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第7話:鑑定と解析

広場の中央に、ぷるん、とした塊がいた。


 丸くて。

 透き通っていて。

 ……どう見ても、スライムだった。


 しかも。


「ようこそ!」


 そいつは、喋った。


「大地と、愉快な仲間たち!」


 黒木課長が、固まった。


 坂本副課長は、目を見開いたまま動かない。


 古賀係長は口を開きかけて、結局何も言えずに黙り込んだ。


 小島先生に至っては、目を輝かせている。


「……生物か?」


 中山先生が、かすれた声を漏らした。


「いや……喋ってますよね……?」


 広場の空気が、完全に止まった。


 誰もが同じことを思っている。


(何だこれは)


(夢か?)


(いや、夢なら揃って見るわけがない)


 大地は、苦笑するしかなかった。


 昨日、自分も同じ顔をした。

 同じように固まった。


 その現実が、今ここにある。


「……松本」


 黒木課長が、低い声で大地を呼んだ。


「説明しろ」


 大地は、息を吸って、吐いた。


「……自分も、昨日は信じられませんでした」


 それ以上、うまい言葉が出てこない。


 だが、言い訳をする必要もない。


 目の前に、スライムがいる。


 喋っている。


 現実として。


 リムは、ぷるぷる揺れて、楽しそうに言った。


「で、みんなも見えてる?」


「見えるって・・何を?」


 坂本副課長が、恐る恐る聞き返す。


 その瞬間。


 空中に、光が浮かんだ。


 板のようなもの。

 いや、板というより、薄いガラスのような膜。


 それが、それぞれの視界の前に現れた。


「……っ!」


 古賀係長が反射的に一歩下がった。


 黒木課長も目を細める。


「……何だ、これは」


 小島先生が、息を呑んだ。


「文字……?」


 中山先生が、震える声で言った。


「……見えます。これ、俺の目の前にも……」


 坂本副課長が、呆然と呟く。


「スキル……?」


 光の板には、確かに文字が浮かんでいた。


 氏名。


 年齢。


 そして――能力値。


 大地は、思わず笑いそうになった。


(いや、笑ってる場合じゃない)


 でも、どうしても現実感が薄い。


 役所の会議室で見る資料と同じくらい、淡々とした書式。


 それなのに内容は、完全にファンタジーだった。


「これ、ステータスってやつか……?」


 小島先生が、興奮したように呟く。


 黒木課長が、低く言った。


「先生。落ち着いてください」


「いや、無理だろう。これは……解析……?」


 小島先生が、自分のスキル欄を指差す。


「私は、『解析』を持っているらしい」


 中山先生が、喉を鳴らした。


「……自分は、『鑑定』です」


 坂本副課長が、青ざめた顔で言う。


「鑑定……解析……何なんだ、それは」


 リムは、ぷるんと跳ねた。


「そのまんまだよ」


「……そのまんま?」


「鑑定は、物の名前が分かる」


「解析は、もっと分かる」


 リムはあっけらかんと言った。


「たぶん」


「たぶんって……」


 大地が思わず突っ込むと、リムはぷるぷる笑った。


「スライムだからね」


 全員が、意味の分からない顔をした。


 だが、次の瞬間。


 中山先生が、足元に目を留めた。


 広場の地面。


 そこに、小さく光る石のようなものが散らばっている。


 大地も昨日、見た。


 ただの鉱石だと思っていた。


 だが、中山先生は、その一つに近づき、じっと見つめた。


「……あ」


 声が漏れた。


「文字が……出ました。えっと・・・」


【リチウム(高純度 4N)】


「……リチウム?」


 坂本副課長が、信じられないように言った。


 中山先生は、別の石を見た。


【ネオジム(高純度 4N)】


「……ネオジム……」


 さらに、少し大きめの鉱石に目を向ける。


【銅(高純度 4N)】


【鉄(高純度 4N)】


 その場の空気が、変わった。


 黒木課長の表情が、目に見えて固まる。


 坂本副課長は、口を開いたまま閉じられない。


 古賀係長は、何も言わずにメモを取り始めた。


 そして、小島先生は。


 震える声で言った。


「……中山くん。もう一度見せてくれ」


「はい……!」


 中山先生は鉱石を拾い、恐る恐る小島先生に差し出した。


 小島先生はそれを受け取ると、じっと見つめた。


 次の瞬間、目を見開いた。


「……分かる」


「え?」


「解析だ。これが解析……!」


 小島先生は、嬉しそうに笑った。


「成分が、頭に流れ込んでくる……」


 黒木課長が、低い声で聞く。


「先生。何が分かるんですか」


 小島先生は、鉱石を握ったまま言った。


「これは……精錬済みだ」


 全員が固まった。


「精錬……済み?」


 坂本副課長が、声を絞り出す。


 小島先生は頷く。


「そうだ。精錬工程が”不要”な状態になっている。」


「つまり……」


 大地が呟く。


 小島先生は、真剣な目で言った。


「現実世界では、リチウムもネオジムも、精錬には莫大なコストと環境負荷がかかる」


「だが、これは――」


 小島先生は鉱石を持ち上げた。


「最初から純度が高く。使える状態として

 存在して、しかも、異常なほどに安定している」


 古賀係長が、淡々と確認するように言った。


「……精錬不要、ということですか」


「そうだ」


 小島先生は、息を吐いた。


「ありえない。だが、現にここにある」


 黒木課長が、しばらく無言になった。


 大地は、その沈黙の意味が分かった。


 今目の前にあるレアメタルがとんでもない価値を持つことは

 素人の俺でもよく分かった。


 坂本副課長が、乾いた声で言った。


「……これ、外に出せるんですか」


 リムは、ぷるんと跳ねた。


「出せるよ」


 黒木課長が、顔を上げる。


「……出せるのか」


 リムは軽い。


「うん。持って帰っていいよ」

 ここ、0階でいわゆる、君たちの言葉でいうとチュートリアルってやつだね」


「……0階?チュートリアル?」


 坂本副課長が聞き返す。


 リムは、当然のように言った。


「そう。いわゆる入口で、勉強用のお部屋ってこと」


「……勉強用?」


「うん」


 リムは、広場をぐるりと見回す。


「ここは安全なの、そしてここで、いろいろとここのことを勉強してもらって

 理解してもらうところってこと」


 大地は、ずっと疑問に思ってたことを聞いた。


「……昨日は、こんな光も広場も無かった」


 リムは、あっけらかんと答えた。


「昨日は大地だけだったからね。

 今日は人多いから、ちょっと派手にしただけ」


「……派手にした、って」


 古賀係長が呟く。


 まるで、この空間が意思を持っているような言い方だった。


 小島先生が、目を輝かせて言った。


「つまり、ここは人工的に作られていることか……!」


「先生、落ち着いてください」


 坂本副課長が慌てて止める。


 だが小島先生は止まらない。


「いや、もはや、人工とか自然とか、そういう次元じゃない!」

 これは……新しい世界だ!」


 黒木課長が、低く言った。


「……先生」


「はい」


「採取できるなら、採取しましょう」


 小島先生の顔が、一瞬で子供みたいに明るくなった。


「いいのか!」


「ただし最小限です。まだ状況も良くわからないので」


「もちろんだ!」


 中山先生がメモ帳を開く。


「採取量と場所、種類を記録します」

 

「私も手伝います」


 古賀係長も中山先生と一緒に手伝いはじめた。

 大地は、その様子を見ながら思った。


(役所の人間が、ファンタジーの鉱石を採取してる)


(何だこれ……)


 現実なのに現実じゃない。


 その違和感が、逆に胸を熱くする。


 小島先生と中山先生が鉱石を慎重に集め始めた。


 黒木課長は、広場の奥を見た。


 そこには、暗い通路があった。


 そして――その先に。


 石造りの階段が見えた。


 下へ続いている。


 黒木課長が、階段を見つめたまま言った。


「……この下は」


 リムが、ぷるんと揺れた。


「1階」


 その言葉に、全員が息を呑んだ。


 階段の奥から、風が吹いてきた。


 冷たい風じゃない。


 土と草の匂いが混ざった、妙に生々しい風。


 地下から吹くはずのない匂いだった。


 坂本副課長が、乾いた声で言った。


「……地下なのに、草の匂いがする」


 大地は、気づけば階段に近づいていた。


 怖いはずなのに。


 足が勝手に動く。


 胸の奥が、熱い。


 子供の頃、ゲームで隠し階段を見つけたときの、あの感覚。


 未知に触れる高揚感。


 小島先生が、我慢できないように言った。


「せっかくなら行ってみましょう!」


 黒木課長が、苦い顔をした。


 だが、視線は階段から外れない。


 そして短く言った。


「……わかりました。でも危なくなったら

 すぐに引き返しますよ」


 全員が、黒木課長を見る。


「松本、先頭を頼む」


「リム、この先に進んでも大丈夫か?」


 大地は後ろについ来ていたリムに話かけると。

 リムは少しうれしいそうな感じにぷるりと震え


「大丈夫!危なくなったら僕も教えてあげるから。

 大地たちは今はまだお客さんだからね」


 ”お客さん”という言葉に違和感を感じつつも

 大地は、階段に足をかける。


 一段。


 二段。


 三段。


 下へ下へと降りていく。


 背後から、全員の足音が続いた。


 そして、階段を降り、少し進むと・・・・

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