はじめに
第一章:空白の六時十五分
二〇XX年八月一日。その日の朝は、アスファルトを焼く準備を始めた太陽が、まだ低く斜めに差し込んでいた。
午前六時十五分。それは、日常が非日常へとすり替わる境界線だった。
近所の公園で行われるラジオ体操。その「はんこ」を貰うという子供特有の義務感に従い、五人の少年たちはそれぞれの玄関を開けた。彼らは決して、特別な場所へ向かおうとしたわけではない。
最初に家を出たのは、リーダー格の織田太郎だ。首には、これから判が押されるはずの真っ白なスタンプカードを誇らしげに下げていた。
角を曲がるたびに、仲間が増えていく。
青いアディダスのキャップを被り、足取りも軽く走る田中大我。
寝ぼけ眼をこすりながら、空の虫かごをカタカタと鳴らす徳田和夫。
父親から強引に借りた、大人用の無骨なデジタル時計を何度も確認する宮内太一。
そして最後尾には、ポケットに愛読書の文庫本をねじ込み、歩きながらも活字を追う大村康成がいた。
近所の住民は、彼らの後ろ姿を目撃している。
「おはようございます」
そう元気よく挨拶をした太郎の声も、アスファルトを蹴る大我の靴音も、確かにそこには存在していた。それが、この世界における彼らの最後の記録となった。
第二章:静寂と遺留品
子供の足でも、合流地点から公園まではせいぜい十分の距離だ。しかし、六時三十分を告げるラジオ体操の音楽が鳴り響いても、五つの影が公園の土を踏むことはなかった。
彼らは、そのわずか十五分の空白の中で、文字通り「消失」したのである。
捜索が始まったのは、その数時間後だった。警察と地域住民が血眼になって捜すなか、公園へと続く小道の脇、生い茂る藪の奥に佇む「古い井戸」の傍らで、奇妙なものが見つかった。
織田太郎のスタンプカードと、徳田和夫の虫かごだ。
それは投げ捨てられたのではなく、まるで儀式のように、井戸の縁に沿って整然と並べられていた。スタンプカードには土汚れ一つなく、虫かごの中身は空。そこには争った形跡も、引きずられた跡もない。ただ、主を失ったプラスチック製品だけが、夏の陽光を撥ね返していた。
第三章:矛盾する証言
事件をさらに不可解なものにしたのは、同時刻に現場近くで聞かれた「音」だった。
ある住民は、耳を塞ぎたくなるような「キィィィィッ」というトラックの急ブレーキ音を聞いたと怯えながら語った。誘拐か、あるいはひき逃げか。凄惨な事故を予感させる鋭い摩擦音。
しかし、そのすぐ隣の家に住む老婆は、全く別の記憶を抱いていた。
「いいえ、とても楽しそうでしたよ」
彼女が見たものはなかったが、聞いたものはあった。
少年たちの、屈託のない笑い声。
それは地上からではなく、まるですぐ頭上の空から、光の粒とともに降り注いでくるような、透き通った声だったという。
地面に遺された、静かなる遺留品。
地を這うような不吉な摩擦音。
そして、天から降り注ぐ子供たちの笑い声。
八月一日の朝、少年たちはどこへ向かったのか。あの古い井戸は、今も沈黙を保ったまま、暗い底を開けている。




