序章
星告草。
夜空をそのまま大地に縫い付けた様に花を咲かせる習性を持つ星告草を用いて嘗て国を導いたとされる精霊士は大地と空から星を詠み、繁栄を齎したと伝わっている。
別名、エレメンタルリーフ。
医学においては主に解熱剤の材料として使用されるその花を、国王であるオリバー二世は壊れ物を扱う様に大切に触れる。
「何か、大切な思い出でもあるのですか?」
王妃マルゴは夫であるオリバーに問いかけた。
「...王都より遥か北の大地には、星告草が群生する事は無いのだと、嘆いた令嬢がいた」
この国の北部は建国の頃から不毛の大地であり、数十年前に聖女が巡礼の旅を終えるまで凡そ人間の居住可能な土地ではない、と誰もが語った。
最後の聖女、と謳われたその聖女が生まれた大地には今、精霊樹と呼ばれる大樹が根付き、その樹の根元には精霊の王が坐すと言われている。
オリバー二世は精霊の王の誕生を目の当たりにした、とマルゴは耳にしている。
「北の大地を領地とする、男爵家の次女として生を受けた令嬢であった。
幼いながらに心から領民の為に自分に出来る事はないかと模索する様な娘だった」
脳裏の貴族名鑑を確認し、マルゴは理解する。
ルカ・ベクマンベトフ男爵令嬢。
本来であれば、聖女の妹としてロックハート伯爵家に嫁ぎ、持ち前の薬草学の才能を活かす筈だった娘。
姉の気まぐれで聖女の役目を背負い、2000年の悲願を成し遂げて精霊の王となった娘。
妹に全てを押し付けた姉と男爵家は滑落し、今は平民として生きている、と耳にしている。
聖女ナタリアと呼ばれ、最後の聖女となり、そして、精霊の王となった娘の慈悲で、元男爵家の人間は辛うじて玉の緒を繋いでいると言う話はこの国に生きる人間であれば誰もが知っている。
オリバーは在りし日のルカの姿を思い返すのだった。




