第6話:広場
翌朝。
大地は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
寝不足というほどではない。
だが、頭は妙に冴えていた。
昨日の洞窟。
妙に整った壁。
そして、スライム――リム。
思い出すたび、胸の奥がざわつく。
(……夢じゃなかった)
それを確認するだけのために、今日がある。
大地は支度を整え、県庁へ向かった。
午前中。
集合時間に合わせて、公用車のキーを受け取る。
運転席に座るのは大地だ。
助手席には係長の古賀。
後部座席には副課長の坂本と課長の黒木が乗り込んだ。
車内は妙に静かだった。
黒木は後部座席で資料を確認し、坂本は腕を組んで窓の外を眺めている。
古賀もメモ帳を開き、淡々と予定を整理していた。
「市の職員は現地で待機。封鎖も継続中です」
古賀が言う。
黒木が短く頷いた。
「よし」
坂本は窓の外を眺めたまま、ぽつりと言った。
「しかし……洞窟が突然出るなんてな」
誰も返事をしなかった。
大地はハンドルを握りながら、昨日の暗闇を思い出す。
説明できない出来事を、ようやく誰かに見てもらえる。
その事実だけが、少しだけ胸を軽くしていた。
洞窟の入口には、市の職員たちがすでに集まっていた。
ロープで封鎖され、簡易的なバリケードが組まれている。
周囲には「立入禁止」の札も立てられていた。
「おはようございます」
市の職員が頭を下げる。
「現場はそのままです。立ち入りもありません」
「助かります」
黒木が短く返した。
そして大地に視線を向ける。
「案内は任せる」
「はい」
そこへ、もう一台車が入ってきた。
降りてきたのは、白髪交じりの男。
背筋はまっすぐで、年齢のわりに歩き方が軽い。
目だけが妙に若い。
小島先生だった。
その隣には、若い男性がひとり。
眼鏡をかけ、少し緊張した表情で周囲を見回している。
「松本くん!」
小島先生が手を振った。
「お久しぶりです」
「いやぁ、面白そうな話を持ってきたじゃないか!」
相変わらずのテンションだった。
大地は苦笑しながら紹介する。
「こちら、うちの課長の黒木です。副課長の坂本、係長の古賀です」
「おお、どうもどうも」
小島先生はにこにこしながら頭を下げた。
続いて隣の若い男が一歩前に出る。
「中山と申します。小島先生の助手をしております」
丁寧な挨拶だった。
黒木は短く頷いた。
「よろしくお願いします」
洞窟の入口の前に立つと、
小島先生の表情が変わった。
「……ほう」
入口の岩肌をじっと見る。
縁の形。
壁の削れ方。
それだけで違和感が伝わってくる。
「これは……確かに変だな」
小島先生は独り言のように呟いた。
「地質として、こんな形にはならん」
中山も頷く。
「崩落でできた感じではありませんね……」
坂本が小さく息を吐く。
「本当に、突然できたのか……?」
黒木は短く言った。
「入る前に、安全確認だ」
古賀が頷く。
「松本、先に入って計測してくれ」
「はい」
大地はヘルメットをかぶり、ヘッドライトを点けた。
安全靴の紐を締め直し、酸素計と二酸化炭素検知器を確認する。
数値は正常。
大地は一歩、洞窟の中へ踏み込んだ。
冷たい空気。
静かな闇。
足音だけが響く。
昨日と同じ。
同じはずなのに――
(……何か、違う)
大地は喉の奥が乾くのを感じた。
洞窟の奥に、淡い光が見えた。
大地は思わず足を止める。
(……え?)
昨日は、こんな光はなかった。
壁の両側に、棒のようなものが等間隔に並んでいる。
それが青白い光を放ち、洞窟の奥を照らしていた。
大地は振り返り、声をかけた。
「……課長、係長。中、光ってます」
「光ってる?」
古賀が眉をひそめた。
黒木も足を止める。
「昨日は?」
「ありませんでした」
一瞬、空気が変わった。
それでも、引き返す者はいなかった。
全員が洞窟へ足を踏み入れる。
小島先生は、入り口をくぐった瞬間に息を呑んだ。
「なんだこれは……」
中山も周囲を見回しながら呟く。
「照明……? いや、そんな……」
坂本は不安そうに口を開いた。
「誰かが設置したのか?」
だが、その言葉はすぐに否定される。
こんな場所に。
こんな整然とした間隔で。
しかも、青白い光。
明らかに普通じゃない。
そして――
洞窟の先は、ぽっかりと開けていた。
まるで地下に作られた広場。
いや。
広場というより――舞台だ。
壁面は滑らかで、天井は高い。
足元の地面も、岩場ではなく妙に平らだった。
(昨日、こんな場所はなかった)
大地の背中に、ぞくりと寒気が走った。
黒木も足を止めた。
「……松本」
低い声。
「昨日、ここまで来たのか?」
大地は頷く。
「はい。来ました」
古賀が口を開く。
「じゃあ、なんで……」
大地は答えられなかった。
答えようがない。
昨日まで、こんな場所は無かったのだから。
その時。
視界の端に、ぷるりとした影が現れた。
ぽよん、と跳ねる。
まるで待っていたかのように。
大地の口から、声が漏れた。
「……あ」
リムだった。
広場の中央に、堂々と鎮座している。
坂本の顔に、はっきりと「?」が浮かんだ。
黒木も古賀も、言葉を失っている。
小島先生ですら、口を開けたまま固まっていた。
中山は青ざめている。
誰もが同じことを考えている。
(……喋った?)
そして、その沈黙を破るように。
リムは、場違いなほど明るい声で言った。
「ようこそ!」
ぷるん、と揺れながら続ける。
「大地と、愉快な仲間たち!」
沈黙。
完全な沈黙。
大地は乾いた笑いを浮かべた。
(……ほらな)
言った瞬間、信じてもらえるわけがない。
だが、もう隠しようがない。
目の前にいるのは、どう見てもスライムなのだから。
黒木が、かすれた声で言った。
「……松本」
「はい」
「これは……」
大地は苦笑しながら答えた。
「ええ。自分も、同じ反応でした」
坂本が震える声で言う。
「いや……待て……」
「これ、着ぐるみとかじゃないのか?」
古賀が小さく呟く。
小島先生は目を輝かせながら前に出た。
「生物……なのか?」
リムは楽しそうに跳ねた。
「うん。生きてるよ」
中山が息を呑んだ。
「……返事してる」
その時だった。
空中に、光の板が浮かび上がった。
文字が浮かぶ。
黒木の目の前。
坂本の目の前。
古賀の目の前。
そして、小島先生と中山の目の前にも。
「……なんだ、これは」
黒木が低い声で言った。
小島先生は、震える声で呟いた。
「ステータス……?」
大地は目を閉じた。
(……やっぱり、夢じゃない)
リムは楽しそうに揺れた。
「ね? すごいでしょ」




