表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第6話:広場

 翌朝。


 大地は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


 寝不足というほどではない。

 だが、頭は妙に冴えていた。


 昨日の洞窟。


 妙に整った壁。


 そして、スライム――リム。


 思い出すたび、胸の奥がざわつく。


(……夢じゃなかった)


 それを確認するだけのために、今日がある。


 大地は支度を整え、県庁へ向かった。


 午前中。


 集合時間に合わせて、公用車のキーを受け取る。


 運転席に座るのは大地だ。


 助手席には係長の古賀。

 後部座席には副課長の坂本と課長の黒木が乗り込んだ。


 車内は妙に静かだった。


 黒木は後部座席で資料を確認し、坂本は腕を組んで窓の外を眺めている。

 古賀もメモ帳を開き、淡々と予定を整理していた。


「市の職員は現地で待機。封鎖も継続中です」


 古賀が言う。


 黒木が短く頷いた。


「よし」


 坂本は窓の外を眺めたまま、ぽつりと言った。


「しかし……洞窟が突然出るなんてな」


 誰も返事をしなかった。


 大地はハンドルを握りながら、昨日の暗闇を思い出す。


 説明できない出来事を、ようやく誰かに見てもらえる。


 その事実だけが、少しだけ胸を軽くしていた。


 洞窟の入口には、市の職員たちがすでに集まっていた。


 ロープで封鎖され、簡易的なバリケードが組まれている。

 周囲には「立入禁止」の札も立てられていた。


「おはようございます」


 市の職員が頭を下げる。


「現場はそのままです。立ち入りもありません」


「助かります」


 黒木が短く返した。


 そして大地に視線を向ける。


「案内は任せる」


「はい」


 そこへ、もう一台車が入ってきた。


 降りてきたのは、白髪交じりの男。


 背筋はまっすぐで、年齢のわりに歩き方が軽い。

 目だけが妙に若い。


 小島先生だった。


 その隣には、若い男性がひとり。

 眼鏡をかけ、少し緊張した表情で周囲を見回している。


「松本くん!」


 小島先生が手を振った。


「お久しぶりです」


「いやぁ、面白そうな話を持ってきたじゃないか!」


 相変わらずのテンションだった。


 大地は苦笑しながら紹介する。


「こちら、うちの課長の黒木です。副課長の坂本、係長の古賀です」


「おお、どうもどうも」


 小島先生はにこにこしながら頭を下げた。


 続いて隣の若い男が一歩前に出る。


「中山と申します。小島先生の助手をしております」


 丁寧な挨拶だった。


 黒木は短く頷いた。


「よろしくお願いします」


 洞窟の入口の前に立つと、

 小島先生の表情が変わった。


「……ほう」


 入口の岩肌をじっと見る。

 縁の形。

 壁の削れ方。


 それだけで違和感が伝わってくる。


「これは……確かに変だな」


 小島先生は独り言のように呟いた。


「地質として、こんな形にはならん」


 中山も頷く。


「崩落でできた感じではありませんね……」


 坂本が小さく息を吐く。


「本当に、突然できたのか……?」


 黒木は短く言った。


「入る前に、安全確認だ」


 古賀が頷く。


「松本、先に入って計測してくれ」


「はい」


 大地はヘルメットをかぶり、ヘッドライトを点けた。


 安全靴の紐を締め直し、酸素計と二酸化炭素検知器を確認する。


 数値は正常。


 大地は一歩、洞窟の中へ踏み込んだ。


 冷たい空気。


 静かな闇。


 足音だけが響く。


 昨日と同じ。


 同じはずなのに――


(……何か、違う)


 大地は喉の奥が乾くのを感じた。


 洞窟の奥に、淡い光が見えた。


 大地は思わず足を止める。


(……え?)


 昨日は、こんな光はなかった。


 壁の両側に、棒のようなものが等間隔に並んでいる。

 それが青白い光を放ち、洞窟の奥を照らしていた。


 大地は振り返り、声をかけた。


「……課長、係長。中、光ってます」


「光ってる?」


 古賀が眉をひそめた。


 黒木も足を止める。


「昨日は?」


「ありませんでした」


 一瞬、空気が変わった。


 それでも、引き返す者はいなかった。


 全員が洞窟へ足を踏み入れる。


 小島先生は、入り口をくぐった瞬間に息を呑んだ。


「なんだこれは……」


 中山も周囲を見回しながら呟く。


「照明……? いや、そんな……」


 坂本は不安そうに口を開いた。


「誰かが設置したのか?」


 だが、その言葉はすぐに否定される。


 こんな場所に。

 こんな整然とした間隔で。

 しかも、青白い光。


 明らかに普通じゃない。


 そして――


 洞窟の先は、ぽっかりと開けていた。


 まるで地下に作られた広場。


 いや。

 広場というより――舞台だ。


 壁面は滑らかで、天井は高い。

 足元の地面も、岩場ではなく妙に平らだった。


(昨日、こんな場所はなかった)


 大地の背中に、ぞくりと寒気が走った。


 黒木も足を止めた。


「……松本」


 低い声。


「昨日、ここまで来たのか?」


 大地は頷く。


「はい。来ました」


 古賀が口を開く。


「じゃあ、なんで……」


 大地は答えられなかった。


 答えようがない。


 昨日まで、こんな場所は無かったのだから。


 その時。


 視界の端に、ぷるりとした影が現れた。


 ぽよん、と跳ねる。


 まるで待っていたかのように。


 大地の口から、声が漏れた。


「……あ」


 リムだった。


 広場の中央に、堂々と鎮座している。


 坂本の顔に、はっきりと「?」が浮かんだ。


 黒木も古賀も、言葉を失っている。


 小島先生ですら、口を開けたまま固まっていた。


 中山は青ざめている。


 誰もが同じことを考えている。


(……喋った?)


 そして、その沈黙を破るように。


 リムは、場違いなほど明るい声で言った。


「ようこそ!」


 ぷるん、と揺れながら続ける。


「大地と、愉快な仲間たち!」


 沈黙。


 完全な沈黙。


 大地は乾いた笑いを浮かべた。


(……ほらな)


 言った瞬間、信じてもらえるわけがない。


 だが、もう隠しようがない。


 目の前にいるのは、どう見てもスライムなのだから。


 黒木が、かすれた声で言った。


「……松本」


「はい」


「これは……」


 大地は苦笑しながら答えた。


「ええ。自分も、同じ反応でした」


 坂本が震える声で言う。


「いや……待て……」


「これ、着ぐるみとかじゃないのか?」


 古賀が小さく呟く。


 小島先生は目を輝かせながら前に出た。


「生物……なのか?」


 リムは楽しそうに跳ねた。


「うん。生きてるよ」


 中山が息を呑んだ。


「……返事してる」


 その時だった。


 空中に、光の板が浮かび上がった。


 文字が浮かぶ。


 黒木の目の前。

 坂本の目の前。

 古賀の目の前。


 そして、小島先生と中山の目の前にも。


「……なんだ、これは」


 黒木が低い声で言った。


 小島先生は、震える声で呟いた。


「ステータス……?」


 大地は目を閉じた。


(……やっぱり、夢じゃない)


 リムは楽しそうに揺れた。


「ね? すごいでしょ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ