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第十三章 どっちが。3

「えぐっ、ひっ、ひぐうっ。うわあああああああああああああああ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 まりあは泣いていた。

 着ていた衣服は脱衣所にでも置いてこさせられたのか。左腕で胸を掻き抱いて、極度に内股で。秘部を隠すように、手を引かれ歩かされていた。身に付けているのは左腕の時計だけ。

「あーあー。人の部屋にぴちゃぴちゃ水垂らして全く」

 恐らく、湯上がりそのまま体を押さえ付けられたのだろう。一緒にいたクソみたいな友人たちに。

 びしょびしょで、ぴちゃぴちゃと雫を体から髪から滴らせる龍玄まりあの頬は真っ赤だ。涙のせいもあるだろう。しかし、引っ叩かれ、殴られもしたのだろう。前髪が乱れているのは、そこを引っ張り、持ち上げられたからか。きっと、とても痛かったし、怖かったろう。

「えー。なにこれ。はじめて見た。すっご。子供ってほんと馬鹿だね~」

 そう言って握りしめていたまりあの腕を右手から左手に持ち替え、クロスボウを受け取る。その間、まりあはされるがままにされていた。つんのめるようにした。立ち上がっている気力もないのだろう。そのまま床にへばろうともした。しかし、京極は無理やりに引き摺り起こした。

 見れば、皮膚に爪が喰い込んでいる。

「これ、撃てばどうなる?」

 華英へ向ける。

「大怪我します。当たりどころ悪ければ死にますよ」

 言いながら、北条は屈む。先程足で探ったポケットに片手を差し入れごそごそと探る。つま先にそれが触れでもしたのか。取り出したのは結束バンドだった。

 手が自由になったからだろう。屈んだまま、園の手を縛り上げようとしたようだが、そもそも縛り上げる為の腕がない。暫し悩んだ末、北条は足の親指同士を結んだ。結束バンドは何本かあった。そのまま華英の後方へと回った。

 華英はそれを事象としては認識していても、頭では理解していない。

 華英の頭は回っていない。

 華英の頭には血が上っている。

「へー」

 京極は「ふっく」と、抑えられないとばかりに前のめりになって笑う。

 ひとしきり笑い終わると、京極は華英の目をはっきりと見た。

 華英はそれを見ていない。

 華英の瞳は相手を捉えていても、華英が囚われているのは相手が『手を出した』という事実だけだ。手を出した。手を出された。やられた。やられたら、やられたんなら――、


 ――ちゃんとやり返さないと。


 華英の両の親指がきゅっと絞まる。

「あんたさあ。自分の顔、鏡で見たことある?」

 京極は言う。

「目立つんだよ。お前ら。顔面にそんなでっかい傷付けた奴と片方腕ない奴が四六時中一緒になってつるんでてみ? めっちゃ目立つから」

 京極の口はよく動く。

「馬鹿だよねー。ちょっと考えれば思い至りそうなもんなのになー? お前らと、時は一度接触しているわけだろ? 時は直前まで生徒会の打診を受けててそのデータがあたしらに流れてるんだよ? おんなじデータがあたしらの手元にあるんだ。そして、時が何をやらされようとしていたのか。それだってあんたたちふたりは分かっているはず」

「問題を、事前に解決」

 園が苦しげに答えた。京極は「そう」と得意げに笑ってみせる。

「問題解決。この学校で問題っつったら、いろいろ思い浮かぶけどまずはこれ。バレたらやばいやつ。流れを断ち切りたいもんっていうと」

 そう言って、京極は北条からパイプを受け取った。北条が加えたパイプを口に咥え肺いっぱいに吸い、煙を吐き出す。

 室内に雲ができる。薄れ、霧になり消える。

「あんたらふたりがどんな奴なのかは把握してる。家がやくざ。そんなふたりが一緒につるんで生徒会。やらされようとしているのは学校の問題解決。つったら遅かれ早かれこれに至るかもしれない。そりゃ警戒はしておく。んな時に」

 京極が顎をしゃくって華英を差す。

「部活荒らしだ」

 園が唇を噛んだ。

「ああ、こりゃこっちじゃなくてそっち方面の探り入れてんのかって思ったね。ウリ。コレだったら大学構内に入ってくるか、そっちでコレやってる適当な奴に接触してくる。そうすれば自然あたしらに情報が来るようになってた」

 ──そっちの校長に気付かれるくらいのあからさまな奴だったからね。

 と、京極がパイプを示した。

「そうじゃないってことは……誰だか知らねーが漏らした奴がいるんだろ……って言っても、少人数だからたかが知れる。

 何時だか体育館で未知と話してただろ? じゃあ確定だ。

 未知だ。だったら薬のことも殆どバレてると思って覚悟でも準備でもしておいた方がいい。

 一応年長者の先輩から忠告してあげるけどさ? スカーちゃんから見えてるんなら、あたしからだって見えてるんだからね? なんかこっち見て喋ってんなって。そりゃあ気付くよ。あん時あたしくるくる回ってただろ? 気になって見てたんだよ」

 自慢げに。

 手の内を晒す。

 深く溜息を吐いた。

「そのうち、見慣れない奴が風呂に入ってくるようになった。知ってる? あたし、大学二年生。二年間この学校にいて、寮にいて、知らない奴がお風呂にいるの。ねえ、聞きたいんだけど、あんたたちって実はかなり頭悪いでしょ?」

 園が立ち上がろうと体を動かした。北条が特に力を入れず、園の体を足で小突く。京極が目をやり、何も言わずに逸らした。

「なっんかどっかで見たことあるなーってさ。なってね。学校で見たんじゃないのは分かるんだけどなー。こんな奴学校にいたっけー、えー? って、ずっと見てたんだ。こそこそしてるしさ。二三十分掛けて体洗って、隅の方で浸かって、なんだこいつって。したらこれ」

 京極がスマホを取り出した。

 操作し、流したのはいつかのどこかの記録。いや、つい最近の出来事だ。馬鹿みたいな金髪が華英に襲いかかって、そして連れ去られていく場面。撮影みたいなシーンが撮影されている。

 室内にいる全員に分かるように、ぐるりとスマホを回す。がやがやとしたオーディエンスの「こわ」という音をマイクは拾っていた。華英と園、それからまりあが何事か話している。それが何事かまでは動画では伺い知れない。

 噂は回る。

 動画も回る。

 この場で回っていないのは華英の頭だけだ。

「あ、こいつじゃん! って。ああ、ああ、なるほどって。まあまあ、髪色まで変えちゃってまあ~。大学生寮の風呂にまで潜入してー。何やろうとしてんだか知んないけど、だいたいは察せられるよね。この時点で。何するでもなく帰ってくからさ。あたしの部屋の鍵でも盗もうとしてんのかな~って。たぶんチャンスでも伺ってんだろうな~って。それから証拠抑え警察へ? リーク? ウリじゃなくてこっち、薬方面から攻める。へーって感心してた」

「感心……」

「そ。犯罪者の子供は犯罪者だっていう感心」

「どっちがっ!」

 園が激昂する。京極が煙を吹かした。

「これで繋がりは知れた。データを見れば未知とこいつは同じ出身地。未知とスカーちゃんが話していたのはその後だからなんとなくの流れも掴めた。で、だ」

 京極が後ろを振り向く。掴んでいた腕を放し、今度は髪を思い切り掴む。「ひ」とまりあが怯える。そのまま頬を撫で擦り、腕を胸へと持っていく。好き勝手に弄ってから京極はまりあに頬を寄せ、そのままほっぺたへとキスをする。強く吸う。

「……これは忠告じゃなくてガチの親切心だけれど。髪染めんならちゃんとしたとこでやってもらいな」

 涙を舌で舐め取りがしがしとその濡れた頭を掻いた。

「これで、もうしないでね。ちゃんちゃん、で、終わりじゃいくらなんでもあたしは腹の虫が収まらない。し、そんな虫の良い話もない。

 バックボーンを見る限り、こいつには何やっても良さそうだ。だからやったったった。今後もやろっかね。何なら今夜辺りにでもあたしとね? まあ、未知が嫌だっつーんならこいつが代わりだ。未知には適当に、その、スタンガン? でも使って口止めでもしておけばそれでいい。あいつ客受けよくないしね。マグロだからやってても面白くない。薬も嵌まんなかったし。

 こっちの話。

 あんたらはどうしようね? 隻腕会長にスカーちゃん。手ぇ出したら後が怖い。裸にひん剥いて写真と動画でも撮ってみんなで輪姦して良いように。あたしはしたい。きっとみんなもあんたたちとしたいはず。あんたら顔はいいからね。売れる売れる。傷はあっても売れる。たっかく売れる。むっしろそれがいい!って、喜ぶ輩だってきっといる。いっぱいいるよ。この学校。昔からレズ多いから。

 でもそれをして、後で、パパ~たちゅけて~あたちたちぃ犯されちゃったの~、なんて、やられたら今度はこっちが溜まったもんじゃない。だ・か・ら」

「死ね」

 捲し立てる京極に園が吐いた。

 応えず、京極は隣に目をやった。肩を組み、腕を回し、そのままにぎにぎと曝け出したままの乳房を揉む。北条が「んっ」と先ほど浮かべていた陶然とは違う、恍惚とした、悶え耐えるような表情を浮かべ、まぶたを震わせた。

 床に寝そべったままの園が呆れている。

「なに。あんたたちってそういう関係なの。かわいがってたってつまりはそういうこと?」

「何だと思ってたの? つか、今までの発言で分かるっしょ?

 あたし、レズでロリコン。あんたらはギリあたしのゾーンの範疇だね。将来の夢は小学校の先生なんだ。幼稚園でもいいけどさ。こいつ? こいつは淫乱売女のついでにドM。んでヤク中っていう。こういうのなんて言うの? 利害一致?」

 おかしくておかしくて堪らないとばかりに京極は嗤いを漏らし、付き合っていられないとばかりに園は瞳を閉じる。

「露悪趣味の馬鹿。あんたみたいな奴で身を滅ぼしていく奴、あたしはごまんと見てきた」

「ご忠告どうも。大丈夫。あたし社会との付き合い方はこれでも上手いつもりだから。あんたらの家と違って」

 沈黙。

「おい」

 京極が華英に向く。

「さっきから黙ってないで。てめーもなんとか言って」

「手、出したな」

「あ?」

 華英は下を向いて、小声で呟いた。園もよく聞こえなかったのか床から顎を上げた。

 京極が聞き返すと、華英はゆっくりと顔を上げた。睨みつける華英の視線、その歪んだ傷に怯む京極をよそに、華英は大口開けて叫ぶ。


「先に手ぇ出したな!!」


 その啖呵。その場にいる華英以外の、全員が一様に顔を見合わせる。敵も味方も誰もかも。華英の剣幕と、伴っていた内容に対しての疑問符。

 京極が、

「どっちかっつうとあんたたちの方が」

 と、返し、言葉を待つこともなく華英が床を蹴った。

 そしてつんのめる。今更ながら両手が縛られていることを知った華英は、知ったことかと再び向かっていく。


 華英の頭は回っていない。

 華英の頭には血が上っている。

 極端に焦点を絞られた華英の両の瞳は、目の前にあった左手に向いている。

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