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歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
美香
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真 side 3



 ・・・・



「うっ……ぐ、ぐぉああぁぁ!?」


 突如、男の苦しみ悶えるような声が、ロビーの方から飛んできた。異変を感じ取った私と鈴木は、慌てて診察室からロビーへと移る。そこには誰の姿もなく、私たちはすぐにトイレへと駆け寄った。


「平君っ。平君、どうした!?」


 それはトイレに閉じ込めた平のものだった。彼は呻き声とともに、必死に扉を叩いている。その大きな音に驚き、私はソファを持ち上げるのを躊躇した。しかし鈴木から、「早くっ」と急かされて、彼とともにソファを持ち上げた。


 そしてソファをどかして扉を開けると同時に、中から巨躯の男が床へと倒れ込んだ。


「た、平君っ?」


 倒れた平は白目を剥き、胸元を掻き毟るような状態で、口からは泡とともに大量の唾液を流していた。


「どけ!」


 どこにそんな力があるのか、鈴木は私を突き飛ばすように押し退けると、平のもとへ駆けつけた。続けて、彼は平の胸に耳を当てると、肩を叩きながらしきりに名前を呼んだ。


 私はその様子を、ただ見ているしかなかった。


「す……鈴木……?」


 鈴木は私の呼びかけに答えず、平の胸に片手を置くと、もう一方の手を重ねて、肘をまっすぐにしてから体を強く押し始めた。グッ、グッ、とテンポよく自身の体重をかけて、鈴木は平に呼びかける。その姿はまるで別人だった。


(つばさ)君! しっかりしろ! 翼!」


 しかし鈴木はなぜか、平のことを"平"ではなく、別の人間の名前で呼んでいた。平の本名か? だとすれば、鈴木はいつ、彼から本名を聞いたのか?


 けれど、そんなことがどうでもよくなるくらい、目の前の光景の異様さに、私は慄いていた。


 それからどれだけの時間が経っただろう。鈴木の額は滝のような汗で塗れていた。呼吸も荒く、呼びかけの声も次第に覇気がなくなっていった。


 もう一度、鈴木の名前を呼ぶと、彼は平から手を離し、尻餅をついて首を横に振った。


 武藤に続き、平も死んでしまった。


 私はその場でゲエゲエと吐いた。食べた分の僅かな乾パンが、酸っぱさを帯びた悪臭とともにドロドロの液体となって流れ出る。涙と鼻水も溢れて、酷い有り様だ。


 すべてを吐き切ったところで、私は口元を拭いながら「まさか……これも、父が?」と呟くように言った。


 肩で息をする鈴木が、


「父? 真さんの?」


 と、私に振り返りながら尋ねた。


 私は頷いた。


「私の父は……佐藤、正義だ」


 そしてこのクリニックの持ち主であり、美香たちを監禁した犯人だ。もう、そうとしか考えられなかった。この建物が父の所有物であること、美香と父の写った写真が残されていること、監禁された彼らの共通点が父のクリニックに関わる人間だろうことが、何よりの証拠だ。


 その父は、おそらく美香に並々ならぬ執着心を抱いている。鈴木の言うように、三階にある首を吊った人形は美香の代わりだ。だから……だから……だか、ら?


 だから、何だ? ここには本来、私以外の六人が監禁されていた。私はタイムスリップをして突如、ここに現れたんだ。だからこれは、犯人にとって不測の事態のはずだ。


 また、父が犯人なのだとしたら、どこかでこちらの様子を見ているだろう。監視カメラが作動しているなら、なおのこと。私の姿が映らないはすがない。


 では、犯人である父がいまだに姿を現さないのは、なぜだ? 息子である私の存在を気にしていないのか? そうまでして果たしたい目的なのか? それとも、私がいることでここに現れることができないのか?


 ならば武藤たちは? そもそも、姿を現さないでどうやって武藤を攫い、建物外に出し、突き落としたんだ?


 平は? 頭部から血が出ているのは私が殴ったせいだとしても、狭いトイレの中でどうやって彼を殺したというんだ。順当に考えるなら、ソファをどかしてトイレの扉を開け、平に毒物などを飲ませて、トイレから出る。最後にわざわざ、ソファをトイレの前へ戻して。


 それを実行するとしたら、私たちが三階にいる間にこっそりと一階へ忍び込む必要がある。どうやって? 外はまだ、雨が降っているんだ。それはトイレの扉を開けた時にわかった。私が開けた小窓が開いたままだったからだ。だとすると、この一階は……あるいはトイレの前は、雨で床が濡れていてもおかしくない。それがどうだ。床には一滴の雨も落ちていない。たとえ、共犯者が私たちの中にいるのだとしても、平を閉じ込めてから単独で動いた人間は一人もいない。


 犯人は私の父……。信じたくはないが、それしか考えられない。考えられない、はずなのに……何だ? この違和感は。美香を拉致した理由か? 彼らを監禁した目的か? 武藤と平の殺し方か? いまだ姿を現さないことがか?


 わからない。だが、この事件にはまだ何か……何か裏があるような気がしてならない。いったい何だ、それは。私は何を見落としている? 何を……何かを……見て、いない?


 ふと、私はズボンのポケットに手を差し込んだ。見えない何かに体を操られるように。その時、カサッ、と乾いた音が鳴り、私は中に入っていたあるものを取り出した。


 ドクン、ドクン、と。私の鼓動はゆっくりと、大きく鳴った。そんな馬鹿な。なぜ、これがここに? 私はあの時、すべてを出したはずなのに……。


『ノ』


 掴んでいるのは、一枚の新聞紙の切り抜き。私が組み立てた予想を打ち消す一文字だった。


 私はローテーブルの上に、まだ並び置かれている新聞紙の切り抜きを見つめた。


『汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば……』


「ち……違、う……」


 私は頭を振りながら、否定の言葉を口にする。


 違う。違う。このメッセージは、"六つの罪"ではなく、"罪を六つ"のはずだ。一人一つ。そして私は頭数には含まれない、犯人にとっての部外者だ。私は関係ない。関係がないんだ。


 私は恐ろしくなって、切り抜きから顔を逸らし、持っていた一枚をポケットに戻した。ともかく、美香のもとに行かなければ。父が狙っているのは美香のはず。では、彼女の罪は? やめろ。罪のことは考えるな。今は美香を、美香を守ることだけに集中して……


「きゃあああっ」


 突如、上階から女性の悲鳴が落ちてきた。その声は、私が守ると誓った最愛の人のものだった。


「美香っ」


 私は立ち上がるが、それよりも先に鈴木が立ち上がり、階段へと駆け出した。


「先に行きますっ」


「待て、鈴木君っ」


 私は彼を追いかけた。今の悲鳴が犯人……父によるものなら、一人で突っ走るのは危険だ。武藤や平を、魔法のような手で殺していったんだ。次は何を仕掛けてくるか、わかったものじゃない。


 そう言いたいのに、声が出ない。息も苦しい。脚が痛い。自分の前を軽快に走る鈴木が、疲れを知らない化け物に見えた。


 そう、化け物に……。


「ぐあ!?」


「鈴木っ?」


 鈴木の口から、呻き声があがった。何だ、と目線を上げながら、懐中電灯で鈴木がいるだろう位置を照らした。


 そこには、鬼がいた。



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