第43話 光を歪める者
最初の異変は、記録の速度だった。
「……更新が早すぎます」
ヴァルドが、公開枠組みの記録板を見つめる。更新の通知が、朝から途切れずに鳴っている。
本来、決定と修正は段階的に反映される。だが、ある参加団体の運用記録が、異常な速度で更新されていた。一日に四十件。多い日でも、こちらは六件だ。
「改変履歴は残っています」
「ええ」
エリシアは記録を追う。削除はできない。できないことは、最初に条文へ書いた。
「大量の修正で、痕跡を埋もれさせています」
それが手口だった。失敗を消すのではない。成功の記録で覆い隠す。規約は一つも破っていない。
回廊で聞いた言葉が、そのまま形になっていた。影の濃い者ほど、光を使うのが上手くなる。
同盟内部でも報告が上がっていた。
「王国関連団体です」
アルノーが低く言う。公式ではない、と先に断ってから、支援の話をした。
「公式ではない。だが、王国支援を受けている」
公開枠組みを利用し、成功例を量産している。小規模な案件、限定的な成果。だが、記録上は華やかだ。並べれば、量が質に見える。
「比較されれば、こちらが劣って見える」
管理派が言う。
「公開は公平だ」
アルノーは静かに返す。
「だが、公平は、操作できないとは言っていない」
商会連合でも動きがあった。市場が揺れ、王国系団体の成功例が拡散され、資金が流れているという。
「中身は」
「短期案件です。長期評価は不明」
クロウフォード代表は目を細めた。長期評価は不明、という一語のところで、報告を止めさせた。
「……早いわね」
ハルフェンでは、ヴァルドが対応を尋ねた。
「糾弾しますか」
「しません」
エリシアは即答する。糾弾すれば、こちらも同じ土俵に上がることになる。
「では」
「分析を出します」
彼女は三日かけて、一枚の様式を作った。作ったというより、削った。最初は十二欄あったものを、四欄にした。欄が多いと、埋められる側が「埋めきれないほうが悪い」と言われる。
翌日、公開枠組みの記録板に新しい項目が追加された。
『短期成功率と長期持続率の比較』
具体的な数値。評価期間。再発率。王国系団体の案件も、平等に記録される。
結果は冷静だった。短期成功率、高。再発率、未評価。長期持続率、データ不足。三つ目の欄が、いちばん幅を取っている。
華やかな数字の裏に、空白が見える。空白は、責める言葉を一つも使わない。
「……攻撃ではないのですね」
ヴァルドが言う。
「比較です」
エリシアは穏やかだった。攻撃ではない、と言われて、比較です、と返すのに力が要らない。
「同じ様式を、うちにも当てはめます」
「うちも空白が出ますよ」
「出します」
彼女はハルフェンの案件を三件、同じ四欄で書いた。うち一件は、長期持続率の欄が空白のままだった。空白のまま、記録板に載せた。
数日後、市場は落ち着きを取り戻し始めた。資金の流れが、再び分散する。落ち着いた理由を、どの記事も書かなかった。
王宮では、側近が比較資料の件を報告していた。
「削除は」
「できません。公開枠組みの規約違反になります」
レオンハルトは資料を閉じる。怒りはない。ただ、理解がある。削除できません、という報告を、彼は二度確かめなかった。
「……これが、公開か」
隠せない。だが、嘘もつけない。この二つが同時に成り立つ場所を、彼は初めて見ている。
彼はしばらく考えてから、側近に言った。考えているあいだ、指は資料の空白の欄に置かれていた。
「うちの案件も、同じ様式で出せ。空白は空白のままでいい」
「……よろしいのですか」
「向こうが空白を出している」
王子は言った。
「うちだけ埋まっていたら、埋めたことがばれる」
その夜、ハルフェンで、エリシアは記録帳に一行書いた。
『公開は、歪められる。だが、修正可能』
書いてから、ペン先を紙から離さずに、少し考えた。
修正可能、というのは正確ではない。修正するのは人だ。今回は間に合った。次に同じ手を使われたとき、誰かが四欄の様式を作らなければ、間に合わない。
彼女は一行を消さずに、その下に足した。
『次は、私でなくてもよい形にする』
十二欄あった様式を四欄まで削る三日間は、書けば一話ぶんになったので、作者も削りました。欄が多いと、埋められない側が悪者にされる――制度の話でいちばん覚えておいてほしい豆知識です。次は最終項目、永続条項と設計者特権なし。採決のあと、差出人のない表が一枚、記録板に流れ込みます。ブックマークと評価は、四欄の様式に、空白のまま載せておきます。




