01.シャーリーンの興味
とある次元の、とある世界の、とある国の、昔々のお話。
その大陸には、中央に大きな砂漠が広がっている。
シィヴァ砂漠と呼ばれるその砂漠を囲むようにして、たくさんの国々が存在していた。
砂漠を越えた自国の向かい側にある国へ行くには、砂漠を横切るか、砂漠に沿って他国を通って行くことになる。
そんなたくさんの国の中に、カルシャという国があった。
この国の王ザドーアは、今年で在位二十五年になる。五十二歳になる彼には、王妃スティルーシャとの間に王子が一人、姫が二人いた。
王子のロザアッシュは隣の国から一の姫をめとり、いつでも跡継ぎとしてまかせられる。近く、孫が生まれる予定だ。
姉姫のシャスミーは砂漠向こうの国ハビナへ嫁ぎ、半年前に跡継ぎとなる王子も無事に産んで、幸せに暮らしている。
残る妹姫シャーリーンは十七歳になり、そろそろ年頃。いい話があれば進めていきたい、と考えている。
これまで国内では特に大きな問題も起きず、近隣諸国とのいさかいもなく、平和であった。
欲を言えば、もう少し国が裕福になれば、というのが現在の王の気持ちだ。
半月後には、ザドーア王の在位二十五年式典が催される。すでに数ヶ月前から友好各国へ使者が出され、その国の要人が招待されていた。
出席の返事も順次届いていて、式典の数日前から招待客が訪れることになるだろう。
城の中では侍女達が「どこそこの国からはあの王子が来る」だの「若くして有能な大臣が来るらしい」というような話で盛り上がり、とても賑やかだ。
小さくはないが、大きくもない国のカルシャ。こんなに多くの来賓が訪れることは、滅多にない。
なので、警備体制を強化するなど緊張のある中にも「お祭りがもうすぐ始まる」という楽しみがある。
ザドーア王の二の姫シャーリーンも、式典はともかく、その後で開かれるパーティを楽しみにしていた。
堅苦しい挨拶ばかりの式典なんて、言ってみればどうでもいい。どうせ、同じような美辞麗句を並べたものばかりになるだろう、というのは予想できること。
父親のザドーア王も、そんな挨拶より祝いの品として持参される宝石や織物の方がずっといいはずなのだ。
シャーリーンはと言えば、パーティで出される料理に期待している。太っている訳でもない、むしろやせているのに、よく食べる姫なのだ。
「フィーネ、今度のパーティではどんな料理が出るのかしらね。王のための式典だもの、おいしい料理が出るはずよね。料理長に何か聞いてない? こういうものを出すつもりだ、とか」
シャーリーンはわくわくしたような口調で、侍女のフィーネに話しかけた。
若く美しい貴人や、その付き人達を見る。
侍女達はみんな、それを楽しみにしていた。うまくいけば、見初められるということだってありうるだろう。いわゆる、玉の輿。
実際の話、独り身の侍女達はそれを一番期待しているのだ。
城の中は人も多いので職場結婚はありがちだが、相手が少しでも裕福であれば、他国の人間でも構わない。
来賓は王族の場合もあるが、さすがにそんな人達の目に留まるのは難しいだろう。だが、その付き人ならチャンスはある。
多少なりとも身分の高い人が多いし、その人に気に入られたら自分の人生も安泰になる、というもの。
しかし、彼女達とそんなに年の離れていないはずのシャーリーンは、十七になったというのに、色気より食い気の方が先なのである。
二つ年下のフィーネでさえ、他の侍女達と同じく、色気の方を重要視しているのに。
「詳しい内容はまだ。……と言うか、姫様。お楽しみに思われるようなこと、他にないんですか?」
式典では、珍しい料理もたくさん用意される予定だ。滅多にない大きな祭典であるから、侍女達にもそのおこぼれはいつも以上にたくさんあるだろうし、フィーネだって一応それらも楽しみにしている。
でも、シャーリーンの場合、その「料理のみ」を楽しみにしていた。これは年頃の乙女としては少々……かなり問題があるのではないか。
フィーネでなくても、そう思うだろう。
「だってぇ。式典じゃ、あたしだってずっと同じように、お父様の横に座ってなきゃなんないのよ。お母様とロザアッシュ兄様だけでいいと思うんだけど。持参される宝石や他の物だって、別にあたしのものになる訳じゃないし。きれいな物を見せ付けられて、かえって目の毒になっちゃうわ。ねだって、もらえるものならいいけど……あんまり期待はできないしね。ほとんどが、最終的には国の財産になるでしょ。そうなると、食べるくらいしか、楽しみがないじゃないのよ」
パーティで出される料理。来賓が持参するかも知れない、自国の珍しい食材。
保存食はどうなるかわからないが、だいたいの食材はすぐに調理されて口に入るはず。その辺りを楽しみにするしかない。
「殿方については、いかがです?」
「んー、直接話せるって機会が、あんまりないじゃない。人前で、型通りの会話だけ。あいさつに毛が生えた程度でしょ。むしろフィーネ達の方が、色々とチャンスがあるんじゃないかしら。そんな風に考えたら、絶対に手が届くおいしい料理の方がいいに決まってるじゃない」
シャーリーンだって、全く考えない訳ではない。
ただ、姫という立場上、迎える要人達と何かの拍子に親密になれる、という機会がないに等しいのだ。
近付いて来るのは、だいたい下心有り。相手は「シャーリーン」ではなく「カルシャの姫」を狙っているのだ。
だから、期待を抱く気にならないのである。
「……そうおっしゃってますけれど、それってうわべだけでしょう?」
フィーネにはわかっている。
今の言葉は、表面上のことだけ。
全てが嘘とは言わないが、シャーリーンは自分の立場にかこつけて「食べることのみに楽しみを抱く」ということを正当化しているのだ。
心の中を見透かされ、シャーリーンはペロッと舌を出した。
「あは、ばれた? まぁ、いいじゃない。殿方とどうこうとかは、そのうち何とかなるわよ」
とことんお気楽なシャーリーンに、フィーネはこっそりため息をついた。
☆☆☆
午後の教養の時間が終わり、シャーリーンは気分転換に庭を歩いていた。
カルシャの王は植物を好むので、庭は咲き誇る珍しくも美しい花で一杯になっている。歩いていると、花のいい香りに包まれて気分がいい。
この庭は、客人にも好評である。式典の来賓も、きっと多くがこの庭を散策することになるだろう。
庭の一角に置かれているイスに座り、シャーリーンは休憩していた。ここは眺めが一番よく、シャーリーンのお気に入りの場所なのだ。
勉強の後、息抜きでここに座り、庭をぼんやり眺める。暑い日でも、風が通り抜けて気持ちがいい。
部屋の中ならフィーネに頼んで淹れてもらうお茶も、庭へ出る時はシャーリーンが勝手に淹れて持って来る。
姫様らしくないので、そういうことはおっしゃってください、とフィーネからはいつも言われるが、庭でのんびりする時くらいは一人になりたいのだ。
それに、お茶の淹れ方だけは上手になった……と自分では思っている。何度もしているから、自然に上達したようだ。
今日もシャーリーンはいつもと同じようにお茶を淹れて持ち出し、いつもと同じ場所に座ってそのお茶を飲み、新しく咲いた赤い花を見付けて「あれって、何て名前だっけ」と思いながら眺めていた。
気持ちいい風が吹き抜け、あくびをしていると、どこからか人の話し声が聞こえてくる。
シャーリーンがいることに気付かず、休憩中の侍女達数人が近くでおしゃべりをしているのだろう。よくあることだ。
あえて声をかけず、シャーリーンはそのおしゃべりに耳をかたむける。そうすると、侍女達の本音や思いがけない人間関係の話、街の流行について知ることができるのだ。
聞いていて楽しいし、側近達の意外な顔がわかったりする。
「まぁ。それじゃ、ダージェンの国からは王子様が?」
今日は十一日。式典は十五日だ。まだまだ先のことだと思っていたが、いつの間にか一週間を切っていた。
すでに招待状の返事は全てそろい、どこの国からは誰が来賓として訪れるのかが確定している。
侍女達は、その話で盛り上がっているようだった。





