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婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


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第42話 光の下で

 公開型枠組みの初回会合は、形式上は穏やかだった。


 参加者は対等。発言は記録され、改変履歴は即時共有される。誰も声を荒げなかった。荒げれば、それも記録される。記録されると分かっている部屋は、静かになる。


 終わったあと、クロウフォード代表がエリシアに声をかけた。


「少し、お時間を」


 港を見下ろす回廊。人目はあるが、会話は届かない距離だった。この距離を選んだのは、向こうだ。


「あなたは、勝ったと思っている」


 いきなりだった。前置きを省くのは、この人が本題を話すときの合図でもある。


「勝敗の話ではありません」


 エリシアは落ち着いて答える。


「そうかしら」


 彼女は港の流れを見つめる。見つめながら、こちらの顔は一度も見ない。


「王国も、同盟も、商会も、あなたの枠に入った」


「入ったのではなく、参加したのです」


「言い換えね」


 小さく笑う。言い換えね、と言いながら、そこを咎めるつもりは無いらしい。


「公開は、確かに強い。誰も隠せなくなる」


「はい」


「だが、同時に、誰も守れなくなる」


 その言葉に、エリシアは視線を向けた。守れなくなる、という指摘は、初めて受けるものだった。


「守る」


「失敗した者を」


 クロウフォード代表は続ける。


「市場は冷酷よ。公開された失敗は、容赦なく評価される」


「評価されるべきです」


「潰れる者も出る」


「出ます」


 即答だった。出ます、と言い切るまでに、迷いを挟まなかった。


 彼女はわずかに眉を動かす。


「あなたは、救わないのね」


「救うことは、私の役割ではありません」


 冷たいわけではない。救わない、と決めておかないと、救えなかったときに制度のほうを曲げる。


「私は、消させないだけです」


 沈黙が落ちる。港の風が二人の間を抜ける。回廊の下では、荷役の掛け声が二度上がった。


「先日、二度潰れた商会の帳簿を卓に置いていたわね」


「はい」


「あれを見せられて、参加を決めた者が何人かいる。あなたは、あの帳簿を使った」


「使いました」


 エリシアは否定しなかった。


「本人の許しは」


「持っていきな、と言われました。私はもう見たくない、とも」


 クロウフォード代表は、しばらく黙っていた。使いました、と認められたことのほうに、間を取っている。


「それは、許しではないわね」


「はい」


 エリシアは、初めて視線を港のほうへ逃がした。逃がしたことに、自分でも気づいていた。


「許しではありません。ですから、あの帳簿は枠組みの記録には入れません。私が持っています」


「持っていて、どうする」


「持っている理由を、いつか誰かに聞かれます。そのときに、答えられるようにしておきます」


 風が強くなった。回廊の柱の間で、音が鳴る。音は低く、話し声を消すほどではない。


「あなたの設計は、美しい」


 クロウフォード代表がぽつりと言う。


「だが、美しさは武器にならない」


「なります」


 エリシアは迷いなく答えた。


「信頼は、最も高価な資産です」


 商会の幹部に向ける言葉としては、これ以上ない核心だった。核心を突かれた側は、たいてい理論上は、と返す。


「公開は、短期的に利益を削ります」


「ええ」


「ですが、長期的に市場を安定させます」


「……理論上は」


「実証します」


 視線がぶつかる。実証します、という一語に、期限は付いていない。


「あなたは、制度を所有させないために、市場そのものを変えようとしている」


「変えるのではありません」


 エリシアは静かに首を振る。変えるのではない、という区別を、彼女はどの場でも譲らなかった。


「見えるようにするだけです」


 クロウフォード代表は、しばらく言葉を探した。探しているあいだ、港のほうを見ていた。


「公開は、逃げ場を奪う」


「はい」


「私にも」


「はい」


 率直すぎる返答に、彼女は小さく笑った。私にも、と訊いて、はい、と返る場に慣れていない。


「……厄介ね」


「光栄です」


 短い沈黙のあと。


「商会連合は、参加を継続する。だが、覚悟はしておいて」


「何を」


「公開は、あなた自身も例外にしない」


 エリシアは頷いた。


「当然です」


 自分の判断も、修正も、失敗も。すべて記録される。


「それでも、やるのね」


「はい」


 迷いはなかった。例外にしない、と言われて頷くのに、時間が要らなかった。


「所有されない制度は、光の下でしか生きられません」


 クロウフォード代表は港を見下ろした。流れは止まらない。


「……面白いわ」


 最後にそう言って、踵を返した。二歩進んで、足を止める。


「一つ、忠告しておく。光の下では、影の濃い者ほど、光を使うのが上手くなるわ」


 彼女は振り返らずに行った。


 エリシアはその背を見送ってから、回廊の柱に手をついて、しばらく港を見ていた。柱の石は、風の当たる側だけが白く乾いていた。

クロウフォード代表が去り際に残した忠告は、次の話でそのまま形になります。回廊の柱が風の当たる側だけ白く乾いている、という一文は、公開という設計の似顔絵のつもりで置きました。次回、記録板の更新が早すぎることに、ヴァルドが気づきます。削除はできない。だから、埋める。ブックマークと評価は、閲覧室の椅子の増設費です。立ち見が出はじめました。

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