060 メルの正体
「いらっしゃーせ!」
店員の元気のいい声が聞こえる。
俺は今居酒屋に来ている。まあいわゆる酒場ってやつだ。
夜の酒場は活気に満ち溢れている。労をねぎらうもの、ストレスを解消するもの、成功を祝うもの、三者三様であり、それゆえ活気に満ち溢れている。
俺も教員生活のストレス解消に、という理由でここに来たわけではない。
広々とした大衆酒場を見渡す。
端の方に一人の男を見つけた。小汚い胡散臭そうな男だ。
俺はあの男に用があってきたのだ。
「情報屋ジャックだな」
その男に近寄ると声をかけた。
「それを話すには酒が足りないね」
などと言うから、しかたがない。一杯注文してやった。
「ぷはー、やっぱりタダ酒はいいな! それで、兄ちゃんは何が知りたいんだ?」
「ペルテジャンのドワド家についての情報が欲しい」
ペルテジャンはメルの実家、ドワド家がある町の名前だ。世の中には貴族といってもかなりの数がいる。さすがに下級貴族となると、どこのだれかを伝えなければ話は通らない。
「いくら出す?」
情報の価値が高いのは知っているが、いくらとなるとよくわからない。
とりあえず1万ファニーを出した。
「それなら渡せる情報はこんなもんだ。
現当主のガルグイユ・ドワド60歳。その妻、ミレダ・ドワド60歳。その娘、クリスティーヌ・ドワド42歳そして実業家からの入り婿、ジェフ・ドワド43歳。その二人の子、つまり当主からすると孫娘のビエン・ドワド21歳がいる。そして現当主の妾の子、メル・ドワド。この娘についての情報が欲しいなら追加で金が必要だ」
情報屋というだけあって、俺の事情も知っているのだろう。足元を見やがって。
俺は懐から追加で3万ファニーを出した。
「少ねぇな……まあいいだろ。じゃあ少しだけ。
現当主ガルグイユ・ドワドは30年前、見世物小屋で女を購入している」
「30年前だって!? 出鱈目を言うんじゃない!」
「おっと兄ちゃん、俺は情報屋だぜ? 真偽の不確かな情報は取り扱わない。お前さんもその話を聞いてここにやってきたはずだぜ?」
「そうだが……」
「そんな兄ちゃんにはもう少しだけサービスしてやろう。
見世物小屋で購入した女。世間では妾となっているが、その二人から生まれたのがメル・ドワドだ。しかしながら、そのメル・ドワドについてはいつ生まれたのかは定かじゃあない。だが噂はある」
「噂でもいい、教えてくれ!」
「情報屋界隈では真偽が不明な情報は取り扱わない。取引はここまでだ」
情報屋ジャックは握った金を持って、女を連れて夜の街に消えて行った。
◆◆◆
「メル!」
「あら、どうしたんですか、そんなに慌てて。こんな夜分に、こんなところまで」
俺は王都の街中にあるメルの下宿を訪れていた。
夜ももう遅い。だが、常にアルバイトで不在なメルに会う事はこの時間、この場所でしか無しえない。
「それよりも約束は守ってくださいましたか?」
「ああ。手続きはしておいた。明日には二人に伝えられる」
「ありがとうございます。その報告をしにきたのですか?」
「いや、昨日の話の続きだ。現当主、ガルグイユと君のお母さんが出会ったのは30年前なんだってな」
「ふふふ、お調べなさったんですね。興味を持っていただいてありがとうございます」
「だけど分かったのはそこまでだ」
「それで私に聞きに来たと……。そうですね。気になったら聞きに来てくださいと言っていましたし、 私も先生には知っていて欲しいと思っています。なにせ仮面ですが婚約者ですから」
「メル」
一刻も早く知りたい俺は口をはさんでしまった。
「ええ、お話しましょう。母の事、そして私の事。その覚悟がおありなようですので」
どうぞ、と一つだけある椅子に腰かけさせられた。
メルはというとベッドに座っている。
「すでにご存じのとおり父、ガルグイユ・ドワドは30年前に母、ミルフィーを見世物小屋から買い取りました。なぜ奴隷商人ではなく見世物小屋だったのか。それは母が人間ではなかったからですよ」
「人間ではない?」
「森の民、エルフ。先生ならご存じでしょ。絶世の美貌を持つエルフに目を奪われたガルグイユは大金をはたいて見世物小屋から母を買い取り、屋敷に監禁し、毎夜犯し抜きました。母は人間ではないとはいえ、エルフと人間との子ができないわけではありません。ほどなくして母は妊娠しました。そして生まれたのが私です」
メルの手が髪の毛をかき上げた。
髪型ゆえに普段は目にすることのない彼女の耳。
そこには人間の耳よりも僅かに尖った長い耳があったのだ。
「ハーフ、エルフ……」
「そう私は人間とエルフのハーフ。人間でもエルフでもない存在です」
「君は……いったい何歳なんだ」
目の前の少女は背が低く、未だ発育途中の体をしている。容姿からは12、3歳の子供と見られてもおかしくはない。だがそれは人間だったら、の話だ。
「ふふふ、女性に年齢の話をするなんて、貴族として失格ですよ先生」
「す、すまない」
「いいですよ。先生が考えている年齢は概ね正しいです。話を戻しますね。私は今ドワド家の一員として生かされています。私はガルグイユが母を生かすための餌。30年前から姿が変わらず絶世の美女であり続ける母を生かして犯し続けるため……。
ですが逆に、私は母に守られ続けてけいるのです。生まれてからずっと。
母はひどい目にあいながらも私に愛を注いでくれているのです。
母がガルグイユの要求を拒めば私はドワド家から追放される。いや、それどころか闇夜に体が冷たくなっていることでしょう。そうならないように、母は私のためにガルグイユの要求を受け入れ続けているのです。
子供のころはずっと耳を塞いでいました。母が何故つらい目にあっているのか分からなかったからです。でも、成長してそれを理解できるようになってからは母を助けたいと思うようになりました。
母とは会うことはできません。物心ついてから一度も母に会ったことはないのです。母に合わせてくれとガルグイユに言ったことがあります。その時は汚いものを見る目で殴られました。
それでも母への想いを訴え続けた私に、ガルグイユは言ったのです。3億ファニーを持ってこいと。そうしたら母を自由にしてやると。
それは人間が一生かけても稼ぐことができない金額です。ですが、ハーフエルフである私の人生は長い。諦めなければ必ず稼ぐことができる。
これが私がお金に汚い理由です。軽蔑しましたか?」
「…………」
「いいんですよ、先生はこれまでどおりで。これまでどおり、私にお小遣いをくれて、仕事をしたらお駄賃をくれる。
さあ先生。私を助けたいと思うのであれば、この婚約は続けてください。
あと、私、先生の事を金づるだと思ってはいますが、嫌いじゃないんですよ?
あのお二人に嫉妬して、先生の事を奪うくらいには」
「えっ?」
「それじゃあ先生、今日はお帰りください。
いくら婚約者とはいえ、夜も遅くに生徒の下宿にいるのはよろしくありませんから」
明かされた事情に頭が整理できないまま、小さな手によって背中を押された俺は下宿を追い出された。
お読みいただきありがとうございます。
メルちゃんの抱える闇が深すぎ! クランク先生、早く脳筋パワーで救ってあげて!




