第十章 菅原未知周辺2
北条時子は両親ともに貿易会社に勤めていて、幼い頃からあちこち親に連れ回されていた。
いろいろな国のいろいろな文化に触れ体験することは楽しかったような気もするけれど、そのせいかあまり周囲と話が合わず、というか時間も生活習慣も合わず、ものごころ付いてから今までろくに友達も出来ず、塞ぎがちで、本人の経験の割に、内にひとり打ち込む方が好きになっていったのだという。
ひとり壁に向かってやる玉蹴りが特に好きで、漫画の真似して四六時中壁に向かって自分に玉蹴りしているうちにボール裁きがどんどん上手くなっていって、けれど、どこかに所属するのは嫌だからとひとりでやっていた。
女子サッカー部なんてない学校なら時子のそんな行動は相手にもされず、ただの変人として見られたのだろうけれど、女子サッカー部のある学校で放課後休み時間、校舎裏、寮の庭でそんなことやっていたらたいへんに目立つ。
こんなナリだからみんな引いていくか話し掛けようともしない。
それが当たり前で今まで普通だと思っていたけれど、女子サッカー部面々からしてみれば、自分たちへのあてつけか、もしくは誘われ待ちにしか映らなかったようで、あの先輩――京極由良――に、誘われ、びっくりしつつも内心喜び頷いていたという。
苦戦した。
壁と違って人間のパスは勢いが強いし、かと思えば弱いし、全然見当違いの方向にいったりするし、ならばと全部自分でボールを持っていこうとすると今度は反感を買う。ミッドフィールダーがフォワード紛いのことして衝突することもしばしば。気付けばあんまり行かなくなって、漫画は漫画だなと思い直した。
それでも一年くらいは行った。根っから集団に向いてないんだなと暇に明かして勉強に打ち込んだ。その内生徒会の打診を受けた。成績が急に伸びたせいだろうかと訝った。
いろいろ押し付けられ、億劫で返事せずにいた。
内容は不審には思わなかった。
過ごしていく過程で、この学校の特殊性は理解していた。
そういうものも必要だろう。
ボールを触ることが嫌いになったわけじゃなかった。どちらかというと、一人遊びの方により強い興味が湧いて、たまたまテレビで見たアクロバットな動きをしながらリフティングする競技、フリースタイルフットボールに興味がいった。
また校舎裏や寮の庭で一人遊ぶ時子を、サッカー部面々は不満そうに見てきて、時子は面倒になってこそこそ隠れた。
京極は申し訳無さの表れか、そんな時子によく接触するようになった。また来なよ――と、誘うよりは、一緒にくっちゃべって玉蹴りやってお互いリフティングして数字を競う、そのくらいで、女子サッカー部に行かない日はこっちにやって来る。
これはなかなか心地良かった。
京極は嫌いじゃなかった。なにせ、自分を誘ってくれたから。
そんなことは今までなかった。
優しいし。よくしてくれる。
そのうち、仲間二人連れてくるようになった。
桜王子羽美と白樺りえという大学生で、このふたりは感じが悪かった。
ふたりは大学で一緒につるんでいるメンバーのようで、玉蹴り遊びには興味がないようだった。要は、暇だから付いてきた、ないしは、この後遊びに行く、その前にここに寄っている、仕方なしさっさと行こうぜ、的なノリで、たまに絡んでも来るのだが、距離感がいちいち馴れ馴れしい。誘ってもくる。断ってもまた来る。
結局、一回だけだからと白樺の車で街に出た。
適当に入ったカラオケ屋で朝五時まで付き合わされた。帰りたくても帰る手段がない。次の日は平日で、学校だった。
続いた。
部屋に居てもやってくる。隠れていても一体どこで聞き付けたのか見つけられる。ぴんぽんぴんぽんチャイムを鳴らしてあの三人がやってくる。三人は新しく見つけたおもちゃを大層気に入ったみたいで、飾りっ気も化粧っ気もない時子をおもちゃにして遊んだ。
カラオケ行ったらてっぺん回った辺りでお酒を飲まされた。
頭がぐわんぐわんしてひとりじゃ歩けなくなって、部屋には絶対に上げないと決心していたのに、介抱と称し上がられての二次会。制服のない大学生たちが、自分の制服を勝手に着用して盛り上がっている光景はけっこうな悪夢だった。
起きると、妙に甘い香りが部屋の中を満たしていた。電子タバコか、と、桜王子を思い出し窓を開け放った。
皺の寄った制服で学校に向かった。
生徒会をやろうと決めた。
面倒そうだと分かってはいたが、逃げる為の口実が欲しかった。大変ならなおさらいい。その方が都合が良かった。
「生徒会があるので」
きちんと断った。
一応、京極たちに詳細は話してはいた。世間話の延長。そのときはやるつもりがないことも、京極には伝えていた。
それを翻した形になる。胸はちくりと痛んだが、言った後は気分が楽になった。
校長にも返事し、部屋を案内され、さあやるぞと資料と向き合っているそのとき、時子のスマホが鳴った。
霧ヶ浦の白い制服姿の時子と、真新しい白い下着姿の時子と、薄暗い照明の中横たわる白い素肌を晒した裸姿の時子の三枚の写真が、白樺、桜王子、京極のそれぞれ三人から送られてきた。
――転落。
はじめての相手は思いの外優しくしてくれた。




