第37話 割れる同盟
同盟評議会の空気は、これまでとは違っていた。
表向きは冷静だ。だが、言葉の端々に棘が混じる。棘は、負けそうな側から先に出る。今日は、両方から出ていた。
「模倣制度の事故は、予想通りだ」
管理派の評議員が資料を叩く。叩いた資料は、事故の経過をまとめたものだった。時刻の欄は入っていない。
「だからこそ、我々が管理枠を整える必要がある」
「急ぎすぎれば、同じ轍を踏みます」
非所有派が反論する。反論の順序が、先週と同じだった。
「公開性と透明性を確保せずに拡大すれば、制度そのものの信用を落とす」
「理想論だ」
短く切り捨てられる。理想論だ、という一語は、議論を止めるのに便利すぎる。
「市場は待たない。王国も、商会も動いている」
その名が出た瞬間、空気がさらに重くなった。王国も商会も、この部屋の誰も止められない相手だ。
「同盟が遅れれば、主導権を失う」
「主導権を握ることが目的なのか」
問いが投げられる。誰が投げたかは、議事録には残る。
「目的は安定だ」
「安定のために、所有するのか」
視線が、アルノー・リヒターに向いた。
「リヒター、君はどう考える」
議長の問いには逃げ場がない。名指しは、この議長のやり方だった。
アルノーはゆっくりと立ち上がった。前回の議事録の写しを、内側の隠しに入れたままだった。あのとき自分が何を聞かなかったかは、覚えている。
「制度は、枠がなければ広がらない」
管理派が頷く。頷いた顔が、次の一文で固まった。
「だが、枠が所有の形を取った瞬間、制度は同盟のものになる」
「それの何が問題だ」
「壊れた時、同盟が壊れる」
会議室が静まり返った。壊れる、という語を、この部屋で使った者はいなかった。
「失敗を消さない設計が、あの制度の核だ。それを管理下に置けば、必ず調整という名で削られる」
「ならば、どうする」
議長が問う。ならば、という接ぎ方に、苛立ちは無い。
「枠は作る」
アルノーは断言した。
「だが、所有しない」
ざわめきが広がる。所有しない、という言い方の意味を、半分は取り違えている。
「そんな枠があるのか」
「作るしかない」
それは賭けだった。彼は座りながら、賭けという言葉を自分の中で言い直した。賭けではない。まだ誰も作っていないだけだ。
会議は結論を出せないまま終わった。同盟は割れた。割れたというより、これまで一つに見えていたものの継ぎ目が見えた、というほうが近い。継ぎ目は、前から同じ場所にあった。
夕刻、港を歩きながら、アルノーは深く息を吐いた。
どちらにも正義がある。だが、両立しない。両立しないものを同じ卓に載せると、卓のほうが割れる。
桟橋の端で、荷役の男が二人、荷札の書き方で言い合っていた。どちらの書き方でも荷は届く。届き方が違うだけだ。彼らは五分ほど言い合って、結局両方書いた。
アルノーはそれを見て、少し笑った。それから、笑っている場合ではないと思い直した。
その夜、エリシアの執務室で、彼は率直に報告した。
「同盟は割れました。管理派と非所有派。決定は先送りです」
「時間は、稼げましたね」
「だが、長くは持たない」
「ええ」
エリシアは白紙の一枚を見つめる。時間は稼げた、と言ったときから、目は紙のほうを向いていた。
「では、こちらから提示します」
「何を」
「所有できない枠を」
アルノーは目を細める。所有できない枠、という言葉を、彼は今日、評議会でも使った。
「具体案があるのか」
「あります」
静かな声だった。具体案があるのか、という問いに、あります、と即答したのは初めてだった。
「公開型。参加自由。決定は記録され、改変履歴は消せない」
「……それは」
「管理を、逆に縛る枠です」
アルノーはゆっくりと笑った。
「同盟の連中は、そんなものに賛成しない」
「賛成させません」
「では、どうする」
「反対する理由を、記録に残していただきます」
アルノーは、笑うのをやめた。賛成させません、という言い方の意味が、遅れて届いた。
「反対の理由が残るなら、反対しにくくなる」
「はい」
「……それは、圧力だぞ」
「圧力です」
エリシアは否定しなかった。
「ですが、こちらから相手を選んで掛けるものではありません。掛かる人は、自分で掛かりに来ます」
アルノーは立ち上がり、港のほうを一度見た。今日、荷札を両方書いた男たちのことを、なぜか思い出した。
「案を持ってこい。会議に載せる」
彼はそう言って出ていった。載せる、とは言ったが、通す、とは言わなかった。
アルノーが「載せる」とは言って「通す」とは言わなかった区別は、会議に出たことのある方ほど深く頷けるはずです。載せるは約束ではなく、運搬です。次に幕が上がるのは王宮の広間。名前を出さないまま「成果」が発表され、後ろのほうで一人だけ、拍手をしない書記官がいます。ブックマークと評価は、議事録の写しに挟んで、内側の隠しに入れておきます。




