029 幕間
とあるニュースペーパーに掲載された記事の抜粋
――聖ブライスト学園学生 リクセリア・ラインバートさんの証言
「最近、クランク先生ったら授業が終わったらすぐにいなくなってしまうんですの。せっかくわたくしが片付けの手伝いをして差し上げようと思っているのに、本人がいないなんて論外ですわ。アナタ、そうは思いませんこと?」
――王都のまんじゅう屋店主の証言
「あぁ、知ってるよ。学園の先生だろ? 最近、夕方と夜の2回買って行ってくれるんだ。なぜか夕方と夜でやってくる方向が違うんだ。1回で買えばめんどくさくないのに、どうしてなんだろうな」
――タクワリ領民Aさんの証言
「夕方に低く野太い声を出しながら全速力で爆走している男性を見るようになったわ。よく聞くと、ぶぉぉぉぉぉぉ、アゼートのため走る、アゼートのため走る、って聞こえるのよ。怖いわぁ」
――マルサワタ聖堂の番兵の証言
「熱心な信者っていうのは結構いるんだが、最近よく見る若い男は、毎日やってきては何回も何回も中に入ってるんだよ。目も血走ってるし、よほど熱心に宝物を拝んでるんだろうなぁ」
――聖ブライスト学園教員 ナオ・クランクさんの証言
「あ、ちょっと急いでますので、あと20分でマルサワタ聖堂までいかないといけないので。え? ここからなら馬車で2日はかかる? 知ってますよ! だから急いでるんですって、もういいですか? 門限までに学園まで帰ってこないといけないんですから全力で走らないと」
このあと記事は独特の持論でまとめられていた。
◆◆◆
――図書館のとある一室
古砦をベースにしている図書館の地下。そこには侵入者を撃退する目的で無数の通路と部屋が作られていた。そんな散在する部屋の一つにアゼートはいた。
時間は日中。外では昼食の時間を謳歌している学生たちが、はしゃいでいる時間帯だ。
いつものとおり彼女は朝から図書館で自主学習をしていた。
今日の教本は、かの錬金術師キーディン・シャルルベルンの書いた論文。
日の光の差し込まない暗い部屋で、魔力の明かりをともして勉強し続けているのだ。
彼女にとって一番大切なのは勉強する時間。ご飯を食べる時間も寝る時間も削って勉強を続けたいと考えてはいるが、そうすることで勉強の効率が落ちるのはいかがなものかという考えも持っている。
集中しすぎてそれを忘れてしまうことも多々あるものの、今日はタイミングよく集中力を管理できたようで、ふぅ、と一息いれた。
「あれぇ? 確かこの辺りのはずなんだけどなぁ」
部屋の外からアゼートの聞き覚えのある声が聞こえた。
静謐な空間であるこの周辺では物音がすることはほとんどない。それがアゼートの集中力を高めてくれているので、物音や話し声が続くのは好ましくない。
アゼートは席を立つと、コツコツコツと扉の前まで歩き、カチャリと扉を開けて外の様子をうかがう。
普段ならこうはしない。
ではなぜ扉を開いたかというと、声の主がアゼートの待ち人であったからだ。
「あ、クームさん、探しましたよ」
そう言って遠方から手を振るのは、便宜上アゼートのクラスメイトであるメル・ドワド。
アゼートがドアを開けたことによって、メルが駆け寄ってくる。
「……入って……」
静謐な空間には異物とも言えるメルを部屋の中に招き入れる。
すると、何度もそうしているかのように、アゼートが座っている対面の席に腰を下ろしたメル。
重そうな肩掛けのバッグを机の上に置くと、笑顔で口を開いた。
「いつもながら静かですよね。ここ。こんなところに来たらなんか悪いことを企んでるみたいでワクワクしますね」
そう言いながら、カバンの中から小瓶を何本か取り出す。
その瓶は、女子寮の一室にアゼートが保管していたものと同じ。
「はい、いつものです。お代は現金でお願いしますね」
商売用のニコニコ顔を浮かべたメル。
メルとは対照的に表情を変えずにアゼートは懐から布を取り出す。
布には何かが包まれているようで、彼女はしゅるりと布を取り払うと、中身をメルへと差し出す。
「……これ……」
「き、金貨! 金額が大きすぎておつりが出せませんよ」
「……違う。……毎回渡すのは手間なので先払い。……今後も引き続きお願い……」
「なるほど。分かりました。ご用立ていたしましょう。その信頼にこたえて見せます」
手間であるというのも本音だろう。
だが、それを差し引いても高額な金貨を預けるということは、曲がりなりにも信頼されているということだと、メルは口数の少ないクラスメイトからそう感じ取った。
「それでは闇取引は終わりですね。あ、そうそう、忘れるところでした」
席を立ちあがったメルが、もったいぶった話し方をする。
短い付き合いであるが、相槌が返ってこないことは分かっているので、続けて口を開く。
「クランク先生が、クームさんの事を探していました」
ここしばらく完全に頭の中から除外されいた名前を聞いたアゼートは、折りたたんだ記憶の中から最後の記憶を思い出す。
無理難題を突き付けて、今の静謐な環境を手に入れた。
そしてそれを彼自身が受け入れたのであるから、破られることがあってはならない。
「……関わらないでと伝えているから……」
「確かにあの時、そう言ってたのは私も聞いてますよ。ですが、それは条件が達成できなかった場合で、できた場合ではないですよね?」
「……冗談……。できるわけがない……」
「私もそう思います。でも、クランク先生は嘘をついて人を騙すような人じゃありません。だから、本当に手に入れたのかもしれませんよ」
メルの言葉にアゼートは思いを巡らせる。
会った回数は片手の指を折るよりも少ない。だけど不思議とメルの言葉は正しいだろうという直感は働いた。
「この場所を教えますか? それとも別の場所にしますか?」
「……まだ会うと言ってない……」
「二人きりが怖いのなら、私もいっしょに行きましょうか?」
「……いえ。……一人でいい。……場所は放課後の運動場裏。……嘘だったらもう二度と会うことはないから……」
「わかりました。クランク先生にはそう伝えますね。念のため、あれの準備をしておくといいですよ。それじゃあまた」
そういってメルは小さく手を振って去っていった。
「……ふぅ……」
メルに乗せられた感はあるが、解決しなくてはならない問題でもある。
それよりも取り急ぎは、再び効率的な勉強を行うための休息を取ることだ。
スイッチを切り替えるように考えを勉強へとシフトし、持参した弁当の包みを開くのであった。
お読みいただきありがとうございます。
ご飯を食べる時間も勉強に回したい派のアゼートちゃんですが、お弁当は自作派。時間が取られるように見えて、実は頭の整理になって逆に勉強がはかどるとの本人談。
さてさて、ナオは無事にルビオン・バイブルを手に入れたのか。
次回をお楽しみに!




