慧 side
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「まあ、そんなわけで……」
私はところどころ不鮮明な当時を思い出しながら、目の前の男に語った。
「私たちは廃墟と化した診療所に閉じ込められました。環境は最悪でしたよ。虫はうじゃうじゃいるわ、埃だらけだわ、臭いわで。私は平気なフリを装っていましたが、体はずっと鳥肌が立っていました。この時ほど、上下が長袖長ズボンでよかったと思わない日はないですね」
私は肌を露出することが嫌いだった。今はそれほどでもないが、十二年前は特にそうだった。露出に対しての嫌悪に、明確な意味や理由があったわけではない。なよなよとした自分の体が好きではなかったことや、リストカットの痕を隠したいという気持ちなど、何かが色々と合わさっていたのだろう。
とにかく肌を隠したかった。周りが薄着になる季節になっても、ギリギリまで肌は晒さない。だからよく、ジャージやスウェットの類を着ていた。
「拉致も監禁も初めての経験でしたから、当然といえば当然でしょうが……。見知らぬ廃墟に閉じ込められてから、自分たちはどうなるんだろう、何をされるんだろうって。心の中は常に不安と恐怖が渦巻いていました。三階建ての建物は広さもあるとはいえ、場所がどこなのかもわからない閉鎖空間です。県内なのか、県外なのか。建物周りに住民はいるのか、いないのか。この先はどうすればいいのか……まるでわからなかった。何らかの"メッセージ"や"ヒント"すらなかったんです。ただ感情のままに喚きたかった。でも、私が泣き喚けば、周りが不安になるでしょう? だから平静を装いつつも、頭をフル回転させて、もっともらしいことを言いながら逃げ出すため、必死に動き回りました。実際にできることは少なかったけれど、何もしないよりは何倍もマシだったから……」
特に手を使った。脱出のために、あれやこれやと試した結果、私の手のひらの皮膚は爪とともに剥がれてしまい、いつしか両手は赤く染まっていた。手首から下が燃えて止まない、そんな痛苦を味わった。
それでも、絶対に助かる。微かになりつつあるそんな希望を、私は離さなかった。
そう。あの人が……死ぬまでは。




