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第十章 菅原未知周辺3

 二年の十月時点で寮費の滞納。計十五万円。都度催促の連絡をするも連絡は付かず。学費給食費その他教材資材費用は今のところ問題は見られない。

 父親の菅原武史は国内でも有名なジャズギタリストの一人。バークリー音楽大学を卒業後、海外でサポートミュージシャンとして活躍。結婚後は拠点を国内に移し活動している。はじめから娘の寮入居には反対しており、そもそもこの学校に入ることも反対されていた。

 入学、入居、共に未知と母親のコウで勝手に決めたこと。コウは所謂箱入り娘で、娘の我が儘はなるべくなら叶えてあげたい、あまり縛りたくないという考えがあるよう。

 仕事は地元の砕石工場の事務勤務。収入は求人広告の掲載から推測するに二十前半、或いはそれを下回ると思われる。既にかなりの高齢だが、コウの親はここの社長である。

 つまり、不安定な音楽家の収入頼りにして、なんとかこの学校に留まっている。

 出席番号十二番。六月八日生まれ。三年二組。

 菅原未知。

 霧フォルダ下、資料三下、在校生三年ファイルより抜粋。




 龍玄まりあは一箇所に留まるというのがとにかく出来ないたちで、喋りは変わっているがコミュニケーション能力はなまじある。そのせいか、端的に表せば八方美人に映った。

 とかく学校空間、それも女子の世界で八方美人が嫌われるのは世の常で、まりあは、最初はいいのだが後々になってよくハブにされる。

 小学校四年生時、はじめてそれを経験したまりあは相当ショックだった。みんなみんな優しい子たちばかりだったから。友達だってたくさんいた(少なくとも本人にとっては)。それなのに、その子たちが突然人が豹変したように意地悪してくるようになった。あっちにいってもこっちにいっても仲間外れにされる。その行動が、状況の悪化に拍車を掛けているが本人は気付いていない。

 泣いた。

 みっともなく泣いた。

 教室の中心で孤独を叫んだ。

 まりあは昔から泣き虫である。

 そうして、自分たちは相手が泣くほどの酷い事をしたのだと、周囲もそれ以上その行為を続けるのが心情的に辛くなった。

 状況は一応、改善した。

 が、腫れ物に触れるような扱いを受けた。あっちにいきこっちにいき自分の思うまま思うことをする。その行動は、鳴りを潜め、萎縮し、どちらかというと集団の中心にいることが多かったまりあは、以降すみっこで縮こまり、愛想笑いすることを主にした。

 当然、周囲に伝わる。

 気まずくなる。そのうちにハブ。同じところをぐるぐる。


 空手を習ったのはその少し後だ。

おじいちゃんが見るに見かねてクラブ活動でもしたらどうだと提案してきた。

 おじいちゃんとは一緒に住んでいた。

 知り合いらしいその人の元をおじいちゃんと共に訪れ、まりあは空手を習った。あまり面白くなかった。性格的に何かに真剣に打ち込むということにとことん向いていなかったからだ。

 そこで知り合ったのが、菅原未知。

 未知はいっこ上ということで、とてもよくしてくれた。とにかく性格的に合った。未知は興味の赴くままに動いているらしい。その証拠に、まりあが入って数ヶ月で空手クラブには来なくなっていた。まりあもやめた。

 学校は違った。ただ、学区はお互いにすれすれで、住んでいるところは割合近かったのもあり、まりあは未知とよく遊んた。

 木のぼり、漫画、カメラ(よく撮ってもらった)、空手の稽古紛い、縄跳び、バスケ。

 色々やった。




 菅原未知は子供の頃からよく勘違いされた。よくあるのが、

『いろんなことできてすごいねえ』『やっぱり天才肌だねえ』『アンテナが高いんだろうねえ』『今の時代はこういう子が成功するんだろうねえ』

 だ。

 違う。

 極端に視野狭窄なだけ。

 注意がいくとそれしか見えなくなるのだ。そしてそれを無性にやりたくなる。手に取りたくなる。やり過ごそうにも、注意がいって気が散る。だから親にねだる。母親は嬉しそうな顔するし、父親は嫌そうな顔をする。ねだる際、きっと未知は困った顔をしているだろう。

 最も、父親も満更ではなさそうなのだが。

 普段の態度でよく同級生からは、澄ましている、イケメンにはやっぱりイケメン特有のアンニュイな雰囲気が漂う、などと評されがちだが、内実は心ここにあらず、だ。

 ほとんど聞こえてない。

 違うことを考えているから結果的にそうなっているだけ。

 だから当時よく遊んでいたまりあとはとてもよく気が合った。気が合ったし、一緒に遊んでくれて嬉しかった。まりあが同じ学校でなくて残念だった。

 そうして、入る予定の中学校に意識を持ってかれて、別れも告げないまま寮に移ってそのままなのは今でも心にわずか引っ掛かっていた。

 二年生十二月はじめ。

 未知の意識は持ってかれていた。そんな未知に先生は言う。

「未知さん。寮費まだなんだけど」

 と。

 寮費は月三万円。ここまでの五ヶ月で十五万円の滞納だ。部屋にある、父から買って貰ったカメラ等を売り払えばそれなりにはなるだろう。だが、それなりにしかならない。そして、十八歳未満だからひとりで勝手には売れないし、そうなれば親の同伴が必要だ。母に連れ添って貰っても母から父に伝わるだろう。

 父は察するだろう。嫌な顔をするだろう。

 誰にも迷惑掛けたくないという想いと、ここまで散々迷惑掛けてきたではないかという想いと、何を今更という想いが交錯した。


 狭窄していく。


 拍車を掛けたのはやはり隣の騒音で、馬鹿騒ぎが耳に付いてあまり眠れなくなって、過度なストレス状態と化していた。

 電話すればいいというのは分かる。

 父は多忙な人だ。単に忘れているだけかもしれない。

 電話すればいいというのは分かるのだ。


「なにこれ」

「えっと、それ、は」

 隣によく出入りするようになって、部屋を片しているときにそれを見つけた。

 クローゼットの奥にある大量の現金を。

 どうやら、自分の口座はあるにはあるのだが、そこに振り込むと万が一親に見られた時にどう言い訳すれば分からないというし、目に付くところにも置きたくないという理由で、奥に押しやっていたそうだ。


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