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歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
彼女の罪と罰、その末路とは
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慧 side 1



 ・・・・



 とある精神科医の男・武藤 (あきら)と、専業主婦の女・武藤 彩子(あやこ)。後に私の父母にもなる二人だが、彼らが結婚してから五年ほどは、まだ夫婦として仲良くしていたらしい。らしいというのは、夫婦として過ごす彼らの最も近くで見ていた人から聞いたから。その人物こそ、彼らの愛娘であり、後に私の姉となる女性の美香ちゃんだ。美香ちゃんは彼らの結婚後、すぐにできた子どもだったからか、とても可愛がられて育った。


 後に、父が精神科のクリニックを開業したことで日々が忙しくなり、それがきっかけで夫婦の間には亀裂が生じ、寂しさに耐えきれなくなった母が浮気をして、二人は離婚した。美香ちゃんは母方の早瀬の姓になり、しばらくは母一人子一人の生活を送ったそうだが、結局母一人では子どもを育てられず、父のもとに戻った。彼らは籍を入れ直さないまま、家族としてやり直し始めた。


 それがどうして、私を作ったのか。そして産んだのかはわからない。忙しく過ごす夫婦も、男女が一つ屋根の下で暮らすなら、ついうっかりもあるだろう。真意はわからないが、私は望まれずに生まれた子どもだった。美香ちゃんが生まれてから、十二年も後のことだ。


 年老いた母は私に関心がなかった。ネグレクトというやつだ。堕胎ができなかったのは、「医者の元嫁だから」だろう。親権は父になり、私の姓は武藤になった。ただ一緒に住んでいるだけのおばさん。私にとって産みの母は、そういう印象だった。


 その分、美香ちゃんが私に愛情を注いでくれた。幼い私の面倒をせっせと見てくれた。遊びたい盛りの時だっただろうに、貴重な青春をすべて私に費やしてくれていた。


 私にとって、美香ちゃんは姉であると同時に母だった。年齢が十二も離れていたことが、大きいかもしれない。ともかく、抱く愛情は普通の姉妹のものではなかった。


 お姉ちゃんではなく、美香ちゃんと呼んでいたのは、本人が望んだからだ。自分はすぐにおばさんになっちゃうから、いつまでも可愛い呼び名であって欲しいと、美香ちゃんは常日頃から言っていた。本心ではきっと、姓の違う私が世間から見て困らないようにするためだったのではないかと思う。その辺りの真意も、今となってはわからない。


 ところで、父は自他ともに認めるワーカホリックだった。家にはほとんど姿を現さず、しかし金銭だけは必要以上に入れていた。それが父なりの家族への愛情だったことを知るのは、うんと後のことだったが、幼い私にとって家族とは、美香ちゃんだけを指した。家族旅行なんてした記憶はない。それでも、特に不満はなかった。不満がないほど、美香ちゃんが私を愛してくれていた。


 それでも中学生の頃、一時的にだが学校に通えなくなった。理由はわからない。気づいたら、カッターナイフで手首に傷をつけていた。学校まで行けたとしても、クラスには入れない。そんな時は保健室を利用していた。このことを美香ちゃんに悟られたくなかった私は、体育で汗を掻くことを言い訳に手首にリストバンドをつけていた。きっと、バレていたと思う。けれど、美香ちゃんは何も聞かなかった。


 孝治君と出会ったのはこの頃だ。私が二年生で彼が一年生。保健室登校をしていた彼は自分の性別や性癖について悩んでいた。特に偏見がなかった私は、彼のことをすんなりと受け入れた。私と彼は、姉弟のような友達になった。


 中学三年生になった頃、同じ学区内で引っ越しをした。病院でケースワーカーとして働く美香ちゃんが、私を連れて家を出たからだ。私と美香ちゃんの、二人だけの生活が始まった。私はとても幸せで、自傷行為は自然となくなった。


 私は高校へと進学した。蝉の鳴き声が騒がしい夏の頃、美香ちゃんは私に、付き合っている人がいることを伝えた。名前は神谷誠さん。結婚も考えている大切な人だと、はにかんで教えてくれた。私は頭に落雷が落ちたような衝撃を受けた。


 美香ちゃんは続けて、仕事用のPHSとは別の、プライベート用の二つ折りの携帯電話で、恋人の画像を見せてくれた。私は二度目の衝撃を受けた。携帯電話の画面に写るその人は、今まで目にしたどんな男性よりも素敵だったからだ。どこがどう、と言葉では上手く言い表せない。けれど、優しくて綺麗な美香ちゃんが惚れた相手だ。素敵でないはずがなかった。


 姉の恋人に一目惚れをして、すぐに失恋した。私は初めて、憎い感情を美香ちゃんに抱いた。そして、私の大切な姉を奪ったその男に、同じくらいの憎しみを抱いた。私の手首に、新しい傷が増えた。


 それから半年ほど、私は美香ちゃんを困らせた。反抗期を免罪符にして、荒れに荒れた。そして美香ちゃんが困るたびに、私に関心を向けてくれていることを知って、安心を覚えていた。もちろん、このままでは駄目なことも知っていた。私は電話でよく孝治君に話を聞いてもらっていた。孝治君は孝治君で、ゲイであることが母親にバレて、家を追い出されていた。私たちは互いを慰め合った。


 次第に、私は事実を受け入れられるようになり、美香ちゃんに対して「ごめんね」と一言謝った。普段は泣かない美香ちゃんが、この時は泣いて喜んでいた。私は大切な人を傷つけていたのだと、ようやく思い知った。


 そうして美香ちゃんのことは許せても、その恋人のことはなかなか許すことができなかった。というより、受け入れられなかった。当然、会う気にもなれなかった。美香ちゃんが食事に誘っても、それは毎回断った。頑なに、会おうとしなかった。今思えば、気恥ずかしかっただけだと思う。


 そんな美香ちゃんは、実は私を連れて家を出た後から、父のクリニックで週に二回ほど手伝いをしていた。反抗期の後に知ったことだ。本業は病院の方だったが、いずれは地域に密着した仕事がしたいということで、勉強も兼ねて通っていた。父は仕事には厳しい人間で、美香ちゃんはよく叱られていたという。お互いに情が入らないよう、二人は親子であることをクリニックに携わる人間には秘密にしていた。代診の医者が、よく父を宥めていたと聞いた。


 私の反抗期が終わった頃、美香ちゃんは正式に父のクリニック「武藤こころのクリニック」でケースワーカーとして働き始めた。病院で働いていた頃よりも、美香ちゃんはうんと忙しくなった。私はそれまでのお詫びのつもりで、家事をすべてやるようになった。家の中で美香ちゃんと会う時間は減ったものの、その分幸せは増していった。


 美香ちゃんの帰る時間が遅い時は、おにぎりや玉子焼きなどの差し入れを持っていった。父にも食べてもらうようにと、特におにぎりは多めに握った。


 そしてこの頃から、クリニック周りをうろつく怪しい男を見かけるようになった。頭にはフードを被り、髪や髭がボサボサで、顔も歳もまったくわからないやつだった。


 一度だけ、その男がクリニックから出てきた美香ちゃんに、言い寄っている姿を目撃した。直感で、これはやばいやつだとわかった。私は家に帰るとすぐにスウェットやジャージに着替えていたから、この時もジャージ姿だった。だから思い切り足を上げて、男を蹴飛ばした。これが制服のスカートだったらやっていなかったと思う。持っていた鞄もぶつけてやった。


 後で美香ちゃんには怒られたものの、助けてくれてありがとうと礼を言われた。警察に相談しようと私が言うと、その男は前の病院で担当だった患者だから、話せばわかると言って流された。


 これがよくなかった。この時、私が無理にでも警察に行っていれば、父にも話していれば……この先の未来は、変わったのかもしれなかったのに。


 私が二年生になった頃、美香ちゃんが一緒に旅行をしようと持ちかけた。二人で旅行などしたことがなかったから、私はとても楽しみだった。二人でどこへ行こうか、何をしようかと、あれこれ考えた。


 日程はゴールデンウィーク。五月一日までが仕事だから、その翌日から出かけることになった。連日で休むことになるからと、土曜日は午前の診療で終わるというのに、美香ちゃんはクリニックに一人残って、遅くまで仕事をしていた。あまりにも帰りが遅かったから、心配した私は迎えに行った。


 すると、ちょうどクリニックの鍵を閉めている美香ちゃんの姿を目にした。私は駆け寄って、美香ちゃんを呼んだ。美香ちゃんもこちらに気づいて、私を呼んだ。


 そして私たち姉妹は、鬼によって攫われた。


 感じたことのない激しい痛みによって、私の意識は次第に遠のいていった。鬼は私たちに言った。


「裏切りやがって」と。


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