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013 学園見学会 その3 おっさんよりも聖母のほうがいい

 昼食が終われば次のプログラムだ。予定によれば次は学園が誇る大図書館の見学。

 例のごとく、俺が窓際を歩いて命を張る隊形だ。

 

「ごはん美味しかったね、ダニルちゃん。授業もそうだけど、高等部ってすごいね」


「そうですねラインバート君。次は何が見れるのか楽しみです」


 他の子たちも同じようなことを言っている。ここまでは見学会が大成功しているということだ。

 もちろん次のイベントも大盛況間違いなしだろう。教師の俺でも大図書館には胸が躍るからだ。


 さあ見えてくるぞ。


「うわぁ! 学園の中にお城があるよ!」

「すごいですね……」

「だよね! 姉上! すごいです! あっ!」


 腕を振り上げて図書館の大きさを表現するほどに、圧倒的な光景に驚いていたカルツ君。


 そんなカルツ君の手から何かが飛んでいったぞ?


 ――ぽちゃん


「ああーっ! 母上にもらった大切な指輪が!」


 どうやら指輪が指からすっぽ抜けて中庭の池の中に落ちてしまったようだ。


「あねうえぇ、どうしよう!」


 よほど大切なものなんだろう。先ほどまでの笑顔はどこへやら、涙を浮かべて半泣きである。


「カルツ。泣くのはおよしなさい」


「だってぇ、だってぇ!」


「ほら、涙を拭いて。ここで待ってなさい」


 胸元から取り出したハンカチでカルツ君の涙をぬぐうと――


「えっ!?」


 声を出さずにはいられなかった。

 リクセリアはスタスタスタと池の方向に向かったかと思うと、そのまま池の中に足を進めて、水の中に手を突っ込み、何かを拾い上げた。

 そしてまたスタスタスタと戻ってきたかと思うと、新たに取り出したハンカチで拾い上げたモノ……銀色に光る指輪の水をふき取り、カルツ君の手へと戻す。


「ありがとう姉上」


「いいのよ。でも、無くさないように首からかけましょう」


 そう言うと、リクセリアは自分の後頭部、ポニーテールの部分に手を伸ばし、束ねていた赤いリボンをシュルっと抜きはらう。

 それに合わせて美しい金色の髪がふわりと舞い、重力に引かれて腰のあたりまで下りてくる。


「カルツ、指輪を」


 カルツ君から受け取った指輪に赤いリボンを通して結び、ネックレス状にして、カルツ君の首からかけたのだ。


「帰ったらメイドに言って、ふさわしい物に変えてもらうのよ」


「んーん、僕、このままがいい。姉上のリボン、好きだから」


「ありがとう。でも姉を口説くものではなくってよ。そういう言葉はダニル嬢にかけてあげなさい」


「うん。もちろんダニルちゃんも好きだよ!」


「あ、あの、こんなところで言わないでください」


 カルツ君の素直な言葉に顔を赤くするダニル嬢。

 うん。初々しい反応だな。


 まあとにかく驚いたことには変わりない。

 あのリクセリア・ラインバートが、目線だけで人を使うような人物が、自ら、それも自分の制服や靴が濡れることをためらう様子も無く池の中に入ったのだ。


 おそらくだが、彼女の中では弟が最上位に位置しているのだろう。弟のためなら自己犠牲も厭わない。そう言った気概が感じられる。


 自分勝手で傲慢な貴族の令嬢というイメージだったが、少し改めないといけないな。


「……先生、クランク先生」


「な、なんだ?」


 考え事をしてたから当の本人に名前を呼ばれているのに気づかなかった。


「濡れた淑女を凝視するなんて紳士とは言えませんわよ」


 前言撤回だ。

 弟以外には優しくない。


「クランク先生、わたくし身だしなみを整えさせていただきますわ。代わりに引率をお願いできるかしら」


「ああ、構わないが……」


 池に突入したのだ。靴の中から制服のスカートまで水浸しだろう。速やかに着替えるに越したことはない。

 とはいえ、彼女は弟君の引率を心から楽しみにしていたはずだ。きっとこれは苦渋の決断に違いない。


「リクセリア様! 俺、リクセリア様がいいです! だから待っています」


 引率生徒の一人が声を上げた。


「まあ……」


「女子もそう思うよな?」


「はい。素敵なリクセリア様とご一緒したいです」


 これがカリスマってやつか。

 あの聖母のような姿を見せられたら、そうなるか。


「皆様方……。ご存じだと思いますが、女の着替えは長いですわよ」


「承知の上です! 時間なんか女神のごときリクセリア様とご一緒するのに比べたらなんでもありません」


「わかりましたわ。それではしばらくお待ちくださいませ」


 どうやら話がまとまったようだ。

 俺もリクセリアが案内するほうがいいと思う。


「あの、リクセリア様。お待ちください。その、お召替えなさる場所までお近いのだと存じますが、されどその間とはいえ、お御髪をそのまま人の目に触れさせるのは……。わたくしの髪留めをお使いください」


 確かに今、リクセリアの髪はポニーテールが解かれて髪の毛すっぴん状態。綺麗な長い髪ではあるが、風に吹かれたらばらばらになってまとまりが無くなりそうだ。

 そんな状態を見かねたダニルちゃんが自分の髪留めを外そうとする。


「お気持ちはありがたいけど、それを受け取るわけには行きませんわ」


 ダニルちゃんに近づいたリクセリアは髪留めを外そうとしていた手にそっと触れる。


「な、なぜですか」


「他でもない、カルツが自慢するアナタの美しさを損なってしまうからよ。わたくしはそれを望まないわ」


「リクセリア様……」


 ダニルちゃんの目がハートになっている。


「あの、リクセリア様。それならこちらはいかがでしょうか?」


 そんな会話に割って入ったメルが、持っていたカバンの中から何かを取り出した。


「こちらは所要で仕入れたリボンです。貴族用ですので素材は良いものを使っています。よろしければこちらを」


 商売し始めたぞ!?


「代用品にはなりそうね。あとで屋敷にいらっしゃい」


「今後とも御贔屓にお願いします」


 リクセリアの手に白地に金色のラインの入ったリボンが渡り、リクセリアは自分の髪を束ねて再びポニーテールにして、器用にリボンをくくったのだ。

 ハイレベル貴族となれば着替えを含めてメイドがすべての支度をするため、髪をくくることも自分ではできないものだと思っていた。さすがに彼女を侮りすぎたのだろうか。


 そうしてリクセリアは颯爽と去って行った。


 彼女が返ってくる待ち時間までの間、メルが「さあお嬢様がた、今リクセリア様が身に着けたリボンと同じものがこちらです」と言って、女子たちに店頭販売を始めたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

2話分続いた弟君大好きエピソード! そういうものだと思って皆様方も受けれていただければ幸いです。

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