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歪の檻に囚われた、彼女の末路  作者: 天代智
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真 side 3



 それからまた数分が経ち、薬を飲んだことによる効果か、ショウコはだいぶ落ち着いたようだ。ややぼうっとした状態ではあるものの、これまでのように泣き叫ぶことはなく、静かにソファに座っている。


 潤美の方も、涙は止まったらしい。目元を拭った白い袖口には、マスカラとアイシャドウがべったりとついていて、花弁の形みたいにところどころが黒く染まっていた。


 私たちは、最初に集まった時と同じように、ローテーブルを中心に、互いの膝を突き合わせて座った。席も、特に決まっていたわけではないものの、武藤が座っていた位置に鈴木が来て、平が一人でソファを使う以外、変わらなかった。


 スイッチを入れた懐中電灯をテーブル上に立てながら、さて、そろそろ切り出すべきか、と私が思っていると、同じことを考えていたらしい鈴木が口火を切った。


「では、潤美さん、ショウコさん、平君。私たちが三階にいる間、あなた方三人は、ここでどのように過ごされていましたか?」


 一階に残っていた三人のアリバイ。私も気になっていたそれを、鈴木がいち早く聞いてくれた。


 それを疑われていると感じたのか、潤美が下唇を上げてムッとした顔を見せる。


「どのようにって言われても、ここで大人しく待っていたわよ。最初はその子も入れて四人でね」


 と、美香を指さしながら、


「しばらくして、その子が懐中電灯を持って階段を上がって行っちゃったのよ。私たち三人は変わらずここにいたわ。でも、このデブはずっと『お腹空いた』って言っててうざいし、そっちのおばさんは『鬼だ、鬼だ』とぶつぶつ言っててうざいしで、このまま一人でロビーにいるんじゃ気が狂いそうだったから、他にも何かないかと思って、私は診察室の方を調べていたのよ」


 そう言って、今度は診察室の方をさした。


「というか、自販機横の階段を使わないと上がれないんだから、私たちに何かができるわけないじゃない」


 その通りだ。一階の出入り口が開くのならともかく、開かないのだとしたら、一階こそ何もできやしない。三人とも、私や鈴木のように体が濡れた様子はない。たとえ、三人が三人とも共犯だったとしても、三階にいた武藤をどうやって連れ出し、屋上から突き落としたというのか。


 となると、犯人は外部の者、ということになるのか? それとも、武藤が自ら外に出た? いや、それは違う。武藤が自ら外に出ようとも、あの南京錠がある。足音なく姿を消したのは、靴を脱いで靴下だけとなり、その場を離れたからとも考えられるが、そこから屋上へ出るには、あの六つの鍵を突破しなければならない。


 よしんば、武藤がすべての鍵を解錠したとしても、鈴木が南京錠を確認してから二階へ来て、武藤の悲鳴を聞いたのは間もなくだった。おそらく一分もかかっていない。そんな短時間で、いったいどこに隠れ、どうやって鍵を解錠して、飛び降りたというのか。飛び降りた位置から屋上の扉まで、この建物の端から端だ。どんなに素早く行動したとしても、アルコールによる離脱症状が起きていた彼にそれが可能だったとは思えない。


 くそ。考えが堂々巡りだ。今なら神隠しといわれてもすんなり信じてしまうだろう。


 鈴木が続けて、彼らに質問した。


「何かを見たり、聞いたりとかも、していないですか?」


「こんな曇りガラスだもの。外の様子なんて見えないわ。音については言うまでもないでしょ。突然の悲鳴と、あの事務室奥の方から聞いたこともない音がしたってことくらいよ」


「……ですね」


 潤美の後方、つまり診察室から真向いの壁には、曇りガラスがある。外に僅かでも明かりがあれば、何かが起きた時、すぐに気づくだろうが、実際は暗いだけで、まだなお激しい雨が降り続いていることだけが、うっすらとわかる。


 変化があれば、少なくともこの潤美は、私たちに真っ先に知らせただろう。


「人が落ちた音だなんて思いもしなかった。ドラマとは違うのね。ああ、もう……耳にこびりついて離れそうにないわ」


 思い出したのか、潤美が両耳を両手で押さえた。


「ともかく、一刻も早くここから脱出したいわ。六つの罪? いえ、罪を六つだったかしら? そんなもの、どうだっていいわ。出口はどこなのよ……」


「そうだな。出る方法を探そう」


 謎解きをしている場合じゃない。もたもたしていたら、次は誰が殺されるかもわからない。


 しかし、そうか。こうやって犯人は十二年前、彼らや美香を、殺していったのか。そしてたった一人だけが、この建物から逃れることができた。


 いったい誰なんだ。この中で、一人だけ生き延びた人物は。少なくともその人物は、逃げる方法を見つけたということだろう。今はまだ、見つからなくとも、その人物と協力すれば、もっと早くに活路を見出せるかもしれない。


 私が眉間の皺を指で押さえながら、事件が報道された当時の記憶を掘り起こそうとしていると、


「え? 犯人からのメッセージに対応はしなくていいんですか?」


 鈴木が呆気にとられたような声をあげた。


「そんなことを言っている場合じゃないだろう。人が死んだんだ。それも殺されたんだぞ」


 私は顔を上げて、叱咤するように言った。


 そのすぐ後だった。意外な人物が口を開いた。


「ねえ」


 平がニタニタと笑いながらこちらを見た。


「ぐ、グロテスク、だった? 見たんでしょ。死体……」


 ほとんど喋らないせいか、平の歯を、この時初めて目にした。それは酷く黄ばんでいる上に、歯の先がのこぎりのように尖っていて、不揃いだった。歯の色素沈着具合から、日頃歯磨きをしていないだろうことは推測できるが、歯の形に関しては、何をどうしたらこんな歪になってしまうのかがわからない。溶けている? 体型からして、甘いジュースや菓子の類を好んで飲み食いしそうだが、それだけでこうも溶けるのか?


 膿の詰まった吹き出物だらけの顔に、不揃いの歯列をこれでもかと見せられ、内心ゾッとしながらも、私は彼を睨みつけた。


「平君。不謹慎だぞ」


 これまでの平だったら、少し睨んでやるだけで視線を逸らし、口を閉じただろう。だが、この時の彼は様子が違った。ニヤニヤと笑うのを止めない。今の彼からは余裕すら感じる。


 現に、私から視線を逸らさない。


「ヒヒッ。そんなに必死にならなくても、こんなのただのゲームだよ」


 と、私たちを小馬鹿にするように、背中を丸めて引き笑いをする。


 潤美が不快そうに、眉根を寄せた。


「ゲーム? 人が死んだっていうのに? いったいどこがゲームだって言うのよ」


「み、見知らぬ男女が、廃墟に閉じ込められてから始まるシチュエーションスリラーなんて、い、今時ごまんとあるよ。そそ、それの体験型があっても、お、おかしくないのにさ。よくもまあ、そんなに必死になれるもんだよ。クヒヒッ」


 私や鈴木が三階へ行くまで、平は潤美に対してすら怯んでいたというのに、いったいどういう心境の変化だ。なぜ、こんなにも強気でいられるんだ。


 私は挑発気味に、彼に尋ねた。


「じゃあ、君はこのゲームの突破口を見つけたってことなんだな?」


「うん」


「えっ?」


 まさかの返答に、私、美香、鈴木、潤美が平を見た。ショウコは平が何を言っているのか聞こえていなかったようで、「え?」と、一つ遅れて私たちの様子に反応する。


「え……何? 何か、わかったの?」


「それがその……平さんが、出口を見つけたって……」


「本当? それ、本当なの?」


 薬が効きすぎているのか、すっかり脱力してしまっているショウコは、気の抜けた声で平に向かって尋ね返した。


 平はショウコを一瞥するも、すぐに私たちの方を見て、


「僕は、あ、安楽椅子探偵だからね。必要な情報はおじさんやメンヘラたちが持ってきてくれたし、すこーし考えただけでわかったよ。ゲームマスターも、も、もうちょっと頭を捻って、欲しかったなぁ」


 人差し指を立てて、「チッ、チッ、チッ」と左右に指を振った。その指が、なぜか小刻みに震えていたが、それよりも平の発言が気になった。


 何を言っているのか理解できない。探偵? ゲームマスター? 人が死んだというのにか?


 それにこの口ぶり。まさか平は、この監禁の目的を知っているのか? だとしたら、人が死ぬことも、武藤が殺されることも、あらかじめ知っていたと?


 それぞれがそれぞれ、驚愕の表情を顔に浮かべる。その中の一人、潤美がソファから腰を浮かせると、平へと詰め寄った。


「それ、本当なの? 本当にここから、出られるの?」


「本当だよ。すぐに出られるよ、こんなところ。というか、アンタたちの方こそ、なんでわかんないの? 特におじさん、医者なんでしょ? 医者って頭がいいやつしかなれないんでしょ? 高学歴ワロタ。ヒヒーッ」


 急に人が変わったように、他人を馬鹿にし始める平。私がロビーから離れている間に、ニキビが一つ潰れたのか、口角のやや下の方からは血が垂れていた。懐中電灯によって下から顔が照らされることに加え、豪快な引き笑いも止まらず、この太った男が醜悪の塊に見えた。


 私は膝に置いた拳を握り締めつつ、語気を強めて言った。


「平君。いいから早く、教えなさい」


「いいの? 自分で考えないの? 頭いいのにぃ?」


「平っ」


 私は怒鳴った。すると、平は拗ねたように唇を尖らせ、


「え~……怒鳴られてまで僕、教えたくないんだけど~」


 と、私から顔を逸らした。まるで体の大きな子どもだ。命が懸かっているというのに、この男はなぜ、こんなにも緊張感がないんだ。


 潤美がこめかみに筋を浮かべながら、平に掴みがかった。


「ちょっとっ、ふざけないでよっ。いいから早く、教えなさいっ」


 胸倉を掴まれた平はその剣幕に押されつつも、突破口を知っているという点だけで優位に立っているつもりなのか、態度を変えない。


 それどころか、


「ふ、ふざけてないってば。じゃあさ、じゃあさ。い、一個、簡単な条件を出すよ。出口がわかった僕へのご褒美。ねえ、ねえ、ミカちゃん」


「な、何かしら?」


「えっちさせてよ」


 とんでもない要求を口にした。



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