最後の我慢をする私の話
「それじゃあ行ってくるよ」
扉の前で私を振り返り、まるで散歩にでも行くかのようにそう言った先輩。
向かう先は、味方が一人もいない孤独な戦場。空も大地も見渡す限りが神の軍勢と魔王軍が争う死地だと言うのに、先輩の表情からも緊張は一欠片も感じられない。
今日ばかりはいつもの霞も薄まり大人しい。きっと戦地となる大陸を守るために、そちらに魔力を割いているためだ。でもそのお陰で先輩の顔がよく見える。
かけたい言葉も言いたいことも聞きたいことだって沢山あった。だけど、どの言葉も今の私に言うことは出来ない。今の先輩には言えない。
私にはそんな資格がないから。何故なら、先輩の計画を最も狂わせるのは私だから…
私が何も言えずに居ると、先輩はそのまま扉の方を向いてしまう。
万全の計画は立てた。だと言うのに、どうしようもない不安感が今更私の心臓を掻きむしる。
私のせいで先輩は死ぬかもしれない。私の計画が失敗しない範疇で先輩の命を最優先にして、何度も何度も計算はした。先輩に関わるものは全て調べあげた。
先輩の向かう場所の天気も風向きも大陸にある砂の量だって全て調べて計画した。
それでもいざ当日になってしまえば、私は十分に出来ているのか不安になる。
先輩と言葉を交わせるのが最悪の場合、今日が最後になる可能性だってある。
………だから……何か言わきゃ……………………
「…………待ってますから」
「あぁ、待っていてくれ。」
何とか振り絞って出した私の言葉に、先輩は振り返ると間を置く事なく返してくれた。
え……、……笑……って…
振り返った先輩の顔は、この十年間の中で初めて見るくらい柔らかくて、今まで私を押しつぶさんとしていた感情が霧散する。
先輩はそのまま扉を開き外へ出ると、魔法陣を三つ展開するとそのまま飛んで行ってしまった。
先輩の姿が青い空に消えていく。
先輩が笑った……
実際は、笑ったとも言えないほど小さな変化だった。ほんの少しだけ目元から力が抜け、口角は上がっていたかさえ怪しいくらいのものだった。それでも彼女の目にはしっかりと見えた。
「先輩はほんとに凄いなぁ…」
表情のたった一つで私の心にのしかかっていた憂いを消してしまっただけでなく、別の感情を増大させる。
「先輩、愛してます。」
もう何万と呟いたか分からない愛の告白。
十年という少女にとっては長い時の間、変わることのない愛を積み重ねてきた。
そのせいか、彼女の心にあった感情はいつの日からか変化しつつあった。
「先輩、愛してます」
元々どこか歪ではあった。始まり方が違えば、選んだ道が違えば、想い人が彼でなかったなら、想ったのが彼女でさえなければ………
でも、そうはならなかった。
あの日、彼女が彼を慕いそして進む道を決めた。
それが全て。
歪な愛が十年という少女の半生に近い間、執着や嫉妬といった歪んだ感情で育てられた。
いつ咲いてもおかしくなかった花が抑えられていたのは、ひとえに先輩に知られてはいけないという理性があったからに他ならない。
ただそれも、たった今無くなった。
正確に言えばまだこの感情を先輩に知られてはいけないけれど、少なくとも次に先輩に会える頃には隠す必要がない。
私はもう隠さなくていい
後の世に語られる、幾つもの国を滅ぼし神と魔王と一人で戦った魔法使いの男。その恐怖を忘れぬようにと人々は彼の悪行を歌や本にし後世に語り継いだ。
【魔導師】と言う魔法使いにとっては最高峰の異名を冠して、タイトルは『狂人、終焉の魔道士』
しかし、後世の人々は勿論、当時の人達でさえ極わずかにしか知らない。狂人も魔導師も一人ではなかった。
「やっと貴方に伝えられますね、先輩」
この時こそ、もう一人の【狂人】『狂愛の魔導師』その誕生の瞬間であった。
「愛してます」
◈
戦いが始まった事はすぐに分かった。
複数の国家と協力して密かに制作した【吸魔の魔法陣】が作動した。国と交わした契約ではそこで吸収した魔力は均等にそれぞれの国に行き渡るはずだった。
しかし、あらかじめ魔法陣に細工をしていたお陰で吸収できた魔力の八割弱は彼女に供給された。
しかも嬉しい誤算にどうやら神は魔力の他に神聖力という力も使うが【吸魔の魔法陣】はそれも吸収してくれていた。
神聖力の存在はわかっていたが、この魔法陣が神が直接使う神聖力に対してどこまで有効か分からなかったため捨てていた希望。それがいい方向に転んだ、危うく神に祈りを捧げるところだった。
ただ、魔法陣に細工をされたことは各国もすぐに気づいたはずだから、私を始末しようとすぐに動きがあるはず。
「なんにせよ、ここは破棄しないとね」
先輩と長い時間を過ごした、隠れ小屋。地下にあるため小屋というよりは地下室のようなものだけど、そこは今重要じゃない。魔法で小屋に火を放つと、抵抗もなく火は大きくなり小屋を丸ごと飲み込む。
念の為、全てが燃え灰になったことを確認してから地下の空間を閉じる。
この小屋には、先輩が研究の際に書き記した魔法陣や魔法理論書が山のようにあった。
紙切れの一枚でも世に出てしまうと後々面倒な事になるかもしれないため全て処理しておかないといけない。
ただ埋めただけだと安心できないしね
地上に出た後は暫く身を隠すために出来るだけ魔力濃度の高い山等に住むことにした。魔力を隠すなら魔力の中よね。ただ、魔力濃度が高いせいで頻繁に魔獣が襲ってくるのが厄介だった。
別に私が怪我をするような程強い魔獣はいないけど、数が多いせいでいちいち倒すのが面倒だった。
襲ってくる魔獣を討伐しながら山の中をひたすら移動する生活を初めて十日ほど経った日、私は久しぶりに人に出会った。
「その容姿にその魔力量、あなたがターゲットで間違いなさそうね」
私の目の前に魔力を纏わせたナイフを構え全身黒尽くめの服を着た女が現れる。どうやらもう追っ手が来たらしい。しかも目の前にいる女から漂う魔力が異様に多い。おそらく、どこかの国が彼女と契約をして魔力を補給しているのだろう。
「お命頂戴するわ!」
立ち塞がるように私の前に立っていた黒服の女が、真っ直ぐナイフを構えながら走ってくる。筋力も魔力で強化しているようで、十メートル程あった距離が一瞬で縮まる。
黒服の女のナイフは最短距離で私の心臓に突き刺さる……………訳もなく、ナイフは黒服の女の体ごとその場に固定される。
(う、動かない!体が………いや、体どころか指先ひとつ口も目すら……)
黒服の女の目にはターゲットとなる目の前の少女が動いたようには見えなかった。彼女を見つけた時から、しばらく尾行を続け暫くの間彼女を観察していた。体から溢れる魔力も身のこなしも全て恐れるに足らないと判断しチョロい仕事だと若干の油断があったのは認めるがそれでも動きを見逃したようには見えなかった。
黒服の女は動けない体のまま思考だけが加速していく。無情にも瞬きすらできない彼女には己に近づく死から目を背けることすら出来ず近づく彼女を見続けることしか出来なかった。
そんな黒服の女の絶望と思考を念話によって感じながら、そのまま空間に固定された黒服の女の横を素通りしてその場を離れる。
今の私はあの先輩含めた上位存在達が使った魔力の三割を常に供給されている状態で、更に言えば十年間先輩の元で学んだ知識もある。
必要なら神や悪魔を数十体くらいなら一度に相手に出来る。今更少し強い程度の人間と戦いにすらならない。
刺客が来るのはいいけど一々相手にするのは面倒だなーなんて間の抜けたことを考えながら歩いていると後ろから叫び声が聞こえてくる。
はぁ、追ってきてるのは分かってたけど何しに来たんだろう
「…………………………っ!ま、まちなざい!!」
後ろを振り返ると、先程の黒服の女が息を切らせながらこちらを見ていた。服も先程よりボロボロで所々血も付いてるから魔獣に襲われたのね。
「はぁはぁ、……………なぜ私を見逃したの!?」
うーん、どうしようかな。
出来れば殺したくはないし、かと言って無視したらまた襲ってくるだろうし
彼女に対してどうしようかと考えているとまた彼女が叫び声をあげる。
「答えなさい!貴方は一体何がしたいの!?わざわざ国を敵にまわしておいて、情でもかけたって言うの!?」
別に情けをかけた訳じゃないんだけど……
私は今まで人を殺したことはない。基本的にそういう事は先輩がやっていたし、先輩はそういう場に私を連れていかないようにしていたから。
でも、なにがしたい………ね
彼女の問に答えようと口を開きかけた時、四方から計八人の魔力を感知する。しかも急速に私の方に向かってきてる。
いよいよ、面倒になってきた。
「はぁ、この山はもうダメね。次は洞窟にでも潜ろうかしら」
「いや、その必要は無いよ。わざわざそんな事せずとも私が君を地中に埋めてあげるからね」
私の独り言にいきなり現れた無精髭を生やした男が答える。
現れた男以外は姿こそ見せないようにしているものの、私の周りを七つの魔力が囲むように潜んでいるのが分かる。
「初対面の乙女の独り言に答えるなんて激キモですよ。おじさん?」
「…………ターゲットからの言葉に傷ついたのは初めてだよ。君の人生最後のアドバイスだ、為にさせてもらうよ」
男がその言葉を皮切りに動こうとした時それを黒服の女がナイフで止める。
「待ちなさい、その女は既に私の獲物よ。」
「はぁ、同業同士のやり合いは極力控えたいんだがね?」
「なら、手を引きなさい。」
「それは無理な相談だ。」
私の目の前で黒服の女と無精髭のおじさんが睨み合っている。なにこの状況、私もう行っていい?
私を置いて目まぐるしく変わる状況に置いてけぼりにされていると、私を囲っていた人達の魔力が動き出す。
「隊長もうその女ごと始末しましょう。そろそろ日も暮れます、なんなら二人とも俺が責任もって預かりやしょうか?」
姿を表した男達のうちの一人が無精髭の男に話しかける。タイミング的に仲間なのか、それともタイミングを見計らっていた別の国からの刺客なのか判断しかねていたけど、どうやら仲間らしい。
話し出した男は気色の悪い目付きをこちらに向けてくる。それはその男だけでなく同時に現れた他の六人の男たちも同じだった。
うーん、殺しちゃいたいけどそれはなぁ……
空気がひりつくのを肌に感じる。
私がどうこの状況を乗り切ろうか考えていると私の顔の横を風魔法が通り過ぎる。
「へへ、少しばかり痛めつけてその後楽しもうや」
先程の男が涎を垂らしながら私の方にゆっくりと歩いてくる。
よし、生きてくれさえすればいいからやっちゃおう!
だって気持ち悪いし!
即断即決、私は無精髭の男と黒服の女以外の七人の男達に一斉に火をつける。その際も風魔法で火に包まれる彼らにちゃんと息ができるように空気を届ける。
『ぎ、ぎゃあああああああああ!!!!』
「お、おまえら!!」
大袈裟に騒いではいるけど火力も小屋を燃やした時の十分の一もないし、死にはしないわね。
ある程度焼けたのを確認し、男達を包む火を消す。
全員しっかり息はしている。ショックで気を失ったり叫び声を上げたりはしているけど誰も死んでないし、回復魔法さえかければ一週間くらいで治りそうだ。
図らずも私の魔力制御の精密性も測れたことに満足しながら踵を返して、再び歩こうとするとまた止められる。
「お前は!お前はなんなのだ!なぜ殺さない!何故だ!」
唯一なんともない無精髭の男が私に向かって叫ぶ。どうやら黒服の女共々腰が抜けているようで二人して地面に座ってる。
火傷をおった男達を魔獣から守ってもらうためにこの二人には何もしなかったのに、なんで二人とも腰抜かしてるのよ………
まぁ、二人の魔力量なら魔獣も下手には近づかないだろうしほっといてもいいや。
男の叫びは無視しながら再び森の中を歩く。
それからまた数日が経過した。あれからも何度も刺客が現れては殺さないよう加減しながらいなしてきた。
はぁ、殺さないってのはなかなか大変だわ
未だに莫大な魔力が供給されていることから戦地の苛烈さが伝わってくる。
まだこの調子なら、あと半月くらいはかかるかもしれないわね……
見えはしないけど先輩のいる方向、魔力の送られる方向の空を見上げる。日が沈み掛け真っ赤な空は徐々に暗んでいく。
ふと、何人かの刺客に言われた事を思い出す。
なぜ殺さないのか……
お決まりのセリフのように、ほとんど無傷で抑えた刺客からは確実に問われた言葉。
別に殺しに躊躇なんてものはとっくにない。必要であればやっただろうし、それに対して先輩のように罪悪感を感じることもない。
それでも私が、私に迫ってくる刺客を殺さない理由。それは………
「決まってるじゃない、私の初めてはあの人に捧げるんだから……」
至って単純明快な答え。それが例え殺しであろうとなんであろうと、あの日から私の全ては先輩のものだから。
肉を刺し心臓を突き破る感触も、初めて体験するなら先輩のものじゃないと勿体ない。
そしてその時は魔法なんて無粋なものは使わずに私の手でやると決めている。
あぁ、先輩の肉は骨は心臓はどんな感触なんだろう...
狂人は、そんなことを考えながら今日も明日も魔力の濃い地を練り歩く。
愛しの彼に再開するその日まで...
ここまでお読み頂きありがとうございます。
一旦次の話で一話の後輩ちゃん視点は終わるかなーって思ってます。
その後の話を描き続けるかはまだ考え中なのでぜひ読みたいと思ってくださる方いらっしゃいましたら評価、感想ブックマークよろしくお願いします<(_ _)>
めっちゃ励みになりますので!切実に!
ではまた次回もよろしくお願いします




