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またもや追記という形ですみません。ですがかなり文字数書きましたので、お待たせしてしまった分。せめて楽しんでいただけたら幸いです。




『わたくし、ルクレツィアと申します。ここにいるマクシミリアンの妹で、200年前のドロエ家当主の妻です』

「………………………なんですって?」

「今度こそ驚いたな。いや、無理もないが」

『話せば長くなるのですが………もう夜も更けておりますし、かいつまんでお話しいたしますね』




 ルクレツィアは短めに、だがわかりやすくきちんと話した。自分は天使で、赤ん坊の時に魔女に拾われ育てられたこと。


 その後、魔女に体を乗っ取られながらも自分の意識を保ちドロエ家の当主に嫁いだこと。


 それから月日が経ち、ルクレツィアの天使の遺伝子を受け継いで産まれたのがエミリエンヌであることを。




『あなたはあなたのお父様とお母様に、祝福されて生まれてきたのです。芳しい金木犀が咲き誇る、満月の晩のことでした………』




 当時、エミリエンヌの母エヴリーヌは窮屈どころか、軟禁とも言える状態で屋敷に暮らしていた。


 というのも、やはりリリアンヌがドロエの家を牛耳っていたことに他ならない。外出をさせてもらえないだけで、屋敷の中ではある程度動けていたのだが。


 やはりエミリエンヌと同じように、気軽に会話を楽しめる相手がいないことはひどく寂しいことで。エヴリーヌは孤独に苛まれる。


 そんなある日、エヴリーヌが18歳の時のことである。ドロエ家に出入りを許されていた画家が、弟子を伴って訪れてたのだ。


 週に3日は訪れているとのことだったが、来客がある際はエヴリーヌは自室に閉じ込められる為会ったことはなかった。


 だけど、その日は違った。

 



『エヴリーヌが閉じこめられていたのは、3階の部屋だったのですが。窓の側に大きな木がありまして、太い枝が窓の近くにまで伸びていましたの。……その枝先に、画家の弟子がいたのですわ』




 なんでも、師匠の奥方にもらったばかりのハンカチを風で飛ばされたらしい。運よく枝に引っかかっていたので、木に登ってハンカチを取ろうとしていたところで。エヴリーヌと出会ったというわけだった。




『出会った二人は、打ち解けるのも早かったのです。なぜなら、エヴリーヌは外の人間と話したことなどなく。弟子の方は、エヴリーヌに一目惚れしたのですから』




 好奇心のかたまりと、好意の塊が出会ったのだから。仲良くなるのは、自然の成り行きだったのかもしれない。ましてや男女なのだから、強く惹かれあってもなんらおかしくはなかった。


 そして二人は結ばれる。リリアンヌと師匠にばれないように、互いに気をつけながら。誰にもばれないように、二人だけで結婚式をあげたのだ。


 誰にも祝福されず、ひっそりと行った結婚だったが。二人は幸せだった。特にエヴリーヌは、ただただ生かされているだけの存在だとわかっていたので。彼が心から望んでくれたことが、嬉しくてたまらなかったのだろう。



『…ですが、その幸せは一瞬でした。リリアンヌにばれないはずがなかったのです。二人の仲は引き裂かれ、画家共々出入り禁止を言い渡されました。その後風の噂で、弟子の方が病で亡くなったとエヴリーヌは聞かされていましたの』

「死ん、だ…」

『後追い自殺でもしかねない嘆きようでした。毎日泣いて暮らして、ひどく痩せ細って…。でも、そんな彼女を救ってくれる存在がいたことに。ある日エヴリーヌは気がついたのです!』




 触れられるはずもないが。ルクレツィアは、エミリエンヌの両頬を包み込むように手を添える。そして花が咲き乱れるような微笑みを浮かべながら、エミリエンヌに囁いた。




『エヴリーヌのお腹の中に、あなたがいたのですわ』

「は?………え!?」

『二人は結婚したと申し上げましたでしょう?つまり、そういうことですわ』

「……本人を前にしてなんだが、よく生きていたな。エヴリーヌ殿はともかく、エミリエンヌが」

『有力な貴族の子弟を、ドロエ家に迎え入れようとしていた矢先のことでしたから。それはもう烈火のごとく怒り狂っておりました』



 しかしリリアンヌは考えた。エヴリーヌの結婚相手は、しょせん相手の家の金が目当てなだけだったのだが。うまく金を引き出せたとしても、下手にこちらの素性がばれるのはまずい。


 新たな男をドロエ家に入れるより。天使の血を引く子供が出来たのだから。とりあえずそれはそれとして。金は別方面で、どうにかすることにしたという。




『あなたを生むことに、なんら問題がなくなったのはよかったのですが。夫を亡くしたばかりだったのと、元々体があまり丈夫ではなかったこともありまして…あなたを生んで間もなく。エヴリーヌは亡くなりました』




 こんな魔女のいる家に、愛する我が子を置いて逝かなければならない辛さは。並大抵のことではなかったはずだ。死にたくなかった、生きたかったはずである。


 でも、いくら天使の血を引く者でも大半は人間の血で出来ているから。長く生きられるはずもなく。魔女ことリリアンヌに、エミリエンヌを託し逝ってしまった。




『あなたの名前は、エヴリーヌが考えたのですよ』

「お母様が?!」

『はい。大人しく寝ていなければならなかったというのに。あれでもない、これでもないと考えて……結果、知恵熱が出てましたわね』




 きっと女の子だろうと、エヴリーヌは当たりをつけていたのだという。だからもし男の子が生まれても、名前は『エミリエンヌ』になっていただろうとルクレツィアが話した。


 今この時ほど、女に生まれてよかったと思ったことはない。エミリエンヌは、心の底からそう思った。




『話が長くなってしまいましたが。ようするに、わたくしが申し上げたいのは。あなたは愛し合った夫婦から、愛されて望まれて生まれてきたのです。幸せになるように、不幸にならないように。そう願っている者から生まれたのだと、わたくしはあなたに伝えたかった』




 ずっと、長い間伝えたかったのだとルクレツィアは言った。だが、伝える手段がなかったのでもどかしい毎日を送っていたのだという。


 こうして自由になれて、よくやく伝えたいことをすべて話せてスッキリしたようだ。解放感に満ちあふれている。


 そして、すべてを教えてもらったエミリエンヌはというと。心にポッカリ穴が開き、寒々しい風が通り抜けていたような気分だったのだが。


 ルクレツィアから話を聞いて。その穴はふさがれ、体全体が温かさに包まれたようになった。


 いつもいつも、何かが足りないと思っていた。その足りないものが何かもわからず、もどかしい思いを抱えていたが。今回、自身の生い立ちを知れたことで。ようやく、埋めたいものを埋められた。そんな気がした。




「私ほど幸せな子供って、そうはいないわよね」

『えぇ。嫌というほど愛されているあなたは、幸せすぎる子供ですわ』

「…うん。だから、自分を犠牲に…なんて。もうしないわ」

『エミリエンヌ?』




 エミリエンヌは頬が紅潮し、いつもとは違う子供らしい笑顔を見せる。いつもは見せない白い歯が口から覗き。その表情に他の二人は驚きを隠せなかった。




「私はまだ子供で、だけど周りの大人たちは誰一人助けてはくれなかったから…だから私が頑張らなきゃって思ったの」

『お店も経営して、小さいながら本当に頑張っていましたわね』

「でも、私はやっぱりまだ子供だから。…だから、信頼のおける大人には頼ろうって…そう決めたわ。頑張り過ぎず、自分自身を労って、愛してあげなきゃ。じゃないと、せっかく私をこの世に生み出してくれたお母様に申し訳ないもの」




 きっと、知らず知らずのうちに自身を追いこんでいたことに気づいたのだろう。頑張らないと、誰よりも頑張らないと、一人で、誰にも迷惑かけずに頑張らないと。


 そう、思いこんでいたに違いない。根が真面目な分、誰にも止められなかったことから追いこむところまで追いこんでいたのだ。


 両親の話を聞いて、ようやくそのことに気づいたらしい。晴れ晴れとした表情のエミリエンヌは、子供らしい笑顔を見せた。




「みんなに迷惑かけない程度に、私らしく生きていくわ。だって、もうなにも知らない私じゃないのですもの」

『その意気ですわ!』

「…微力ながら、私も力を貸そう。誤解だったとはいえ、君に迷惑をかけたのは事実だからな。力にならせてほしい」

「アルヒ…」

「君は元々強い子だ。だが、ずっと強くいられる訳がない。弱音をはきたくなる時もあるだろう。そんな時には、いくらでも話を聞こう。君がもう一度、頑張ろうと思えるようになるまで」




 ディーヴァに知らされて、初めて知ったとはいえ。マクシミリアンは、自分の考えたらずの行動にさすがに呆れた思いだった。


 こんな小さな子供に重い物を背負わせて、知らぬ存ぜぬを通していたのだから。情けないやら恥ずかしいやらである。


 だが今なら、すべてを知った上で力になれることもあるだろう。エミリエンヌは選択したのだから、マクシミリアンも選択する。自分自身で決めたことだ。


 ようやく巡り会えた自身の血縁者である、愛らしいエミリエンヌの為に。少しでも何かしたいと、そう思ったのだ。




「でもなんだか不思議。私たちが血の繋がった縁者だなんて」

『わたくしも、初めてまともに血縁者と会話しましたわ』

「私もだな」




 エミリエンヌは、現在まで一緒に暮らしていた『家族』とは血が繋がっていないばかりか。まともに顔を合わせたこともなかった。


 ルクレツィアは、リリアンヌに体を乗っ取られていたので。自分の意識で会話をしたことがなく。


 マクシミリアンに至っては、家族はいたが血縁者ではない。三人共が、実に複雑な家族構成であることから。やはりこういったところが、血縁者ゆえの似ているところに入るのだろうか。




「そういうことを知れるのが嬉しいわ」

『そういうこと?』

「血縁者の誰に似てるとか、こういった特徴があるだとか。…私が誰かと繋がっているってわかって、嬉しいの」




 自分一人しかいない、孤独。それは死ぬほど嫌なことである。知っている者に自身の元になった者のことを聞く。エミリエンヌが、ずっとやりたかったことだった。




「もっと私に教えて。あなたたちのことや、いろいろなことを」




 たった一人で震えていた少女は。今やっと、一人ではなくなった。手を伸ばせば、掴まえてくれる者と会えたのだ。






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