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「……ちょっと、小大さん! 外を見てちょうだい。この店の前、一体どうなっちゃってるの?」
私が窓から顔を出すと、代筆屋の店先から大通りまで、色鮮やかな装飾を施された**「輿」**がずらりと列をなしていました。それはまさに、臨安の街に咲いた大輪の華のよう。
事の始まりは、柴翊おじ様に差し上げたあの**「香守」**でした。おじ様がそれを宮中でさりげなく身に着けてくださったおかげで、内閣や後宮の女性たちの間で「あの香りと文字の主は誰?」と瞬く間に噂が広まったのです。
今や内宮では、自分たちで趣向を凝らした刺繍を施した袋を作り、その中に「盧蓮華の文字と道士の生薬」を収めた**「願い袋」**を持つのが、貴族の娘たちの間で最大のステータスになってしまったようです。
輿の行列と、乙女たちの願い
お嬢の独り言
「……まいったわね。
これじゃ、いつもの代筆の仕事どころか、店の出入りもままならない。
でも、輿から降りてくるお嬢様たちの瞳は、みんなキラキラと輝いている。
ある人は『意中のあの方と結ばれたい』と、またある人は『家族の無病息災を』。
彼女たちがひと針ひと針、想いを込めて刺した刺繍の袋に、私が最後の一片……“魂の言葉”を吹き込む。
『師匠……このままだと、臨安中の貴族の娘さんがここに集結してしまいますよ。文官の私としては、これほど多くの輿に囲まれると、別の意味で緊張します……』
文さんは、蕭譲譲りの几帳面さで、お嬢様たちの「願い事」を整理し、それぞれの想いに最適な言葉を選定するのに大わらわ。
『へっ、お嬢。これだけの注文があれば、生薬を包むための特製紙がいくらあっても足りねぇぞ。……だが、あの刺繍を見てみろよ。あんなに細けぇ手仕事を見せられちゃ、俺も気合を入れて新しい紋様を彫らなきゃ男が廃る』
小大さんは、お嬢様たちが持ち寄った刺繍のデザインに刺激を受けたのか、版木を削る速度がいつもの三倍になっています。
燕青おじさんの弟子たちが、混乱する店先で輿の交通整理(!)を始めました。
かつて盧家の屋敷を守っていた彼らにとって、高貴な方々の応対はお手の物。
『お嬢様、ご安心を。行列の整理は我らにお任せください。……それにしても、これほど多くの輿が集まるとは。お嬢様の文字は、もはや臨安の“希望の光”ですな』
お嬢の独り言
『……希望、か。
ただの流行かもしれない。けれど、彼女たちが大切に抱えているその袋の中に、私が誠心誠意、一文字を書き入れる。
それが彼女たちの支えになるなら、代筆屋としてこれ以上の誉れはないわ。
柴翊おじ様、見てる?
おじ様が広めてくれたこの香りが、今、臨安の若い世代に新しい“祈り”の形を作っているのよ。
さあ、次のお嬢様をお通しして!
あなたのその美しい刺繍にふさわしい、とびきりの言葉を贈ってあげるわ!』」




