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マミコ、非日常(一)

 マミコはファミレスの壁に貼られた「パートさん急募! 週に2日~平日のみ可! 主婦活躍中!!」の広告をぼんやり見つめた。


 ──どうせ週二なんて無理なんでしょ。……でも、ダメ元で応募してみようか。でもまた落ちたらガソリン代の無駄だし……。


 と、何度も思ったことを再び考えながら広告から目を逸らし前を向くと、双眼鏡で熱心に窓の外を監視するミズホの姿がある。


「なかなか出てきませんねぇ……張り込みにはあんぱんがつきものだから、買ってくればよかった……あ、でも持ち込みはだめですよねぇ」などとぶつぶつ呟いている。


 テーブルには最初に注文した二つのお子様ランチのプレートが食べ残しと共に置いてある。他にも複数のコップや絵本やおもちゃなどで、テーブルの上は混沌を極めていた。


 ──不倫の現場を押さえるなんて、ドラマみたいに都合よくいくわけないわよね……。


 ファミレスに入ってもう二時間近くが経過している。マミコはいい加減、腰が疲れてきた。やんちゃ盛りの四歳児を静かにさせておくのも限界が近づいている。そろそろ店員の目も気になるところだ。

 一方のミズホのテンションはずっと高いままだったが。


「ママ! ジュースなくなったよ!」


 息子のハルに服を引っ張られる。


「今度はユズルみたいに、ミックスしたい! オレンジジュースとメロンソーダと……何だっけ?!」


「しろぶどう」と、ミズホの息子、ユズルがボソリと呟く。


 ユズルがストローで熱心に吸っているものを見ると、コーラみたいな色をした謎の液体である。ハルはミズホ親子に悪い影響を受けたようだ。


「ハイハイ、こらが最後だからね」と席を立とうとした時──


 ミズホが「マミコさん! あれじゃないですか?!」と興奮の声を上げた。


「えっどれ見せて!」


 ミズホの手から双眼鏡を奪い取るように借りたマミコの目は、「・・生命」と大きく青字で書かれた看板の前を通る一人の男の姿を捉えた。少し距離があるが、おあつらえ向きにマミコ達のいるファミレスの方向へ歩いてくる。駐車場へと向かうのだろう。


 顔に焦点を合わせ、急いで観察する。男はユリに見せられたスマホの写真と似ている。


「……あれみたいね。急いで出ましょ!」


 バタバタと荷物をまとめ、マミコは伝票を引っ掴んだ。


「ジュースは?!」と叫ぶ息子の懇願を「後でいくらでも買ってあげるから!」と勢いでねじ伏せ、マミコ達四人は駐車場へと急いだ。

 ここまで来たのだから目当ての男を見失うなんて、絶対に避けたい。


 ──確実に現場を押さえてやる。


 何と言ったって、これは待ち焦がれた「非日常」なのだから──





 ──発端は二日前のことだった。


 いつものようにいつもの公園でいつもの時間に待ち合わせたいつもの三組の親子だったが、いつもとは違うことが一つあった。


 ユリの目に光がない。濃い隈ができているし、マミコが話を振っても遅れて「あ、ゴメン何だっけ?」と聞き返してくることが多かった。ミズホ以上に聞いていないのだ。


 このところ元気がないように見えたが、ユリは「夏バテみたい」というだけで、例によって詳しく話そうとはしなかった。

 それにしても今日の様子はひどい。


「ユリさん、何かあったの?」


 どうせ何も答えないだろうとは思いつつも、聞かずにはいられなかった。


 するとユリは珍しく「実はね……」と旦那の浮気疑惑について、事細かに打ち明け始めたのである。


「あさってもね、半休だって聞いてたんだけど、昨日急に『やっぱり仕事になった』なんて……言い方がなんだか変なのよね。きっと女と会うつもりよ」


 マミコは気づくと言っていた。


「私が突き止めてあげる」


「えっ」


「だから、あさって私が旦那さんの後をつけて、証拠をつかんできてあげる。そういう証拠って、いざという時に役にたつんでしょ」


「いいのよ、そこまでしなくたって、今すぐ離婚とか考えてないし、マミコさんだって忙しいだろうし……」


 そこで初めてユリは話したことを後悔したみたいにうろたえ出した。 


「でも、中途半端じゃモヤモヤするでしょう? 夏休みですることないし、遠慮はいらないわよ」


「でも……」


 その時、「尾行するってことですか?!」と横から口を出してきたのはミズホである。


「私も手伝います!」


 こちらも珍しく、興奮した口調で提案してくる。二対一。マミコは勢いを得て、持ち前の押しの強さでさらに言った。


「ほら、二人なら成功率もきっと上がるわよ。あ、ユリさんも来る?」


「いや、私は……」


「そうよね、ケイタくんに見せるわけにはいかないわよね。任せてよ。大船に乗ったつもりでいてちょうだい!」


 むしろ泥舟なんじゃないの、とユリは思った。


「仕事の帰りを待てばいいってことですよね? 職場はどこですか? 通勤は車ですか?」


「ナンバーと車種もお願い。半休だったら何時に終わるのかしら?」


 二人に矢継ぎ早に口を出され、ユリは観念したように、質問全てに答えていったのだった。


 マミコは顔中に笑みが広がるのを押し殺し、深刻そうな表情をつくってみせた。血湧き肉躍る。


 あさって自分は、やっと訪れた非日常に飛び込むのだ──

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