プロローグ
木星の縞模様が、戦場の閃光に断続的に照らされていた。
赤、白、青――爆風が色を奪い、また与え、虚空は絶えず形を変える。
『敵幹部――撃破確認!』
眷使部隊には勝利を喜ぶ余力すら残っていなかった。
『弾薬残量、三%! 予備マガジンなし!』
『補給線は完全に断たれています!』
『負傷者多数! 後衛が持ちません!』
通信が悲鳴のように飛び交う。
木星の影から、黒い艦影がいくつも姿を現した。
天城香織は顔を上げた。
増援――。
敵艦の艦首に、光が収束する。
主砲――。
次の瞬間、白い閃光が放たれた。
その刹那――光の中に、ひとりの少女が現れた。
神々しいほどの輝きをまとい、戦場の汚濁とはあまりに不釣り合いな姿。
長い髪が光の粒子をまとい、瞳は星のように澄んでいる。
少女は香織の前に降り立ち、静かに微笑んだ。
「香織さん。必ず迎えに行きます。」
少女が手をかざすと、光が奔流となって戦場を包み込む。
爆風が空間を飲み込み、世界が白く染まる。
「戻ってください。
あなたの“歴史”へ。」
その言葉が響いた瞬間、白い光がゆっくりと割れた。
* * *
## ■学食 ――天城香織という人間
一九九五年、春。
工学部一年。
桜の向こうに、大学のキャンパスが広がる。
香織は、学食のテーブルに座っていた。
味噌汁の湯気が、現実の輪郭をゆっくりと戻していく。
向かいの友人が、唐揚げをつつきながら言った。
「香織さ、また古代技術の話してるの?」
香織は味噌汁を一口すすり、淡々と答える。
「好きだから。」
「昨日も閉館まで図書館にいたんでしょ?」
「工学部なのに、変わってるよね。」
香織は首を横に振った。
「役立つかどうかじゃないよ。
どうしてそうなったのかを知りたいんだ。」
友人は苦笑した。
「ほんと変わらないよな、香織は。」
香織は照れたように笑った。
* * *
## 歴史文化論 ――静かな余韻だけを残す邂逅
午後の授業。
一般教養科目「歴史文化論」。
教壇に立つのは、和服姿の穏やかな女性講師。
その佇まいは、教室の空気を静かに落ち着かせる、不思議な静謐をまとっていた。
「今日は、源平合戦について話しましょう。」
講師が黒板へ書いたのは、武将の名前ではなかった。
弓。
馬。
街道。
食料。
「戦というと、強い武将へ目が向きます」
講師はチョークを置いた。
「ですが、一人の英雄だけでは戦えません。武器を作る者がいる。食料を運ぶ者がいる。道を整える者がいる」
講師は黒板へ二文字を書いた。
技術。
「そうした名も残らない人々の工夫もまた、歴史です」
そして、その隣へもう二文字。
文明。
「技術は、人が何を求めたかを映します」
香織はノートに一行を書き留めた。
技術は、人が何を求めたかを映す。
香織のペンが止まった。
「歴史とは、技術が歩んできた道でもあります。
人が工夫し、積み重ねてきた痕跡なのです。」
講義後、香織は教壇へ向かった。
「先生。昔の技術を見るときって、道具そのものより、どうしてそれが必要になったのかを見る方が大事なんですか?」
講師はふっと微笑んだ。
「道具だけを見るなら、優れているか、劣っているかで終わります」
「でも、誰が作り、誰が使い、どう受け継いだのかまで見れば――文明が見えてきます」
香織はノートへ目を落とした。
技術は、人が何を求めたかを映す。
香織はペンを取り、文章の下へ一本だけ線を引いた。
窓の外では、桜が静かに散っていた。




