真 side 6
「ショウコさんは? 何か、覚えていますか?」
私が黙りこくると、様子を見ていた美香がショウコに尋ねた。
「わ、私っ、ですか? ええと……」
泣きすぎたせいか、しゃっくりをあげるショウコは、キョロキョロと視線を泳がしながら小声で言った。
「わ、私は……いえ、私も、みなさんと同じ、です。インターホンが鳴ったから、はい……」
ほら、怪しい。もはや私は、何も言わなかった。
「そっちの子も同じなの?」
潤美が美香を指さし、私に尋ねた。
なぜ私に尋ねるのだろうかと思っていると、美香本人が首を振って否定した。
「いえ……私は仕事帰りです。本来は午前で診察は終わりですけれど、私だけ仕事が長引いてしまって、帰りが遅くなっちゃったんです。それで、夜道でしたが近道をしようと、人通りの少ない住宅街に入ったところで……その……」
そこまで言って、美香は胸元を隠すためにブラウスを掴んでいた手を、そっと下ろした。
「首を、絞められて……」
そして彼らに、首元の索条痕を見せる。途端に、それを目にした私と鈴木以外の全員が、それぞれ驚愕の表情を浮かべた。特に隣のショウコが、今にも発狂しかねない様子で、顔を覆った。
意外だったのは、終始苛立ちを見せていた潤美の表情だった。索条痕を目にした瞬間は、周囲と同じく驚いた様子を見せたが、美香に同情したのか悲しそうな顔で「そう、災難だったわね」と優しく言葉をかけた。
対して、美香は潤美へ言葉を返す代わりに、微苦笑を浮かべた。
「うーん……」
鈴木がこれ見よがしに、拳を頤にあてて天井を仰いだ。これは自分の意見を聞いて欲しいというアピールだと捉えた私は、彼に「どうした?」と尋ねた。
「今のみなさんの話を聞く限りですけれど、私と武藤さん以外、全員怪しいなあって思ってしまって……」
「君と武藤さん以外だって?」
私は眉を上げた。
「だってそうでしょう。今のみなさんの話を聞いて、不審な点が多いなって思ったから、真さん、だんまりになったんじゃないですか? 私と武藤さんは呼び鈴が鳴ったから、玄関扉を開けたんですよね。その時、私はサンダルを、武藤さんは革靴を履いて対応しようとした。私の場合は、単純にサンダルを履いたままだったのでそれで対応したわけですが、武藤さんはほら、革靴だけどものすごく履き古してらっしゃる。もう我が家には、これ一足しかないですよって言っているくらいボロボロです。硬い踵も踏みつぶされているし、サンダル代わりにして対応したという絵面が容易に想像できます」
鈴木の言うように、武藤が履いている靴はすっかり草臥れていた。私からすれば、この一見完璧ともとれる拉致前の状況こそ、あらかじめ用意していたのではないかと疑ってしまうのだが、反論できる確固たる証拠もないのに彼らを追及することもできない。
「それに対してと言いますか……」
その後に語る、鈴木が抱いた潤美や平への不審点については、ほぼ私と同じ見解だった。
「潤美さんはこのヒールだ。暗いからはっきりとは言えませんが、ほとんど履いてないでしょう。こんな下ろし立ての綺麗なヒールを、友達を出迎えるためだけに履くのは少し不自然です。私だったら、素敵な靴は誰かに見せるために履くか、特別な日に履きたいです」
「だからっ、私の場合、ヒールは商売道具で……」
「潤美さんには潤美さんの言い分があるのもわかっています。でも、今は怪しいと思えるものすべてを突っつきたいだけです」
声を荒げた潤美に、鈴木が片手を翳してやんわりと遮った。自分と違い、感情任せにせず遮られたせいか、潤美は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「じゃあなぜ、潤美さんはヒールを履いたのかって話になりますが、それはひとまず置いて次です。平君」
名指しをされて、平がビクッと肩を震わせた。
「平君に関しては、ここにいる全員が怪しいって思ったでしょ。一人だけ、何にも対応せずに拉致されるっておかしな話です。一人暮らしならまだしも、家族が一緒ならどうやって彼だけを拉致したのか。家族は無事なのか、殺されたのか、犯人とグルなのかなど、疑問点はたくさん出るのにそのあたりに関して一切触れませんよね。何かを隠しているからに他ならないと思います。でも、それもまた犯人であるという決め手にはならない。……で、ショウコさん」
「わ、私はっ、違いますっ。何もしてませんっ。違いますっ」
名前を呼ばれただけだというのに、ショウコはソファから飛び跳ねると、鈴木に掴みかかって否定した。
胸元を力強く掴まれた鈴木は、呆気にとられつつも、
「まあ、彼女の場合、ここまでパニックを起こされると、いっそ清々しさすら感じますが、さっきの答え方は私たちに合わせたように言っているようにしか思えない。もっと上手いお茶の濁し方もあるでしょうに。これまた何かを隠しているなって思われちゃっても、仕方ないですよね」
「だから私は何もっ……」
「けれど、犯人ならもっと上手いこと、言い訳を用意していると思うんですよね。私や武藤さんのように」
と、ショウコの両手に自身の手を重ねながら、ゆっくりと引き剥がした。
私は視線だけ詰め寄るように、鈴木に尋ねる。
「それで、私たちが怪しいというのは?」
「真さんは仕事を終えて家に帰ってからの記憶がないんですよね。これ、自分で言っていて気づきませんでした?」
鈴木は私と視線を合わせて、うっすらと笑みを浮かべた。
「平君と同じなんですよ」
ぎくりとする。
私はタイムスリップをしている身だ。犯人によって拉致をされたわけではないから、どうしても状況説明が曖昧になってしまう。が、まさか彼らにとっては平と同じくらい怪しく聞こえていたとは。
「それはだな……」
弁明をしようとして口籠る。自分以外は信じられないこの殺伐とした空気の中で、考えなしに言い訳をすれば、脱出の際の手立てが得られなくなってしまう。
それならば、他の彼らと同じように、このまま黙秘するほかない。
「最後に美香ちゃん」
容赦ない鈴木の眼光が、今度は美香へと向けられた。
「美香ちゃんは一見、私たちの誰よりも可哀想な目に遭っています。一歩間違えば死んでいた可能性だってある。ですが、どうして彼女だけ屋外にいるところを狙われたんでしょう? そしてなぜ、拉致の方法が私たちとは異なるんでしょうか。彼女だけがはっきりと、首を絞められたという覚えも痕跡もあるのに、私たちにはそれが一切ない。どうしてでしょうね? 美香ちゃんは犯人にとって、特別な何かがあるのかな?」
茶化したように言う鈴木の言葉が、傷ついた美香の心を抉っていく。膝に置いた拳に力が入り、手のひらに爪が食い込んだ。
鈴木はそんな私の膝元を一瞥してから、さらに続けた。
「それに、ですよ。今ここにいる人数は七人ですが、その内の二人、真さんと美香ちゃんだけがどうして私たちとは別の場所で監禁されていたのか? 私はここにいる全員と今日が初対面ですが、真さんと美香ちゃんだけが知り合い。それも恋人同士です。なんでここだけが知り合いで、セットなんだろうって、不思議だったんですよね。お互いが一緒にいるところを犯人に狙われたのならまだしも、別々で過ごしていたんでしょ? 怪しすぎですよ」
怒りが沸々としつつも、私はなるほどと思った。タイムスリップをした私はさておき、美香は拉致前の状況、拉致の方法、監禁後に目覚めた場所など、そのどれもが他の五人とは異なっている。要は特別扱いだ。そして本来、私はここにいないはずだったが、その私がいることでさらに美香が疑われてしまった。言われてみれば当然の疑問だった。
しんと静まり返るロビー内に、重油のようなどんよりとした空気が流れ込んだ。
原因はこのにやけ男。
「まあ、ここまで勝手にベラベラと語りましたが、ぶっちゃけた話、私を含めた全員が怪しいですよ。自分が犯人じゃないとわかっているから、自分は怪しくないって言い張りますけれど、みなさんからしてみれば、こんなにベラベラと話す男が一番信用ならないでしょうしね。でも、これでわかったでしょ?」
鈴木はここにいる誰もが、心の底では最も強く抱いているだろう疑念を口にした。
「この中に犯人がいるかもしれないっていう可能性が、うんと高いんだってことがね」




