066 裏遊戯
――リリットール女学院 理事長室
数日前から女子校には異物である男性を迎え入れたリリットール女学院。開校以来の事件ではあるが、大いなる目的のためにはそれすらも些事となる。
そんな出来事の受け入れを決めた理事長は、いつもの通り忙しく執務をこなしている。
相変わらずの流れるように美しいサラサラの桃色の髪。その髪を細く長い指でかきあげて耳へとかける。その仕草だけで世の中の男は骨抜きになるであろう。その美しさの前には彼女の胸が絶壁であることなど些細なことなのだ。
「あの男の様子はどうですか?」
そんな中、ふとバルフェーザは隣に立つ女性に向かって口を開いた。
あの男が指す人間はというのは一人しかいない。
学院の異物であり、忌むべき男、ナオ・クランクのことだ。
「はっ。指示通りに我が校のクラブ活動を体験しております」
すぐさま傍らに立つ女性が返答する。
足の両かかとを付けてビシッと背中を伸ばして、今にも敬礼しそうな勢い。
「それは知っています。裏遊戯のほうはどうかと聞いているのです」
「それが、男色というのは真なのか、うまく逃げられているようです」
「我が国でもトップレベルの女子が集まる本校の生徒たちが手を焼きますか……」
バルフェーザは頬に指を当てたまま沈黙する。
それは目論見が失敗していることを物語っている。
「兄様からの要請は期間の延長。わたくしが出るしかありませんね」
「何も理事長自らお出にならなくても!」
側近の女性が強く引き留めるのも無理はない。理事長が動くという事はそれだけで大変なことであり、最終手段でもあるからだ。
だが、バルフェーザは無言で側近を制した。
「すべては兄様のため。いいですね」
「はっ!」
そこからは万事、バルフェーザの作戦を実行することに力が割かれる。
それはリリットール女学院が一丸となってナオと対峙することを意味していた。
◆◆◆
何かがおかしい!
今日は研修の最終日。
最後に回ったのは、剣技部、被服部、料理部の三つなのだが、剣技部ではなぜか剣が触れた個所から服がボロボロと崩れていく仕様になっていて、俺と剣を交わしていた相手の女の子もお互いに恥ずかしい思いをするし、被服部では作る服のサイズを図るからと言われて体をロープでグルグル巻きにされて身動きが取れなくされるし、料理部では隠し味とか言って媚薬をもられるしで、本当にいつもこんな活動をしてるのか、と疑っている。
さすがにはっちゃけすぎじゃないのか? 彼女たちとしては世にも珍しい男性教師が来たからなのか?
「先生、お待ちになって!」
「逃がしはしないわよ!」
そして今、山岳部の面々から逃げているところだ。
野営の練習ということで、テントを立てて、その中で眠るのだということだったが、寝袋が足りないから一緒に入って寝ようと言われた。
もちろん拒否したが、俺の言う事に耳を貸さない彼女たちはじゃんけんで順番を決めようとしていて……身の危険を感じた俺はこっそりと逃げ出したのだが、思いのほか気づかれるのが速かった。
「あちらに逃げましたわ!」
この子もメンバーか!
もともとアウトドア派な彼女たちは結構身体能力が高い。加えて、行く先々にスパイが紛れ込んでいるようで、俺の逃げた方向を伝えているので厄介だ。
5日間いたとはいえ、ここはアウェー。少なくても1年以上いる彼女たちを地の利で上回ることは難しい。
ええい、どうすれば!
「クランク先生、こちらへ」
部屋の影から理事長が手招きしている。
助かった!
――バタン
俺が駆け込むと同時に部屋の扉が閉められる。
「あれっ! 先生はどこ?」
部屋の外から声が聞こえる。
「こっちにはきてないよ。かなり足が速いからもう曲がったのかも。急ぐよ」
「はーい!」
ドタドタという足音が通り過ぎていき、やがて聞こえなくなった。
間一髪セーフだ。
「ふーっ、助かりました理事長。ありがとうございます」
「お気になさらず。とりあえずは呼吸を落ち着けてください。さあ、大きくすってー」
すーっ
「はいてー」
はーっ
「もう一回すってー」
すーっ
「はいてー」
はーっ
「ありがとうございます。落ち着いてきました」
「それは良かったわ」
にこやかな笑顔を見せてくれる理事長。
いつもの通り体のラインが出るドレスを着て、両手を腹の前辺りでキュっと組んでいるその姿に魅力を感じてしまい、ついつい視線を逸らせてしまう。
「あの、理事長。今日までありがとうございました。この場で言うのもおかしいのですが、お別れのご挨拶を」
「あら、我が校はお気に召さなかったかしら」
普通は研修中にすることじゃないので疑われてしまった。
とはいえ、俺の頭の中では早急に帰国するべきだと警鐘が鳴っているのでここで挨拶を終わらしてしまいたい。
「いえ、大変勉強になりました。ここでの体験は国に戻ってから生かそうと思います」
「もう少し滞在なさってもよろしいのよ」
「い、いえ、十分に学ばせていただきましたので、これで失礼しようと思います」
「どうしてもですの?」
「え、ええ。早く帰って生かしたいですし」
なんだ? 押しが強いぞ。
確かに理事長は初対面で自分の胸を触らせるような変態、もとい意思の強い方だけど、そういうのとは違う何かを感じる。
「まあそうおっしゃらずに。そうですわ、わたくしも今からクラブに行こうと思うんですの。準備しますから少々お待ちになってくださる?」
「な、何を!」
理事長が急にドレスを脱ぎ始めた。
シュルシュルという音を立ててドレスが下へと落ちていく。
まずい、見てはいけない。そう思うものの、目を逸らせない。
目を逸らせないというか、体が動かないし、声も出ない。
一体どういうことだ!?
そうこうしているうちに、そのスレンダーな体に密着したレオタード姿の理事長が、否応なしに目に入ってきた。
――ピロン
『バルフェーザ・ラザーナにスキル【仮面剥ぎ】を貢ぎました』
五体が満足に動かなくてもスキルは貢がれてしまう。
「美しいわたくしの体から目が離せないのかしら」
「うーっ、うーっ!」
「何を言ってるのか分からないわ。ほら、もっと見ていいんですのよ?」
妖艶な笑みを浮かべながら体の動かない俺を押し倒し、馬乗りになる形で俺の体の上に乗ってきた。
スレンダーとはいえ女の子。薄い生地の服だというのもあって、理事長の体の感触を俺に伝えてくる。
「ねえ、いいんですわよ。わたくしの体を好きにしても。あと一週間、追加で滞在していかれるのならですが」
俺の腹の上に乗ったまま、ゆっくりと体を倒してくる理事長。
薄い胸がじわじわと俺の顔へと迫ってくる。
「諦めなさい。体は動かないわ。なぜならこの部屋の空気に毒を混ぜているから。もちろん私は解毒剤を服用しているわ。さあ、観念なさい。あなたが男色だというのなら、好きでしょ、わたくしのような平らな胸。ふふふ、吸ってもいいんですわよ」
そう言うと、理事長は俺の頭を抱くように両手で包み込み……ゆっくりと胸へと抱き寄せようとしている。
何が起こっているんだ。どうして理事長はこんなことを?
こんなことをすれば国際問題になるぞ。主に俺が!!
目の前に迫る胸には小さな突起。
ニップレスしてないのかよ! あっ、あっ、あっ! 口が、ついちゃう!
もう駄目だ! 国際問題! 【学園教員、出張先で淫行に走る】というニュースペーパー記事のタイトルまで予想できてしまう!
――ガガッ、ピー
『理事長、取れました!』
校内放送!?
突起に口づけしてしまう寸前、というところで放送が入る。
「よくやりましたわ!」
その放送を聞いた理事長が、今まで抱きかかえていた俺の頭をぽいっと後ろに追いやったので――
「いてえっ!」
俺は思いっきり頭を床にぶつけた。
武芸教師が筋肉を鍛えているからといって後頭部に筋肉は無い。思い切り頭を床にぶつけたら痛いものは痛い。
「驚きましたわ。もう声が出せるなんて」
「あぁ、解毒剤のあるような毒の除去なんて朝飯前だ。さあ、何を企んでいるのか教えていただきましょうか」
ぐるんぐるんと肩を回す。
完全に復帰したというアピールを兼ねている。
俺が本気を出せば、スレンダーな理事長に勝てる道理は無い。
「ふふふ、わたくしが何を企んでようが、あなたはまだ国には帰れませんのよ」
「いえ、帰らせていただきます。お世話になりました」
それでも正直には話してくれないか。
何かを企んでいる以上、このまま学院に居るのは良くない。
まだ帰れないと言われても、それも明日までだ。今日で研修は終わる。おかしなことを言うもんだ。
「せっかちな殿方ね。これまでおモテにならなかったのじゃないかしら?」
余計なお世話だ。
「わたくしの秘書があなたの学園が発行した出張延長証書を持ってきますわ。ですので、来週も研修は続けていただきますわ。正式な命令ですもの。まさか逆らったりしませんわよね。おーっほっほっほ」
その後、言われたとおり秘書に書類を見せられた。
何がどうなっているのか分からない。
最初1週間だけだと言われていた出張が2週間に伸びたのだ。一体何が……。
お読みいただきありがとうございます。
どうやらナオを学園に留めておくのが桃色ストレート美少女バルフェーザちゃんの目的のようだ!
その理由は!? 次回をお楽しみに!




