第84話 設計の副作用
三十日のうち、十日が過ぎた。
公開枠組みは停止中だが、内部では改修が進んでいる。失敗履歴は単独では表示できない。改善履歴は強制的に同時表示される。時系列は分断できない。再評価の申請窓口も設置した。四つとも、三日目までに決まったことだった。決まったあとの七日で、決めた四つが互いに邪魔をし始めている。
技術班は昼夜なく作業を続けていた。交代の名簿は壁に貼ってあるが、名前の横の時刻はもう当てにならない。
「文脈保護の第一次実装、完了です」
ヴァルドが報告する。声が掠れている。三日前から同じ掠れ方だった。
試験環境に新しい画面が表示される。失敗履歴の上部に、太字で改善率、経過年数、再発の有無。単独の赤字は、もはや存在しない。赤字を消したのではなく、赤字だけを取り出せなくした。
「これで切り取りは難しくなります。完全ではありませんが」
エリシアは画面を見つめた。数字は整っている。構造も合理的だ。整っている画面を、彼女はもう三十日ぶん見続けている。
だが、アルノーが静かに言った。
「副作用があります」
室内が静まる。副作用、という語をこの部屋で口にするのは、たぶん勇気が要る。
「改善履歴を強制表示することで、過去の失敗が常に再提示されます。良い面も悪い面も、常に並ぶ。結果として、失敗が消えないという印象は強まります」
エリシアは一瞬黙った。言われてみれば、当たり前の話だった。当たり前の話を、七日間、誰も言わなかった。
「改善を強調すれば、失敗も強調される」
ヴァルドが続ける。
「表示回数が増えれば、記憶にも残ります」
沈黙が落ちる。守ろうとすれば、別の影が生まれる。影の形は、守り方によって毎回違う。
「再評価制度は」
「申請が想定より多いです」
一覧が表示される。文脈追加の希望、拡散被害の注記依頼、誤解の修正申請。件数の欄は、朝に見たときより二桁増えていた。
制度は止まっているのに、人の声は止まらない。
「救済は必要です」
エリシアが言う。
「ですが、救済が増えれば、公開の信頼性が揺らぎます。修正できる記録だと見られます」
アルノーの指摘は冷静だった。正確さと柔軟さは、常に緊張の関係にある。片方を強めれば、もう片方が必ず削れる。
「私たちは何を守ろうとしているのでしょう」
エリシアが呟く。
「正確さか、納得か」
誰も即答できない。問いのほうが、この部屋の全員より先を歩いている。
そのとき、速報が入った。
「外部の分析記事が出ました」
画面に見出しが表示される。文字数まで数えたような、短い見出しだった。
『停止中も修正作業は不透明』
皮肉だった。透明性の修正作業が、不透明だと批判されている。
「公開していない期間が、疑念を生んでいます」
ヴァルドが言う。疑念、という言い方を選んだのは、非難ではないと示すためだった。
止めれば不信。続ければ傷。
エリシアはゆっくりと椅子に腰を下ろした。腰を下ろしてから、卓の隅に置いた収量表の綴りに目をやる。四年目の頁に、王子の字の付箋が挟まったままだった。
「作業ログを、今日から公開します」
「停止中の作業を、ですか」
「はい。何を直しているか、何を直せていないかを、日ごとに」
「直せていないほうを出すと、叩かれます」
「叩かれます」
彼女は言った。
「ですが、三十日後にまとめて出せば、隠していたことになります」
その日の夕方から、停止中の作業ログの公開が始まった。初日の欄には、四行だけ書かれた。書式は、四欄の様式から借りている。
実装完了、二件。実装断念、一件。理由、切り取り防止は画面がある限り不可能。継続検討、五件。
制度は静かに進化している。だが、社会は待ってくれない。進化には日数がかかり、日数は誰の欄にも載らない。
「三十日後」
エリシアは小さく呟いた。
「再開できなければ、終わります」
画面の新設計は美しい。だが、美しさと信頼は別だ。港の風が窓を鳴らしていた。鳴るたびに、技術班の誰かが手を止めて窓のほうを見る。
透明性の修正作業が不透明だと叩かれる。皮肉として出来がよすぎて、作者も一度読み返しました。次回、再評価の窓口に、同じ文体の申請が三件並びます。その後ろに、様式の違う封が一通。差出人は空白、中身は四欄の表。ブックマークと評価は、作業ログの「実装完了」の欄に一件ずつ足していきます。断念の欄には入れません。




