第15話 真似された改革
王都の会議室は、久しぶりに活気づいていた。
港湾効率化の成功例を参考にする。補助金の手続きを簡略化し、物流を一本化する。現場判断を減らし、数値基準で管理する。机の上に並ぶのは、聞こえのいい言葉ばかりだ。
第一王子レオンハルトは、集まった官僚たちを見渡し、満足そうに頷いた。
「ようやく、前に進めるな」
それは、彼なりの決意だった。エリシア・フォン・ルーヴェルがいなくとも、王国は変われる。そう示したかった。
宰相ヘルムートは、資料に目を落としたまま口を開く。
「……この改革案は、どこまで理解した上で作られたものですか」
「結果が出ているではないか」
王子は即答する。
「シュタインベルクでは、港湾が立て直された。数字も揃っている」
「数字は、切り取ればいくらでも整います」
宰相の声は低かった。
「背景となる制度や、人の配置は──」
「時間がない」
王子は言い切った。
「民は結果を求めている。遅れは、象徴の価値を下げる」
その言葉に、誰も反論できなかった。象徴。それは、王子が最後まで手放せない概念だった。
部屋の隅で、財務局付き書記官のマリアンヌ・フェルゼンが議事を書き取っていた。彼女の手元には、議題に上がらなかった書簡が一通、伏せて置いてある。北方守備隊からの二度目の督促だった。
備蓄は、今朝の計算で八日分。
議題は最後まで改革案で埋まり、北方の名は一度も出なかった。散会のとき、マリアンヌはラウルに書簡を差し出したが、彼は「順番がある」とだけ言って、上着の内側にしまった。
改革案は、即日で通達された。港湾、倉庫、地方の流通拠点。すべてに新しい基準が導入される。効率の低い工程は、切る。
数日後、地方都市レイデルの倉庫では混乱が起きていた。
「この基準だと、うちは回らない」
「人員が足りないんだ」
現場監督が声を荒げるが、通達は変わらない。
「基準を満たさない場合、補助金は停止します」
理由の説明はない。ただ、数字だけが突きつけられる。
そこへ、王国監査局の若手監査官クレア・ミルトンが訪れていた。彼女は資料をめくりながら眉をひそめる。
「基準値の算出根拠が、不明瞭です」
「この地方では、地形条件が違います。同盟港と同じ数値を当てはめるのは──」
「決定事項です」
役人は淡々と答えた。
「例外を作れば、制度が崩れる」
その言葉に、クレアは言葉を失った。制度は守るためにある。だが、誰を守る制度なのか。
夜、王都に戻ったクレアは、机に向かって報告書を書き直していた。灯りの油が減るのを気にしながら、三度書き直して、四度目にようやく手が止まった。
『改革案は制度設計の一部のみを抽出したものであり、現場条件への配慮が不足している』
あまりにも正直な文章だった。
翌朝、その報告書は差し戻された。赤字の一文だけが、余白に書き添えられている。
『感想ではなく、数値で示せ』
クレアは深く息を吐いた。同じだ。エリシアがいた頃と、何も変わっていない。
同じ日の午後、ハルフェンでは、エリシアが港湾データの更新を眺めていた。数字は相変わらず完璧だった。
「王国が、動き出しました」
ヴァルドから届いた報告は、三行しかない。
エリシアは少しだけ目を閉じた。
「そうですか」
止めるつもりはない。止められる立場でもない。
彼女は綴りを開き、余白に短く書き込んだ。
『王国:模倣改革開始』
書いてから、その下に線を引き、もう一行足した。
『北方輸送の扱い、記載なし』
王都から届いた通達の写しには、港湾も倉庫も流通拠点も並んでいた。北方の輸送路だけが、どこにも書かれていない。
エリシアはペンを置き、しばらくその空白を見ていた。書かれていないものは、遅れていても数字に出ない。
王国の改革案から北方の輸送路だけが抜けている。その空白に、王都では誰も気づきません。レイデルの倉庫で天窓の下に埃の積もった箱が見つかるのが次の話です。三日宿を取って待つ荷主が一人。クレアが書く別紙は、どの欄にも入らないことでできています。ブックマークと評価は、この作者にとって数少ない『感想ではなく数値で』示される反応です。差し戻しません。




