封じられた宇
風は、止んでいた。
空は燃えたように鈍く赤黒く、空気は乾いていた。
崩れた建物の骨組みが、鉄の音を立てながら揺れている。
イサナは、ひとりでそこに立っていた。
視界の端に浮かんだ、断片的な地図。
たどり着いてみれば、その理由がわかった。
都市の廃墟。
名前はもう失われ、データベースにも記録されていない。
焦げた標識。ねじれた道路。
崩れかけたビルの狭間を、ひとすじの光が差し込んでいた。
その中に、“何か”が落ちていた。
灰色の岩とガラスの間に挟まるように、小さな金属片がある。
イサナは膝をつき、それを拾い上げた。
手のひらに収まるほどの、小型のデータボックス。
人類の技術とは明らかに異なる“流線型”の構造。
中央には微かに光る紋様が刻まれている。
その瞬間、ボックスが反応した。
空気が震え、視界がにじむ。
音も、映像も、時間も、すべてが一瞬にして流れ込んできた。
記憶の中。
ジェイバーの姿が立っていた。
だがその口は動かず、代わりに意識の深部に直接、声が響いてきた。
「我々、原初種は、、、人類の原型だった」
「命の意味を理解しすぎた種族。
だからこそ、耐えきれなかった」
「原初種には、“自ら命を絶つ者”があまりに多かった。
最愛の人を、家族を、友人を
ほとんどの者が、生き残れなかった」
「だから、我々は決断した」
「思考を抑える“プログラム”を、脳にインストールした。
考えすぎることを避け、ただ目の前の幸せを生きるように」
「そのプログラムは、約七割の原初種に適応した。
それが今の人類だ」
「人類は、“遠くのこと”を意味のないものとして処理する。
複雑な思考は自然と避け、
日常と快楽と生存に集中する生き方に落ち着いた」
「その結果、人類は繁栄した。
文明は築かれ、命は増え続けた」
「だが、適応できなかった残りの原初種たちは……
次第に人類との間に、深い溝を感じるようになった」
「数の上で圧倒した人類の感覚が“正義”となり、
我々は迫害された」
「やがて原初種は宇宙に逃げた。
けれど、記憶だけは――残した」
ジェイバーの声が少しだけ、揺れた。
「君は、プロトコード。
記憶を紡ぎ、真実に触れる存在」
「君が知るべきことを、伝えたかった」
記憶が、終わった。
イサナはまだ膝をついたまま、何も言えなかった。
心臓が静かに、強く打っていた。
小さなデータボックスは、すでに沈黙していた。
けれどイサナの中には、確かに“すべての記憶”が届いていた。
しかしこの始まりは
これから押し寄せる大きな津波の前の引き潮のようなものだった