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婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


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第51話 実証という刃

 公開枠組みの特別会合は、朝の早い時間に始まった。窓はまだ開けていない。卓の上には前夜のうちに配られた資料の束が、人数ぶん角を揃えて積んである。


 議題は明確だった。前夜の通達には一行しか書かれておらず、その一行に注釈が付いていなかった。


「淘汰モデルの限定実証を提案します」


 カイ・ルーベルトは、感情を挟まない声で言った。年は三十に届いていない。話す速度が一定で、資料をめくる指も一定だった。一枚めくるたびに、紙の音が同じ間隔で鳴る。


「対象は三都市。期間は四十日」


 資料が配布される。失敗確率予測指数、再発傾向分析、資金流出パターン。完成度は高い。数字の並びに無駄がなく、注記の位置まで揃っていた。


「対象団体は、予測失敗率二十五パーセント以上。事前制限により、資源集中を図ります」


 ざわめきが走る。エリシアは黙って資料を読んだ。穴はない。論理は整っている。整いすぎている、とも思った。整った紙は、何を載せなかったかを見せない。


「再起の可能性は」


 アルノーが問う。声に力みはない。数字の筋を確かめるときの、彼のいつもの調子だった。


「否定しません」


 カイは淡々と答える。


「ですが、確率は低い」


 数字が示される。対象一覧の中に、リリア商団の名があった。行の並びは五十音でも規模順でもない。予測失敗率の高い順だった。


 その日の夜、ヴァルケイン資本の代表が現れた。


「セオドア・グレイだ」


 四十代半ば。鋭い目をしている。握手をせず、名乗っただけで席に着いた。上着も脱がなかった。長居をするつもりがない、という座り方だ。


「我々はカイの実証を全面支援する」


 つまり、資本が動く。


「損失を出せば」


 王国側が問う。誰も卓に肘をつかなかった。つける空気ではない。


「切るだけだ」


 即答だった。冷たい。だが、嘘はない。嘘のない冷たさは、反論の足場が作りにくい。


 四十日後、結果は明確だった。損失率、三割減。資金回転率上昇。短期安定化。市場は喝采し、投資家が一斉にカイ側へ流れた。


「……強いですね」


 ヴァルドが呟く。


「ええ」


 エリシアは否定しない。数字は嘘をつかない。嘘をつかないものは、何を測らなかったかも言わない。


 その夜、彼女は回廊でカイと向き合った。


「成功ですね」


「暫定的に」


 カイは静かに言う。


「あなたは反対しないのですね」


「否定できる根拠がありません」


 カイは少しだけ視線を落とした。回廊の灯りが、彼の資料鞄の留め金に当たっている。留め金は磨り減って、字の刻みが半分消えていた。長く使われた鞄だった。


「私の父は、造船業を営んでいました」


 突然の話題だった。回廊の端で、見回りの灯りが一度だけ揺れて遠ざかる。


「非効率でした。無駄な工程。旧式の管理。改善の拒否。公開がなかった時代です。誰も数字を見ませんでした」


 彼はそこで一度、息を継いだ。


「赤字を隠し、借入を重ね、最後は崩れました。家族も、従業員も、失いました。最後の一年、帳簿は父が一人でつけていました。字は丁寧でした。丁寧に書いてあるのに、誰にも見せなかった」


 エリシアは、その言葉のところで顔を上げた。卓の隅に置いたままの、紐で括った古い帳簿のことを思い出したからだ。あれも字が丁寧だった。あれも、出せる形にはなっていなかった。


「淘汰は悪ではありません」


 カイは続ける。


「遅れると、被害が拡大する」


 エリシアは黙って聞いた。彼は冷酷ではない。守ろうとしているのだ。拡大する崩壊を。


「あなたは、失敗を残す。私は、失敗を止めたい」


 視線が交わる。似ている、と彼女は思った。出発点は違う。だが、動機はどちらも守ることだ。


「一つ、伺ってもよろしいですか」


 エリシアは言った。


「お父様が崩れるまでに、何年かかりましたか」


 カイは、初めて答えるまでに間を置いた。


「……七年です」


「その七年のあいだに、一度でも持ち直した年はありましたか」


「二年目と、五年目に」


 彼は言ってから、自分が何を言ったかに気づいたようだった。留め金にかけた指が、そこで止まっている。


「それは、確率の話ではありません」


「ええ」


 エリシアは頷いた。手にした綴りの角が、指の下でわずかに反っている。


「確率の話ではありません。時間の話です」


 カイは何も返さなかった。回廊の下では、夜の荷役がまだ続いている。板を渡る音が二度、間を置いて三度目が鳴った。


「実証は続けます」


 しばらくして、彼はそう言った。


「数字が答えを出します」


 彼は先に回廊を出ていった。歩く速度も一定だった。


 エリシアは、港の灯りが揺れるのをしばらく見てから、執務室に戻った。卓の隅の帳簿の紐を解き、最初の頁を開く。


 一度目に潰れた年の、仕入れの記録が並んでいた。

カイ・ルーベルトは、エリシアと同じ動機で逆の答えを出す人として置きました。四十日の実証は正しい。正しい数字の横に、七年と、二年目と五年目が並んだ回です。次回、記録板に【効率準拠】という新しい印が増えます。印がついた団体と、つかなかった団体。リリア商団は後者です。ブックマークと評価は実証の数字と違って作者を切りには来ないので、遠慮なく数えます。

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