて四季を感じてたのかなぁ〜」
「あ、それは違うんだ」
「え?違うの!?」
「うん、当時は桜なんか植えてなかった」
そう言い出し、晴美が説明を始めた。
「まず、日本で言うところの桜ってのは、大体がソメイヨシノだろ?
あれはエドヒガンっていうのとオオシマザクラってのを掛け合わせて作った人工の品種なんだ。
出てきたのは江戸時代の終わり頃かな」
「江戸時代じゃあ戦国時代にはまだ無かったんだねぇ」
「そう。戦国時代の城はあくまで軍事拠点としての色合いが強かったから、城内の植物は武器にできる竹とか、松脂が取れる松、それから食料になるような梅みたいなものが多かったんだ。
桜は食べられないし石垣を壊すほど根を広げるから植えらることはなかった。
あと、見張り台を兼ねる城だと木が邪魔で見通しが悪くなるってのもあるかな」
ふぅ〜ん、と明日香が相槌を打つ。
「じゃ、何でこんなに桜が有名なお城がたくさんあるのさ?」
ああ、それはな、と言って、晴美は説明を続ける。
「1873年に明治政府が出した廃城令によって、各地の城趾が公園として利用され始めたんだ。
そんなとき、取り壊された城がそのままだと景観が悪いから、植樹をしようって流れになった。
その時代、丁度東京で急速に広がったのがソメイヨシノ。
手入れが簡単、接ぎ木で増やしやすい、見栄えが良いなど色んな条件とタイミングが重なって、城に桜を植えるのがある種ブームになったんだ」
「でもさ、お城に桜植えたら石垣とか壊れちゃわないの?」
「当時はむしろ、根が石垣を保全してくれると期待されてたんだ。まぁ、育ちすぎると能島城みたいに逆効果になって桜が切られたりするんたけどな」
「やっぱり壊しちゃうこともあるんだねぇ」
「あとは、武士道精神の中に花は桜木人は武士って考え方があったんだ。
花は桜が最も綺麗である、人は武士が最も優れている、ってね」
「武士以外の全方面にケンカ売りそうな言葉…」
「まぁ、ここでいう武士は優れているってのは、桜みたいに見事な生き様を見せた後は、桜みたいに潔く散ることが美徳…みたいな感じだから他がダメってことではないよ」
「花といえば桜なのはなんとなくわかるなぁ」
あ、と晴美が声を漏らす。
「奈良時代は花と言えば梅だったんだ。万葉集の和歌では梅が出てくる句は桜の倍以上になる。
平安時代の古今和歌集まで時代をくだると数が逆転して、桜のほうが人気になるんだ。
遣唐使が桜の木を唐から持ち帰ってきてたんだけど、平安になってから遣唐使が廃止されてからは日本の在来桜が人気になっていったみたいたぞ」
「へぇ~!昔から桜じゃなかったんだ」
明日香はいつのまにやら手に取ったみかんを頬張りながら返事をした。
「まぁでも、それ以降は日本人にとって花と言えば桜になり、何百年もずっと誰かしらが日記に桜が咲いた日を記録してたから、日本の桜の開花日は何百年も追えるんだ」
「そんなことあるんだ!」
「昔は桜が咲いたら田植えをする、みたいにカレンダーの役割もしてたみたいだしな。桜って名前も、サが田んぼの神様を意味して、クラがその神様が宿る場所が由来なんて話もある」
「はぁ〜。昔の人の知恵は凄いなぁ。早く桜咲かないかなぁ」
そんな話をしながら、休日の平和な時間が流れていくのであった。
城と桜の関係性について、あとちょっとだけ桜の歴史についてのお話でした。
これからの時期、各地で桜が見頃となることでしょう。
城跡にお花見に出かけることがあるかも知れません。
戦国当時とは違う光景かも知れませんが、これもまた城が辿ってきた歴史の1ページかと思います。
是非綺麗だと思って見て欲しいです。
私はソメイヨシノも好きですが、八重桜の見事な花も大変好みです。
これからの桜の時期が楽しみですね!




