第五章 怪しい人たち2
盗撮――と、聞いてまず気をつけねばならないことは勘違いや思い違いだ。誰も彼もがスマホを持っている今、特にここ女子学生の空間に置いては慎重にならなければならない。
SNS、自撮り、ただ写真を撮っていて、たまたま北条時子が写ってしまった可能性、写ってしまったと勘違いした可能性……それをやんわりと華英が告げると、北条は静かに首を振り自らのスマホを取り出した。何世代も前のアイフォンだった。
「違うの」
理由を問い質し見せられた写真。園の右手にあるスマホを華英は覗き込む。二人並んで生徒会室のソファに座りじっと観察する。
問題の一枚。かなり接近したと思われる。
解像度が低い。華英も見慣れた建物、寮の写真だった。最も、華英や園は一年棟だが。
Tシャツ一枚で下は見えない。307号室。そこは北条の部屋ということで、ドアに鍵を差している場面だ。これから外へいくのか、戻ってきたのかは記憶が曖昧だという。写真は左寄りでさらに鍵差すのに屈んでいる為か、左肩から左手に掛けて写っていない。
「これは先輩も言ってたけどやっぱり怖いね。盗撮が本当だったとしたらだけど」
華英は呟いた。
「でもここまで近づけるなら犯人なんて決まったようなもんじゃない? これだったら309か8号室の人が犯人でしょ?」
「どうしてそう思うの?」
分からず、華英は訊く。
「北条先輩が写っているのが体の左半身だから。307号室からのこの角度なら308か309しか撮れないでしょ?」
「あ。そっか」
寮は今さっき見てきたばかり。華英が制服汚したついでに一度寮まで戻ったのだ。担任の許可は取った。運動着は部屋に置いたままだった。
「学生寮は一年二年三年問わず廊下は一直線。対角線上だとか別角度を心配する必要も特にない。基本つくりは同じ。外から見た限りね。階段やエレベーターも一号室側にある」
お陰で709号室の華英は若干面倒な想いをしているのだがそれは黙っておく。
「気付いてたの?」
「何が?」
「このこと」
「ある程度は」
「じゃあ何で先輩が来た時言ってあげなかったの?」
「予断は禁物。ことがことで先輩も思い詰めている様子だったから。変に決めつけて暴走されるのも困る。なんか変な人だったし」
慎重な性格のようだ。華英なら予断でもとりあえずはつっついてみるが。
変な人。そう、確かに変な人だったのだ。見せられた写真からは盗撮以外にも他に可能性が多くあるように思えた。だから聞いた。
――この写真はどうして?
という園からの質問に北条時子は言葉を濁した。
――それは、言えない。
そう……。写真の出どころがそもそも分からない。
だから怪しい。
「何で言えないんだろう。調べてってお願いしてきてる癖して」
「後ろめたいからじゃない?」
華英の言葉に園は顎に手を当てしばらく黙考していたが首を振った。
「これからどうする?」
「え。突撃するしかなくない? 他に選択肢ある?」
「左腕が勝手に暴走するって漫画かアニメみたい」
なんと応えていいか分からなかった。
迷わず生徒会室を出て行こうとする園だって大して変わらないと思いながら、華英も放り出した鞄を手に持った。園がくるりと鍵を回す。生徒会室の鍵。一旦職員室に寄らなければならない。
ぎいと鳴る扉に手を掛けたまま園は華英に向く。
「二手に別れてみない? 左腕は二年生棟に行ってみて。あたしは先生方から北条先輩のこと探って、それから交友関係当たってみるから」
「いいけど探ってるところ北条先輩に悟られないようにね」
頷き、左腕は一旦離れる。
寮、と言っても例によって縦に長くてマンションのような構造をしている。十階建てで一階がホール、サービススペース、二階に大浴場、遊戯室等。三階から十階までが居室。
一年生の棟、二年生の棟、三年生の棟、他に職員寮が。高校生寮大学生寮も勿論ある。戦後の建物――、と聞くと構えてしまうが、これまで建てて壊して一部増築して、を繰り返している。またぞろ地元住民から文句が来そうであるが、地元の業者は儲かる仕組みだ。
エントランスホールにはちらほらと人がいた。既に着替え外へと繰り出そうとしている者。待ち合わせだろうか、壁に背を預け、入ってきた華英に目をくれる者、ソファで向かい合って駄弁る者。
一年生は咎められるかと覚悟していたが、そんなことはなかった。
素直にエレベーターで三階へ。
音もなく扉が開いた先には一直線の廊下があった。歩き、番号を確認していくとそこが件の307号室だ。ぴん、ぽん、とチャイムを押してみる。暫し待つが不在のようだ。彼女は普段放課後何して過ごしているのか。
目をやる。山はすぐ近くにある。マンションが学園の敷地ぎりぎりに建っている為だ。あの木からなら……、と、杉の木に登る誰かさんを想像し考えを振り払った。
308、309号室。そちらに立ち、307号室の方を見る。貰った写真と照らし合わせてみる。園の言う通り、確かにこちらからしかこの写真は撮ることができない。
自分のスマホで同じことをやってみる。位置を調整する。307と308の間。写真は307寄りだ。
「んー。ここか?」
そこに北条が立っていることを想像する。これを気づかれずに撮るのは至難の技だ。
スマホのカメラはシャッター音が鳴る。鳴らないようにするアプリやそもそも機能として音が鳴らないようにすることも出来るだろう。しかし、人間がここにいれば衣擦れや足音、何かしらの気配がするはずだ。写真のこの明るさで果たしてカメラを構える某かに気が付かないなんてことがあるだろうか?
「そうだ。時間」
写真を改めて確認してみる。Tシャツ、スカート、の、ウエスト部分。履物は写っていない。写っているのは殆ど上半身のみ。空の色合いを見るに学校終わりの午後だろうか。夏休みという可能性だってある。田舎に帰らない人、それか、帰ってきたばかりということも。
そんなこと、本人に聞けばいいではないか。
「だめだ」
頭を使う作業はあまり得意ではない。勉学は並だ。頭を働かすより、体を動かす方が性に合っている。こういうのは、園にやらせた方がいい。なにせ自分は左腕、あっちが頭。
そもそもカメラを仕掛けられそうな場所が存在しない。手すりに物置いて後で回収するにしたって、角度的に写真と合わなくなるし、仮に出来ても危ない橋が過ぎる。
そういえば、通路上の柵がやたらに低い位置にある。これは基準を満たしていないのではないか。華英でも分かる。胸くらいの高さしかない。増築の名残。適当なものだ。今はいい。
知り合いが妥当か? 撮られたことに気付かず、或いは忘れていて、回り回って北条の手元まで来た。
だが、そうなると写真の出どころを隠す意味が分からない。本人が犯人をある程度特定していて、けれどそれを信じられずに守っているという線。ならば、何故依頼する。見ず知らずの今年入ったばかりの一年に。
嘆息し、面倒臭くなって308号室のチャイムを押した。ネームプレートはさっきから目に入っていた。考えがあった。華英特有の行き当たりばったりな考えが。
「誰?」
「あなたがこれを撮った犯人ですね?」
写真を突き付けた。
出てきたのは写真部部長、菅原未知。




