↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
94/135

第95話 基準の届かない場所

 リーデン町は、馬車で二日かかった。途中で一度、車輪の輻を締め直すために止まった。


 港はない。川もない。荷はすべて陸路で入り、陸路で出ていく。町の中心に工房が七つ並び、その周りに畑がある。それだけの町だった。


 ヨナス・レントは、想像より若かった。三十代の半ば。日焼けした肌に、実務者の硬さがある。手の甲に、糊の乾いた跡が残っていた。


「お越しいただけるとは思いませんでした」


 深く一礼する。礼の角度が深すぎて、こちらが困る種類の丁寧さだった。


「書簡は読みました」


 エリシアが促すと、彼は持参した資料を広げた。


「うちの町には、大規模な商団はありません。家族経営の工房と、小規模な農業が中心です」


 数字が並ぶ。信用履歴、取引件数、資本規模。どれも違法ではない。だが、公開の基準を満たすには小さすぎる。小さいことは、様式のどの欄にも書けない。


「港湾都市の取引先から、こう言われました」


 彼は苦笑した。言われた文句を、そのまま覚えている苦笑だった。


『公開枠組みに準拠していない地域との長期契約は、慎重にしたい』


 責める意図はない。合理的な判断だ。だが結果として、取引の条件は厳しくなっている。


「書式を整えるのに、何日かかりますか」


 エリシアは聞いた。


「一年に、のべ四十日です」


 ヨナスは即答した。数えたことのある人間の即答だった。


「町で字を書ける者が三人います。そのうち二人は工房を持っています。四十日ぶん、工房が止まります」


「その四十日は、どこに書けばよいと思いますか」


「分かりません」


 彼は言った。分かりません、と言うのに、恥じる様子がない。


「ですから、書簡の隅に書きました」


 エリシアは、しばらく彼を見ていた。書く場所が無いものを、この人は書簡の隅に書いてよこした。


「その欄は、あります」


「あるのですか」


「一年ほど前に作りました。待った日数、という欄です。作った人は、字が書ける人でした。二度潰れました」


 ヨナスは、意味を測りかねた顔をした。二度潰れた、という話が、どこへ繋がるのか分からない顔だった。


「うちの四十日は、待った日数ですか」


「違います」


 エリシアは認めた。


「ですから、欄をもう一つ作ります」


 彼女は資料の余白に線を引き、見出しを書いた。書式を整えるのに要る日数。


「これが埋まれば、こちらの様式が誰の手を止めているかが分かります」


 ヨナスは、その一行をしばらく見ていた。見出しの字を、指でなぞって読んでいる。


「うちの町の名前が、その欄の一番上に出ますね」


「出ます」


「恥ずかしい話です」


「恥ずかしいのは、こちらです」


 エリシアは言った。


「四十日かかる様式を配ったのは、私です」


 沈黙が落ちた。ヨナスは何か言いかけて、やめた。やめたぶんの言葉は、たぶん礼ではなかった。


「支援の枠組みを設計します」


 彼女は続ける。


「簡易公開モデル。最低限の信用情報を、負担なく示せる形式です。費用は王国が一部負担します」


「段階的な参加ですか」


「はい。完全な公開でなくとも、最低限の透明性を確保します」


 ヨナスは深く息を吐いた。動ける、という語を、この日初めて使った。


「それなら、町も動けます」


 沈黙のあと、彼は言った。


「制度は大きくなりました。ですが、端にいる者も見てください」


 その言葉は、責めではない。願いだった。願いのほうが、責めより長く残る。


 帰りの馬車で、エリシアは地図を開いた。港は安定している。中心は強い。だが、端は脆い。地図の端は、そもそも縮尺が粗い。


 彼女は地図の端に、小さく四十という数字を書き込んだ。

「恥ずかしいのは、こちらです」と設計者に言わせるために、この町を書きました。基準を配った側が、その基準の負担を一度も数えていなかった。次回、簡易公開モデルの試作が三通り並びます。試算の日数を前に、エリシアが言います。「ゼロとは書かないでください」。ブックマークと評価は、まだ見出ししかない空白の欄に、最初の一行として入れておきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。