10エピローグ
――ガタリ……ゴトリ……
古びた馬車が、石畳の道をのんびりと進む。
吹き込む風は気持ちよく、
窓の外から見える空は青い――
あれから数日後。
”太陽の戦乙女”は、馬車で南方へと向かって旅立った。
「むにゃぁ……」
馬車の中でアンジェラは寝息を立てていた。
僕の向い正面には右からビルナ、エリザ、ライカが座り――
その三人の膝の上にアンジェラは寝転がっていた。
「ふふっ……可愛いね~、ヨシヨシヨシヨシ~」
ビルナがアンジェラの頭を撫でる。
眠っているアンジェラは、幸せそうな表情だった。
数日前までは色々と騒動を起こし、
パーティー崩壊の危機にさらされていたのだが
……今はすごく平和な時間が流れていた。
「ほんと、丸く収まって良かったな~ってな。」
ライカが優しげな声色で言う。
そういえば、アンジェラには謝ったが、
他の三人にはきちんと謝っていなかったことを思い出す。
本当にたくさん心配をかけたと思うし、申し訳なく感じていた。
「あの……ライカさん。すいませんでした。
ビルナさんもエリザさんも本当にご迷惑をおかけして……」
――ビシッ!
おでこに、ビルナの手が素早く置かれ、
頭を下げることを阻止される。
「いいって。丸く収まったんだし。」
続けて、エリザの方からも声がかけられた。
「気にしてませんよ。私たちも反省すべき点は多々ありますし。」
「そうそう、喋りたいことは沢山あるんだよね~。
でも、その前に~。」
ピシッと、僕の口の前にビルナの指が立てられる。
「さん付禁止、あんど、できる限りタメ口ね。
せっかく再結成したんだし、新しいルール追加ね。」
「あら?常に敬語の私に配慮してくださったのですか?」
三人は笑う。
その表情は明るく――楽しそうだった。
確かに、今までは少し距離を感じていたかもしれない。
自分だけ女じゃない――アンジェラのお気に入りじゃないし、
なれないんだって思っていた。
パーティーの中心はアンジェラだった。
ただ一人、男だった自分は仲間外れみたいな立場だった。
でも今は違う。
同じメンバーとして、肩を並べて旅ができる。
それだけで十分幸せだった。
「実は……脱退というのは嘘だってわかっていました。
でも、少し泳がせていたのです。
ごめんなさい。
もしあの時、すぐにでも謝りに行かせていれば、
こんなに拗れることもなかったかもしれません。」
エリザが少し目を伏せて言う。
彼女の顔に反省の色が見える。
「でも、こんなに大団円になることもなかったかもしれないぞ?
とにかく上手く行ったんだから良しとしようぜ。」
ライカが笑う。
ディストもエリザもつられて笑みを浮かべた。
「みなさん、いや……みんなありがとう!」
感謝の気持ちが込み上げてくる。
自分が今生で一番幸せな瞬間かもしれない。
「そうそう反省といえばさぁ~
アンジェラが嘘ついた時に、
ライカは固まるし、エリザはマドラーで怒りを表現するし、
演技下手過ぎない?」
ビルナがキャッキャッと笑いながら指摘する。
そういえばあの時、”浮遊する眼”で四人のことを盗み見してた時、
ライカは数秒固まってたし、エリザはすごいうるさくマドラーを回していた気がする。
「ま、まぁ……結局バレなかったんだからいいじゃないか。」
「そ……そんなに激しく回していません……おそらく……」
二人は少し慌てながら言葉を返す。
僕は思わず笑いながら二人を見る。
「アンジェラが女の子を好きに――
いや、男を激しく嫌うようになったのは理由があってね。」
ライカが話題を変える。
スッと僕の目を見つめる。
真面目な声音だった。
「アタシね。アンジェラと同じ町で育ったの。」
ライカは僕の目を少し見つめた後、
視線を窓の外に移しながら続ける。
「特別仲が良かったわけじゃないんだ。
多分お互い”いるなー”ってくらいの間柄だったと思う。」
膝の上に軽く置かれていたライカの手が、キュッと握られる。
「アンジェラはさ……お母さんを盗られたんだよ。」
ライカの表情が、一気に寂しげなものへと変化する。
下唇を噛みしめるように口元を引き結ぶ。
「ある日、新しくやってきた男に、
暗くて冷たい路地裏に放り出されたらしくてさ。
……そこでひどい目に遭った。
行き場のない女の子がさ、
路地裏でどんな目に会うか知ってる?」
想像するだけで背中が冷える。
「幼いから……なんて通用しない。
冷酷な世界はいつも弱者に牙をむくんだ。」
ライカの声音は辛そうで――怒っているようにも聞こえた。
「アタシさ……なにも出来なかった。
路地裏でやつれていくあの子を――
……見ていることしか出来なかった。
助けてあげたかった。
手を差し伸べたかった。
けど……ッ何も出来なかった……ッ!」
ライカの肩が震える。
それはきっと、後悔と共に今まで心の奥底に封じ込めていた思い出だろう。
少し時間が経った後、ゆっくりと口を開いた。
「暫くして、アンジェラが昔住んでいた家が火事になった。
それは普通の炎じゃなかった。
赤く、激しく、荒々しい、真っ赤な炎。」
ポツリと語られる言葉に、僕はただただ聞き入っていた。
赤く、激しく、荒々しい、真っ赤な――紅蓮の炎。
「家は全部焼けちゃった。
お母さんも、新しく来た男も――
生まれたばかりの赤ちゃんも。
全部、焼けちゃったんだって。」
想像するだけで涙が止まらなくなりそうだった。
自分から母の愛を奪った、あの男が許せなかったのだろう。
自分よりも男を選んだ、あの母が許せなかったのだろう。
自分から居場所を盗った、無垢な赤ん坊でさえも許せなかったのだろう。
「それで3年前。アタシとアンジェラは冒険者ギルドで再会した。
向こうは覚えてなかったみたいだけど、アタシは覚えてた。
……すごい酷い顔をしてたよ。
この世界丸ごと燃やし尽くしたいってぐらいに。」
ライカは続ける。
「アタシ、思ったんだ。
もう一度出会えたのは、運命だったんだって。
あの時の後悔を乗り越えるために、必要な出会いだったんだって。」
そう言って、優しげな笑みを向ける。
今まで見たこともないような――温かな微笑みだった。
「もう絶対にこの手を離すもんかって誓ったんだ。
二度と独りにさせないって決めたんだ。
ずっと一緒に居るって約束したんだ。」
ライカは強く拳を握る。
その表情は真剣で――迫力があった。
「アンジェラは、今でも、優しかった昔のお母さんの温もりを探し続けている……。
……こんな話、勝手にするつもりじゃなかったんだけどね。」
ライカの手が、
何も知らず寝ているアンジェラのお腹に触れる。
「でも、皆には知ってて欲しかったんだ。
特にディスト、君はアンジェラが初めて心を許した男だから。
この子が過去に何を経験してきたのか――
それを理解して欲しかったんだよ。」
ライカは再び視線を外へと向ける。
遠くに見える景色は変わらず青い空だったが、
少しだけ、夕陽の赤みが混じっていた。
「どんな人間にも過去はあります。
どんな環境で生まれ、
どう育ち、どう歩んできたのか。
全部が良いことばかりではないはずです。
人格は過去の経験に大きく影響されます。
……それを忘れて相手を蔑ろにしてはいけません。
綺麗ごとかもしれませんが、
誰しもが忘れてはいけない教訓です。」
エリザが静かに口を開く。
彼女の言葉は重く、力強い。
「そのためには、きっちり話し合わなくちゃいけないよね。
なんでそんなこと言うんだ、とか、なんでそんなことするんだ、とか。
過去を知って、お互いを知ることが何より大切だと思うんだ。」
ビルナも優しげな表情で笑む。
四人全員でアンジェラを見つめる。
「そうですね……」
ポツリとつぶやく。
アンジェラは未だぐっすりと眠ったままだ。
だけど――きっと今は幸せな夢を見ているに違いない。
これから先、僕たちはどんな時も一緒だ。
仲間同士、支え合いながら歩いて行くのだろう。
その旅路は決して平坦じゃないだろう。
時には試練もあるだろう。
苦難も待ち受けているだろう。
でも……
僕たちなら大丈夫だ。
確かな自信があった。
「僕!皆のこと、もっと知りたいで――」
「うるさーーーーいッ!!」
唐突にアンジェラが飛び起きた。
「うわっ!?」
ジタバタと暴れる足が、
的確に――
僕の股間に突き刺さる。
「~~~~ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声にならない悲鳴。
視界が白く弾ける。
「ディスト!?」
「大丈夫ですか!?」
「急所!急所入ったよ今!」
「え……?え……?」
周囲が一気に騒がしくなる。
その中心で、
アンジェラは、数秒ぽかんとしたあと――
状況を理解した。
「……あ」
一瞬の静寂。
そして。
「ディスト!ごめーーーん!!!」
青空の下、絶叫が響き渡った。
勢いで書いて、勢いで予約投稿にして全部発射しました。
なかなか気持ちよかったです。
ここまで見てくれてありがとうございました。
気が向いたら、また何かしら書こうと思います。




