049 アゼート・クームの家庭訪問
学園きっての秀才アゼート・クームは学生寮生活をしている。なぜなら実家は遠方の街にあるからだ。
実家まで遠いということは、すなわち家庭訪問するにも時間がかかるということで、日帰りではなく宿泊を伴う出張となってしまう。
一泊しなくてはならないということは、平日は授業があるため行うことはできず、休みの日での訪問となる。もっと遠方なら一泊や二泊では済まない。
休みが無くなってしまうが、何人もの生徒を持つ先生だったらこんなのは日常茶飯事だ。
家庭訪問は生徒と親御さんとが必要なため、アゼートも実家に帰らなくてはならない。
なので普通は一緒の馬車で乗り合わせて実家まで行くものだが、【貢ぐ者】を持つ俺の身が持たないことが想像できるため、アゼートには前日から実家に帰ってもらって、俺は当日走っていくことにした。
ルビオン・バイブルの日帰り模写で鍛えた俺は、【長距離走(超長距離)】を覚えている。
あの往復よりもさらに遠い距離だが、朝に出発すれば昼前の面談予定時間にはたどり着く。
「はあっ、はあっ、」
そんなわけで面談当日。おれは学園から走ってきました。
「こ、ここが、アゼートの実家か…」
地方とは言え、先日訪れたラインバート家の屋敷に負けず劣らずの立派さ。比較するのもあれだが、俺の実家と比べると圧倒的な広さだ。
名前を告げて屋敷に案内してもらい、面談部屋へと案内された。
「クーム君……、のお姉さん?」
そこには中年と言うにはまだ若いハツラツとした男性と、ボディラインが出る黒いドレスを身に着けた栗毛の美少女がいた。
発育のいい体に対して、左目にある泣きぼくろがミステリアスさを引き出しており、美しさを際立てている。
「……本人……」
「わ、悪い。いつもフードにマスクだったから分からなかったんだ」
そう言われると、モノクルも外している目元はアゼートの面影がある。
見えていない部分が見えるだけでこんなに印象が違うのか。美人すぎるのであまり近づきたくないと本能が訴えている。
いつものアゼートならゆったりとしたローブを着ているから、あまり女の子であることを意識しなくて済むのだが、これはそうはいかない。 いわゆる【貢ぐ者】対策が必要になるのだ。
「ははは、私にもめったに見せてはくれないよ。今日は先生が来るからって、この子は張り切っていてね」
「……叔父様、それは秘密のはず……」
「おっと、すまないね。まあ、そんなわけです。歓迎しますよ、クランク先生」
どうやら親子仲、いや、親戚仲は良いようだ。
「先生、どうしました、そんなに遠くに座って」
「い、いえ、お構いなく」
定位置から椅子を引いて、かなりの距離を取って座った俺。
そんな様子を怪しまれながらも、なんとかごまかしきって面談が始まった。
「アゼートさんは学園きっての秀才で、呑み込みが早く、うんぬんかんぬん」
学園でのアゼートの様子を報告していく。
二人とも静かに俺の話を聞いてくれる。事あるごとに発言を遮ってきたリクセリアとは大違いで、スムーズに説明が進んで行く。
「という感じですね」
「そうですか。安心しました。この子を引き取ってからもう12年になります。今までこちらにいたのですが、今年から王都に行ってしまって、なかなか様子も知らせてくれずにヤキモキしていたんですよ」
ハハハと笑みを浮かべるクーム叔父様。
実の娘ではないが、変わらない愛情を注いでいることが分かる。それには俺も安心する。
なるべくなら生徒には平穏で幸せでいてもらいたい。
「……叔父様、このあと先生を案内したい……」
「案内って、あそこにかい?」
「……そう……」
「私も行こうか?」
「……大丈夫。一人で行けるから……」
「わかった。それじゃあクランク先生、悪いがこの子に付き合ってくれたまえ」
「あ、はい」
なにやらよくわからないがどこかに連れて行かれるらしい。
「……先生、こっち……。ついてきて……」
そう言うと、アゼートは部屋を出た。
俺も後を追うことになったのだが、まあ、なんていうか、目の毒ではある。
前を歩くアゼートと一定の距離を取って後をついて言っているのだが、ボディラインの出るドレスを着ているため、恵体のアゼートのお尻が目に入ってしまうのだ。
真横に着いて案内されなかったからよかったとはいえ、目をそらさざるを得ない。
天井や床を見ながらでもいいのだが、初めての場所の上に目的地も分かっていないため、見失うわけにも行かない。
(素肌と言えば、体力測定の時の写真……)
間の悪いことに、生足を披露していた写真の事を思い出してしまい、あのドレスの下に生足が、などと教え子に向けるべきではない最低な事を考えてしまったので、ブルブルブルと頭を強く振って雑念を振り払う。
「……先生……どうしたの?……」
「い、いや、何でもないよ!」
「……そう?……。……こっちだから……」
そんなやましい思いを抱いているとは知らないはずのアゼートは、屋敷を出て庭へと出ていた。
「クーム君、どこに行くんだ?」
外なら花壇とかか? アゼートだったら薬草とか育ててる畑かもしれないな。
「……もうすぐ、そこ……」
詳しい回答は無かったが、言葉通りすぐそこには離れの建物があった。
蔵のように窓のない頑丈な建物。この家の敷地に比例してそれなりに広い建造物の入口は鉄の扉で固められている。
何かが厳重に守られている。もしくは封印されているかのような印象を受ける。
「クーム君、ここは?」
「……入ってください……」
アゼートはどこからか取り出したカギを鋼鉄のカギ穴に差し込み、ぎぎぎと重厚そうな音を立てて入口を開いた。
俺とアゼートはその建物内に立ち入ったが、窓が無く光が差し込まないため、真っ暗で、中の様子をうかがい知ることはできない。
こんなところで花や薬草を育てているわけはないか、と思った矢先、アゼートがスイッチを入れたのか照明が光り輝いた。
「こ、これは!」
光によって露わになった光景。
二階ほどの高さのある天井。そんな見上げるほどの天井の途中。
そこには、巨大な青白く光り輝くクリスタルのようなものが浮かんでいた。
よく見るとクリスタルの中には人の姿があった。
四肢の……両手と両足のない男性の体。もちろん生きているようには見えない。
「……あれはお父さん。……前に先生には話したことがある。……私のお父さん……」
「これが……クーム君の……。いつか傷を治すっていっていた父親なのか……」
「……お父さん、ただいま。……あまり帰ってこれなくてごめんね……」
アゼートは一歩前に出て顔を上に上げてクリスタルを見上げ……静かに語りだした。
「……お父さんに伝えたいことがある。……この人は、ナオ・クランク先生。……学園の先生で私の担任。……お父さんを治す方法を知ってるすごい人。……そして、私の大切な人……」
「ぶーっ! あ、あぜーと!?」
急に何を言い出すんだ!?
「……まちがってない。……私の肌を見た。……キスもした……」
「そ、それは緊急事態で! って、キスはしてないぞ! あの、お父さん、申し訳ございません。決して娘さんを辱る意図はなく!」
「……スカートの中を覗こうとしたこともあった……」
「そ、それも不可抗力だ! 虐めがあったのかと思ったからだ!」
「……知ってる……。それだけ私の事を考えてくれてたという証拠……。……お父さん、分かってくれた? ……これが先生……」
冗談だったか。
真面目な子が言う冗談は冗談に聞こえないからな……。
「……先生、少しだけ、お父さんと二人にしてほしい……」
「ああ」
俺はそう言うと蔵を出た。
するとそこにはアゼートの叔父さんがいた。
「クランク先生、ありがとうございました」
「ええと……」
お礼を言われる意図が分からない。わざわざ遠方まで来てくれてありがとうということだろうか。
「あの子、アゼートが先生を連れてくるなんていう事はこれまでありませんでした。学校に行ってもいつも一人で独学で学んで、先生に心を開くことも無かったのです。
そんなアゼートが先生を連れてきたかと思うと、兄の安置してある場所にまで案内するんだと言う。それだけでクランク先生があの子に信頼されているという事が分かります。そしてあの子をそこまで信じてくれたのだという事がわかります。
良ければこれからもずっとあの子を導いてやってください。年は離れているかもしれませんが、落ち着いたところがある子ですから、二人でうまくやっていけると思います」
えっ!?
「ま、待ってください、何か勘違いをされているかと」
ずっと二人でって、伴侶的な、そう言う意味で言ってるんですよね!?
俺とアゼートは教師と生徒ですからね!
「私には子がおりません。ですのでアゼートを引き取ってから娘のように育ててきました。親として娘の幸せを望むのは当たり前のこと。あの子が認めたのであれば、それを祝福する所存ですよ」
聞いちゃいねえ!
あまりにも爽やかでにこやかな笑顔。心の底からの言葉であることが分かる。
――ギィィ
「……先生、お待たせしました。……どうして叔父様がここに……」
「あぁ、先生と大人の話をしていてね。
それでは先生、よろしく頼みますよ」
圧の強いにこやかな笑みに、俺は苦笑いを返すしかできなかった。
そうして、アゼート・クームの家庭訪問は終わったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
アゼートのデート回は、無い!
アゼートファンの方、申し訳ございません。アゼート回はここまでとなります。
次回、○○の家庭訪問! お楽しみに!




