表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/89

030 アゼートとの逢瀬 前編

 授業が終わった鐘が鳴ってから少しの時間が経った。

 今から俺はアゼート・クームに会いに行く。


 会いに行くとは言ったが、依然としてアゼートの所在は不明だった。そして彼女から強めの釘を刺されているため、自分で彼女の居場所を調べるわけにはいかなかった。

 そんなとき、メルが取引を持ち掛けてきたのだ。アゼートとの橋渡しをしてもいいですよ、と。


 もちろんそれなりの報酬は要求されたのだが、ほかに手段も無く、俺はその提案に乗った。


 放課後の運動場裏。

 それがアゼートの指定した場所だ。人気の少ない場所ではあるため、何が起こっても闇に葬れるということだろうか。

 俺としても話す内容が内容なので、誰にも聞かれることのない場所は願ったりかなったりだ。


 そう思いながら目的地へと足を進める。


 ほどなくして目的の場所へとたどり着いた。


「クーム君」


 運動場に隣接した倉庫の裏。そこにはすでに会合相手の姿があった。

 いつもの黒ローブを着こなして、フードをかぶり、口元はマスク。

 その姿で壁に寄り掛かったまま開いた書物に目を通している。


 そんな彼女に俺は声をかけた。


「……遅いです……。……時間を無駄にしました……」


 背中を壁から放し、俺へと向き直ってくれる。

 僅かに露出している片目が俺に恨みを込めた視線を向けている。


 お互いまでの距離は4m。人と人が話すのには遠い距離だが、俺もこの方がいいし、彼女としてもそうだろう。


「待たせたのならすまない。まさかもう待ってるとは思わなかった」


「……早く終わりたいだけです……早速ですが本題を……」


「あ、ああ。クーム君から要望されたのはルビオン・バイブルだったな。これだ」


 俺は持ってきた本を眼前に突き出す。

 色、形ともにルビオン・バイブルと同じもの。しいて言うと、使い込まれたあの古さが抜けている。


「……帰ります……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「……そんな現地で売っているお土産品で私が騙されるとでも? ……」


 さすがに一目で看破されるか。

 そうだ、これはルビオン・バイブルが展示されているマルサワタ聖堂のある町で売られているお土産品。ルビオン・バイブルを模した模造品だ。


 だけど、売られている模造品とはわけが違う。


「これを見てくれ!」


 俺は偽ルビオン・バイブルを開く。

 そこにはびっしりと書き込まれた文字があった。


「…………」


 真贋を確かめるかのようにじっと俺の手の中にあるものを見るアゼート。

 文字を読んでいるわけではない。【望遠】のスキルでも使わなければこの距離では読めないし、使っている素振りもない。


「……拝見しても? ……」


「もちろんだ」


 よし! 本物ではないにしても興味は持ってくれたようだ。


 たぶん彼女は知っている。ルビオン・バイブルのお土産品には本の形状を取っているものが無いことを。偽物とわかるように、小物入れであったり、箱であったり、そういうグッズしか存在しないのだ。


 俺はアゼートとの距離を詰めて、本を手渡す。

 

 受け取ったアゼートはパラパラとページをめくり始める。

 あれは俺のお手製。本物に近い見栄えのグッズを改造して白紙を挟んで書籍の状態にしたものだ。


「……書いている中身は……何ですか?」


「よくぞ聞いてくれた。それはルビオン・バイブルの中身と相違ない。俺が見て、そして映したからだ」


「……嘘は嫌いです……。……中身は一般公開されてない……」


「嘘じゃない。【木材透視】と【記憶ボックス】のスキルを使った。

 閉じた状態で置いてあるルビオン・バイブルを【木材透視】で透かしてページの内容を読んで、【記憶ボックス】に保存する。保存された内容を思い出して紙に書き写した」


「……仮に透視ができたとしても、閉じている本の表面と裏面を見るなんて、数ミリ単位でのスキルの調整が必要。……とてもできるとは思えない。……それに……ルビオン・バイブルは全176ページもある。不可能です……」


「もちろん一度で覚えられるわけじゃないぞ。俺の【記憶ボックス】はそんなに容量無いからな。あと、信者たちの圧が強くて、落ち着いてスキルも使えやしない。だから1回に読めて2ページくらいかな」


「……1回? ……」


「マルサワタ聖堂に行ったことないか? 大勢が見物に訪れるから現物を拝めるのは1分くらいだ。1時間も並んでるのにたったの1分」


「……じゃあもしかして……」


「そうだ。1日に2回は並んだな。うまくいけば3回目も並んだ」


「……それでも……」


「ああ。1日じゃあ到底無理だ。授業終わりに毎日通ったよ」


「……マルサワタ聖堂までここから馬車で2日はかかる……」


「そこは気合で走ったな。武芸教師だから体力には自信あるぞ。赤毛のスキル開拓者(レグ・ベリル)の異名は飾りじゃない。スキルで走って、片道2時間くらいだ」


「……だとすると……単純計算で、44日……」


「そうだな、休日は一日中並んだし、後半はだんだんコツが掴めてきたから、効率が上がって、結局は30日くらいで済んだけどな」


「……30日……ずっと……このために……」


「教え子がようやく希望を伝えてくれたんだ。頑張らないわけにはいかないだろ」


「…………」


 会話が途切れてしまった。


 アゼートは視線を手元に落として黙ったままだ。

 本を開いたりしていないので思考を巡らせているのだろう。


 厳密に言えばあれはルビオン・バイブルではない。

 だけど、アゼートは本物を欲しているわけではないはずだ。欲しいのは本に書かれている内容。

 彼女が勉強熱心であることや研究者が読むような論文を読んで高度な知識を得ようとしていること。そのことから彼女が欲しているのは記載された知識だという考えにたどり着いた時、俺は写本という方法を思いついた。


 合格を出してくれるかどうか……。

 いったいどっちだ?


「……分かりました。……じゃあ、こちらに来て、そこに座ってください……」


「よしっ!」


 思わず声が出てしまったが、OKだ! OKが出た!

 これで足にある傷の話を聞くことができるぞ!


 もう7月も後半だ。夕方とはいえ直射日光は暑い。

 影に座ってゆっくりと話を聞かせてもらうか。


 興奮冷めやらぬ中、アゼートに呼ばれた場所に腰を下ろす。


「クーム君?」


 だが、隣に座るはずのアゼートは座らずに突っ立ったままだ。

 見下ろしながら話すのが好きなのかな?


「……そんなに喜んで。……よっぽど見たかったんですね……」


「え?」


 座った俺に近寄ってきたアゼート。

 そんな彼女の言葉と行動に疑問を抱いて立ち上がろうとした瞬間――


 アゼートは片手で自分の着ているローブの下をめくり上げると、バサリと俺の頭の上からかけてきたのだ!


「!? アゼート!?」


 つまりは、俺は今、アゼートのローブの中にいる、はず。

 確証が持てないのは、()()()()()()()()()()()

お読みいただきありがとうございます。

お忘れですか? このお話ラブコメなんですよね! 先生と生徒の熱血シーンだったはずがいつの間にかラブコメ前夜に!

次回、何が起こるの?(答えはラブ○メ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ