014 学園見学会 その4 学園が誇る大図書館
「この図書館はかつての砦を改装したものなのですよ。城のように大きな建物ですが、驚くべきは地上よりも地下のほうが深く広大であることですわ」
着替えを終えたリクセリアが復帰し、中等部生徒達の引率は再開されている。
それなりの短時間でまるで何事も無かったかのように、元通りに制服を着こなしているのはさすがだと思う。
ちなみに、メルが渡したリボンはもう着けておらず、いつもの赤いリボンに戻っている。
メルからリボンを買った女子たちは詐欺だと騒いでもいいのだが、めったに見ることのできないレアなリクセリアのリボンである、という結論に落ち着いたらしく、皆が満足しているようだ。
さて、図書館の中に入った俺たちはリクセリアの解説に耳を傾けているところだ。
図書館に行くとは聞いていたが、図書館内のどこに行くのかは聞かされていない。俺も行く先をお楽しみとさせてもらうとしよう。
元々砦であった図書館内部は薄暗く、石造りの武骨な形状をしている。広間やホールだった場所は広いため、本棚が規則正しく置かれているが、小部屋などは小さな本棚に専門書などが所狭しと収められている。
「あの……リクセリア様はどのような本をよく読まれるのでしょうか。お好きな本などよろしければ教えていただけませんでしょうか」
おとなしそうな女子が質問する。
「そうですわね……淑女となるための学びの合間に読む程度ですが、そうですわね。割と恋愛小説は読みますわよ」
「恋愛小説ですか!」
へえ……そういうのに興味は無いんだと思ってたが、案外ロマンチストなんだな。
「で、でしたら『来世で添い遂げるために崖から飛んだ』はお読みになられましたか?」
「ごめんなさい。読んだことないわ。それがあなたのお薦めなのかしら?」
「は、はい! 結ばれることの許されない二人が来世での愛を誓い合うお話で、私の一番のお気に入りなんです。なるお小説店では年間ランキングに乗ったこともあるんです!」
「そうなんですわね。今度読んでみますわ」
「ぜ、ぜひ!」
この子も恋愛小説が好きなんだな。好きなものを共感できる相手はなかなか見つかりにくいから、これは大切な出会いだな。
そんな会話をしながら進む一行。
「姉上、穴があいてるよ」
弟君が床にぽっかりと開いた穴を指さす。
古い砦が元となっているということは年代物の建物であるため、壁や床の経年劣化はやむを得ない。
ここにも床に穴が開いてしまっていて、工事が始まるまでは囲いを設置して穴に落ちないようにしている。
「カルツ、気を付けなさい。ゆっくりとよ」
穴は道の真ん中に開いており、その横の通れる幅は人一人分程度しかない。
リクセリアは先に進むと振り返り、弟君を気遣う。
「大丈夫だよ姉上、ほら!」
見えている穴に落ちる程子供ではないと見せるためか、ぴょんぴょんと跳ねて見せる弟君。
「やめなさいカルツ! ほら、わたくしの手を取って」
「子ども扱いしないでよ。あっ!」
リクセリアの差し出した手を避けるように飛び跳ねた弟君が横の壁に体をぶつけてしまった。
ガコン、と音がした。何かが外れるような、普段はあまり耳にしない音。
「カルツっ!」
その音の正体は、壁に穴が開いた音。
弟君の体当たりによって壁に穴が開いてしまったのだ。
そのまま光の届かない黒い空間に飲み込まれそうになる弟君。
俺のスキル【緊急時感覚遅延】が発動し、その一部始終がゆっくりと流れ始める。
闇に消えゆく弟に向かって力いっぱいに手を伸ばすリクセリア。
俺は瞬間的に床を蹴っていた。脳の考えが足へと伝わり、足が床を蹴る。
その反動が足へと戻り、膝が力を生む。
体の大半が闇に消え、無情にも全身が闇に飲み込まれるかと思われた寸前、リクセリアの手が弟へと届く。
そのまま力の限り引っ張るリクセリア。
だが年下の弟とは言え、男子一人の重さ。それに加えて不十分な体勢で力を入れたものだから、力の重心が崩れて二人の体の位置が入れ替わりってしまう。
「リクセリアっ!」
弟君が闇から光の下に出てくる頃には、リクセリアの体は代わりに闇へと消えつつあり……そこにようやく二人の元へとたどり着いた俺の体。
リクセリアに手を伸ばし始めた時には、弟君は尻もちをついて無事な姿を見せていて、弟君の懸念が無くなった俺は、伸ばしている手をさらに伸ばし、闇に消え行くリクセリアの腕を掴もうとするが……その手は空を切る。
目の前の黒く不気味な穴。それはどこまで続いているのか分からないほどに底は暗く、崩れた壁はそれを封じるために作られたのではないかと思わされるほどの深淵。そんな中へと落下していく白い制服の女の子。
俺はためらう事なく床を蹴り、暗い地の底へと飛び込んだ。
浮遊感が襲ってくる。地面の所在が分からずに不安な感覚にとらわれるが、頭を振って、目の前の事に集中する。
落下していくリクセリアと穴へと蹴り降りた俺。
勢いをつけた俺のほうが速いはずなのだが、落下スピードに差が見られず、伸ばした手は一向に救うべき生徒に届かない。
【緊急時感覚遅延】で感覚が引き延ばされているため、何秒間落下しているかを掴むのは難しいが、体感から相当に深い穴であると感じる。
それほどの高所から落下したらどうなるか。
終着点が石材であれば即死、木材なら貫通して、水であっても大けがは免れない。
反射的にだろう。俺の姿を目にしたリクセリアがこちらへと手を伸ばす。
教え子を危険な目に合わせてしまったのは間違いない。だが、危険な目以上の事態に陥らせてしまう事は絶対に防がなければならない。
「【天空跳躍】っ!」
俺は切り札であるスキル【天空跳躍】を使い、落下中の空中を思いっきり蹴ることでさらに下方へと加速した。
「リクセリアっ!」
伸ばした俺の手が、彼女が伸ばしていた手に引っかかる。
すぐさま彼女の腕をつかむと、ぐいっと自らの元へと引っ張る。
(やった!)
手の届かなかった教え子にようやく手が届いたのだ。
最悪を想定したこともあり、内心喜んで、ほっとした。
だがそれで何が変わるというわけでもない。ただ俺の体がリクセリアの体に追いついただけ。
二人が落下中であることになんら変わりはない。
俺はすぐに次の展開について頭を回し始め、着ていた教員服の上着を脱ぎ、それをリクセリアの体に巻き付ける。
「なにをするんですのっ!」
不当に体を拘束されたと思っているのかもしれない。だけどこれは仕方がない措置なのだ。考えを伝えて理解してもらうほど時間に余裕があるわけでもない。俺は教員服の上からリクセリアを抱き込むと――
「しゃべるんじゃない。舌を噛む」
とだけ伝える。
意図は理解したのだろう。不服そうな表情をして、俺の腕の中から逃げようともがいていた体の力を抜く。
薄暗く光の届かない縦穴。
そこを落下し続けている。正直なところ、この状態から事態を打開するスキルを持ち合わせてはいない。
唯一の切り札の【天空跳躍】は先ほど使ってしまった。俺の【天空跳躍】は空を二回は蹴れないのだ。
となると次善の策はどうやって落下の衝撃をやり過ごすか。となるが、もはやできることはない。
可能な限りリクセリアへの衝撃を減らすために俺の服を巻き付けて、そして俺自身がクッションとなるべくして、彼女の体を抱いた。
終点は思ったより早くにやってきた。
石の床だ。いくつもの鋼の刃物がぎらついている場所よりはよっぽどいい。とはいえ、命が助かるという見込みはない。
せめて俺が衝撃を――
体に強い衝撃が走る。背に、肩に、肺に、内臓に。離さないと誓ったリクセリアを包み込んでいた腕にも衝撃が走り、千切れ飛びそうな痛みが脳を襲う。
衝撃がリクセリアの体にも伝わって、俺の腕を離れていく……
……りく……せり…………あ……。
そこで俺の記憶は途絶えた。
お読みいただきありがとうございます。
クランク先生、大ピンチ!
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本編にも登場しました、「来世で添い遂げるために崖から飛んだ」
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