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061 勝ちヒロイン

『次の者、クラス替えとする』


 そんなタイトルで学園の掲示板に貼られた掲示。

 その内容は、リクセリアとアゼートが特進クラス(ヴァルキュリア)から別のクラスへとクラス替えになったことを示す内容。


 それは担任である俺が決断し、学園に伝えた内容だ。


 もちろん朝からその話題で学園内は持ち切りだ。

 そうなると、掲示なんか気にしないし見てもいないだろう二人の耳にもしっかりと入るわけで――


「どういうことよ!」


「あら、別のクラスのリクセリアさんとアゼートさんじゃないですか」


 怒鳴り込んできた二人を迎え撃つのは、最近当然となっているメルの婚約者ムーブ。

 小柄で童顔な顔に似合っていないのだが、本人は気づいていないのだろう。


「メルさんは黙ってくださる? クランク先生! どうしてなんですか!」


 メルの事を視界にすら映さずに一蹴するリクセリア。


「どうしたもこうしたも無い。君たちはクラス替えになった。それだけだ」


 俺は淡々と事実を述べる。


「理由を教えなさいって言ってるのよ!」


「それは諸事情により言えない」


「お二人とも、お別れになるのはさみしいです。何か必要なものがあればおっしゃってくださいね」


「あんたの仕業ね!」


「否定はしません。ですがたとえそうだとしても、もう結果は覆らないのですから」


 この件は学園の最高意思決定機関である円卓も了承している。

 いくらリクセリアが叫んだところで覆ることはない。


「理由を教えなさいっていってるのよ!」


「うるさいですね。私に敗北した負け犬、いや、泥棒ネコですかね」


「誰が犬よ!」


「……私は犬よりもクマがいい……」


「どちらでも好きな方でいいですよ。ふふっ」


「むきー!」


「……落ち着いて、リクセリア……。話が逸れてる。……理由、聞きたいんじゃないの? ……」


 暴れ散らすリクセリアを後ろから羽交い絞めにして、口を押える技を見せるアゼート。

 高身長な彼女からすればリクセリアを無力化するのはたやすいのかもしれない。


「理由はもうご存じなんじゃないでしょうか。私が先生を独占するためです」


「あ、あなたも先生の事を!?」


「あなた、も?」


「いえ、違うわよ。わたくしじゃないわよ。確か、アゼートさんが好きだって言ってたから」


 ん??


「……言った。……けど、勝手にばらすのは良くない。……だから、私も言うけど、リクセリアも先生の事、好きだって言ってた……」


 んんん???


「い、言ってませんわ! こんな脳筋の武芸教師の事なんて好きになるわけありませんわ、って言ったんですわ!」


「はいはい、茶番はよろしいですかね。言葉では何とでも言えますが、お二人とも見ていたらまるわかりでしたよ。気づいていないのは当の本人だけ」


 え、俺?

 なんでこっち見るの? メル?


「ほら、気づいてないでしょ。そういう訳で、お二人がひた隠しにしていたことは、先生にはバレていないのでした。おめでとうございます」


「……あまり嬉しくない……」


「ですが。

 ですが、それでは困るんですよ。

 後からしゃしゃり出てきて私の先生を横取りするような雌猫たち。

 リクセリア様、気づいていましたか? あの時の記事の写真」


「写真? もしかして、先生とわたくしがキスしているって騒動になったあの写真のことかしら?」


「そうです。あれは私が撮って記事屋に売りつけました」


「なんですって!」


「そしてアゼートさん。私がアナタに裏山を勧めたのは、危険な目に会わせて物理的に休学してもらうためでした」


「…………」


「どちらも、アナタたちを排除して、先生を私の手に取り戻すため。

 ですが、そのどちらとも先生によって計画は阻まれてしまいました。さすがは先生ですね。子供では大人に勝つことはできません。

 ですが、今回は逆です。大人の力であなた方を排除してもらいました。お分かりですか? 今まで味方だった先生があなたたちの敵なのです。もう覆せはしないんですよ。あなた方はもう先生から指導を受けることはできません。黙ってお引き取りいただけますか?」


「クランク先生、何とか言いなさい! こんな小娘の言いなりなんですの? それでも大人なんですの!」


「すまない……」


「……それなら私は学園をやめる……」


「アゼートさん、何を!?」


「……先生に教えてもらえない学園なんかもう必要ないから……」


「いいご決断ですね。リクセリア様はどうされるんですか?」


「メルさんは黙ってて!

 アゼートさん、そんなことしたら会う事だってできませんわよ? それでいいんですの?」


「……いや、そうじゃない。……会う事どころか指導もしてもらえる……」


「どういうことですの?」


「……学園にいることで教えてもらえないなら学園と全く関係を断って、一から先生に指導を乞えばいい……。……弟子入りする……」


「そ、そんなの許されません! 先生は学園の先生なんですから!」


「……学園の先生が一般から弟子を取ってはいけない決まりはない……」


「そ、そうね! どうせなら、先生にも学園をやめてもらってラインバート家お抱えの家庭教師にしましょう」


「……やるならラインバート家・クーム家の両家ね……。リクセリアさんの独占はだめ……」


「ま、待ってください! 先生はたくさんの生徒を導きたいんです! 家庭教師で個人授業なんていうのは、先生の気持ちを考えてませんよ!」


「語るに落ちたわね、メルさん」


「あっ!」


「そうよ。わたくしは自分も、そして先生も笑っていて欲しいの。それはここにいるアゼートさんも同じだとおもうわ。それをあなたは何も分かっていない。先生の事ちゃんと見てるの? 先生全然笑ってない。あなたと婚約してから全然」


「そ、それは……」


「弱みを握って無理やりに先生にいう事を聞かせているんでしょうけど、それってあなた、自分勝手よね?」


「い、今だけです。お二人がいなくなって、問題を解決して、私と本当にラブラブできるようになったら!」


「それまで先生はつらい思いをし続けるの? あなたはいいでしょうね。自分勝手な子供の欲望をまき散らしてればいいから。でも、そのために先生につらい思いをさせ続けるなんて……あなた本当に先生の事を考えてるの? それで好きだって言ってるの?」


「あ、……う……」


「それに……先生はそれでいいの?」


「俺は、それでも――」

「大人だから、先生だから、っていう理由は聞きたくない……」


 俺の言葉はアゼートの言葉によって遮られた。


「……先生だって人間。……つらいことや悲しいことは当然ある。……でも、大人だから先生だからって一人で抱え込む必要はない……」


「そうよ、わたくしたちを頼りなさい! それともなに? わたくしたちが頼りないっていうの? 子供だから、生徒だから? そんな枠に当てはめるから視野が狭くなるんじゃない!」


「せ、せんせい、二人の話を聞く必要はありません! 私が聞きますから。先生の悩みは私が解決しますから!」


「あなたにはできないわ。だって、今、話し合った結果が、この状態なんでしょ? 先生がどんなにつらいのか。知っててこうしてるのよね?」


「そ、それは……」


「……クランク先生、教えてください……。……先生が私を救ってくれたのと同じように、私が今度は先生を救います……。……先生は……どうしたいんですか?」


「俺は――」

「先生! くっ! 古代エルフの呪いよ!」

「……させないよ……【反呪法領域】展開……」


「――君たちの悩みを、不安を取り除いて笑って学校生活を送ってほしい! そして君たち三人を立派に卒業させたい!」


「知っていますわ。でもそれだけじゃ不十分。先生の本当の望みが聞けてない」


「本当の……」


「ええ。先生が何かを背負ってるのは薄々感じてましたわ。そしてそれがとても重いことも。でも、一人で背負う必要はないわ。皆で持てばきっと軽くなる」


「俺は……」


「先生、駄目っ! 言っちゃ駄目っ! それは先生と私だけの秘密なんだからっ!」


 メルの叫び声が遠くで聞こえる。


 でもそれ以上に、リクセリアの優しい声が俺の心の中に満ちてきて、すべてを、なにもかもを許してくれるんじゃないかって、そう……思える……。


「俺は……スキルから解放されたい……。俺の人生を狂わせたこのスキルから……」


 もう嫌なんだ……。

 女性から距離を置くことも、距離を置かなければならない自分も……。

 ずっと、ずっと、俺はこのスキルに縛られ続けてきた……。

 俺が立派な人間だとは思っちゃいない。だけど、少しでもそうなれるように、頑張ることすらこのスキルの前では無意味だった。

 教え子を導くことですら、このスキルは捻じ曲げてしまう……。

 なんでだよ……。


「情けない顔ね。でも、これまでで一番好きな顔よ」


 顔を上げた。

 どうやら涙を流しているようだ。目にあふれるそれが、リクセリアの顔を瞳に映し出すのを邪魔している。

 彼女の顔はよく見えないけど、きっといい顔をしているに違いない。


「……リクセリア……、いい締めして終わらせようとしてるけど……まだ何も分かってないから……」


「そ、そうね、先生もうちょっと詳しく」


 あぁ、もっと言っていいんだな……。

 一番秘密にしておきたかった【貢ぐ者】の事は言ってしまった。

 だったらもう、それ以上は驚きもされないだろう。

 でも、俺の心の中にはまだわだかまりがある。


 全部、全部、スッキリしよう。


「もう両親からの圧に耐えるのはまっぴらだ! 俺だって頑張ってるの! でも好きになったらいけないの! みんな俺の事情は知らずに好き勝手なことを言う! 俺は、男が好きなわけじゃない。女の子が好きだ! 俺だって女の子とイチャイチャしたい! ラブラブしたい!」


「えっ、えっ!?」


「好きになった子と結婚して、それで俺の子を産んで欲しい!」


「……うわぁ……先生、はじけてる……」


「さっきから黙って聞いてたらさ、俺の事好きだとかどうとか! 大人をからかうんじゃないっていうの! 大人は大変なの! 世間体も、責任も! そもそも先生を狙おうっていう風潮がどうなの!? 子供は子供どうしで健全なお付き合いしたらいいじゃないか! 分かるだろリクセリア! 君の所の弟さん、好きな子とお付き合いしてるじゃないか!」


「え、ええ」


「あーもー! メルっ!」


「は、はいっ!」


「きみも君だ。大人を利用しようとするなんてけしからん! 子供は大人を頼るもんだ! 君の事情は十分に承知した。こんな呪いに頼るんじゃなくって、俺を頼りなさいっ!」


 言葉と共に全身に力を入れ、内側から外側に魔力を噴出させるように、魂を震わせる。


「そ、そんな古代エルフの秘術を……呪いを解いたんですか!?」


「……先生、わけがわからないテンションで能力が上がってる……」


「3億ファニー? そんなもの先生が払ってやる! と言いたいところだが、そんなお金は無い! だけど安心してほしい。何とかして見せる」


 ああ、絶対に何とかして見せる。

 可愛い俺の教え子の事は絶対に幸せにして見せる!


「だから、メル、キミとの婚約を破棄する!」


 力強く叫んだ俺の言葉はすぐさま学園内に伝わった。

お読みいただきありがとうございます。

メルの絶対優勢から始まりましたけど、あっさりと逆転を許してしまいました。

次回、第6章エピローグ。お楽しみに!

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