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献身欲求  作者: 畑中みね
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戦いは終わらない

 

 パラアンコ軍の拠点が燃えている。総指揮官ヴィクトルが弓騎士に殺され、副官のケリーも女狐の術中にはまった今、軍の指揮系統は完全に麻痺し、西方蛮族の攻めに対応できないでいた。混乱をふりまいたトルネラはすでに拠点を脱出しており、残っているのは国に忠誠を誓った哀れな兵士だけである。


「命令はまだか! 前線が崩壊する!」

「第二監視塔が陥落した! バーミュル開拓部隊が足止めをしているが、長くは持たないぞ!」

「魔術士をもっと前に出せ!」

「魔力切れだ! 的にしかならない!」


 幾名かの腕が立つパラアンコ兵が指揮系統の麻痺を察して周囲に指示を出すが、彼らが立て直すよりも早く西方蛮族が侵攻する。もはや止めるすべはない。拠点の外から放たれる矢によって無数のパラアンコ兵が討たれ、魔導砲弾が城門や高台を破壊し、騎士をはじめとしたカーリヤ戦士がなだれ込んだ。


 逃げ遅れた商人や娼婦も例外なく蹂躙される。パラアンコ人だという事実だけで刃を向ける理由になる。それほどに西方蛮族が募らせた怒りはすさまじかった。指揮官がいれば、もしくは弓騎士が存命であれば状況は変わっただろう。

 しかし英雄は散った。そして何度も苦境を救った破弓部隊もまた、最後の時を迎えようとしていた。


「矢を放ちなさい! 土足で踏み込む蛮族どもを射貫くのよ!」

「我々が弓騎士様の意志を継ぐのだ! パラアンコ万歳! 破弓部隊、万歳――!」


 破弓部隊の残党が雨のように矢を放つ。

 アルジェブラは自覚していなかったが、彼女は部下に慕われていた。彼女が遠巻きにされていたのは“弓騎士”という存在が破弓部隊にとってあまりにも大きかったからだ。破弓部隊にも「弓騎士が謀反を起こした」という情報は届いているが、彼らは信じなかった。誰よりも国を愛する隊長が軍に刃を向けるなど、あり得ない。


 ゆえに破弓部隊の士気は衰えない。

 だがもはや、部隊ひとつで覆るような戦況でもない。破弓部隊の奮闘も虚しく前線は徐々に後退し、一人、また一人と高台から落ちていく。


「優秀な兵も、将がいなければ意味をなさず、か」


 カーリヤ族の王・ロネがうなる。あの破弓部隊ですら、指し手をひとつ間違えればかくも脆い。破弓部隊は幾度となくロネを苦しめた相手であり、彼らを憎む気持ちもあるが、戦士としてひとつの高みへたどり着いた破弓部隊には敬意も抱いていた。ゆえに彼らが最後まで戦い抜こうとする姿に称賛を送る。


「全ての戦士に伝えよ。完膚なきまでに叩きのめせ。一切の加減をするな、と」


 族長の言葉を聞いた戦士が大声をあげる。今こそパラアンコ軍を討ち滅ぼせ。長きにわたる雪辱をはらすのだ。

 もはや勝敗は決した。ロネが戦場に背を向ける。


「俺は一度プーレリアに戻る。ここは任せたぞ」

「ハッ、ロネ様の副官として恥じぬ戦いを見せましょう」

「そう気張るほど難しい戦いではない。英雄が欠けた戦場ならば詰めを見誤ることもないだろう。プーレリアで吉報を待っているぞ」


 ロネは一足先にプーレリアへ帰る。本来ならば最後まで戦場に残り指揮を取るのだが、彼には確信にも近い予感がしていた。何かがプーレリアに迫っている。全てを破壊せんとするおぞましい何か。今すぐ対処せねば、取り返しのつかないことになる。

 戦いに勝ったはずなのに、ロネの表情は晴れない。彼は不安に急かされるようにしてプーレリアを目指した。


 ○


 菌糸の魔女ピネ・チェア・ドロシーにとって一族という存在はどうでもよかった。彼女はただ、兄に褒めてもらうためだけに呪痕を刻み、魔術を学び、魔女になった。その過程だけをみればピッチは天才だ。魔術協会に申請していればメヴィよりも早く上級魔術士の認定を受けていただろう。ありあまる魔術の才とひたむきな努力によって生まれた魔女。彼女は兄のためならば自らの命を差し出すことすら厭わない。


「君さえいなければ戦いはもっと早く終結していた! カーリヤ族の勝利という結果でね!」


 ピッチが地面に手をつくと、無数の菌糸がメヴィに向かって伸びた。ひとつひとつが触れただけで猛獣を死に至らしめる神経系の猛毒をもつ。たとえ毒に耐性があったとしても、菌糸に寄生されれば意識を奪われる。

 恐るべき、死の胞子。

 真っ白な森が急速に成長するかのような光景だった。視界を埋め尽くす菌糸の壁。ピッチの本気度がうかがえる。


「君はここで討つ!」


 魔術は距離に縛られるという制限があるが、裏を返せば距離が近いほど威力が増す。特に魔女はその傾向が顕著だ。メヴィが近づけば近づくほど、菌糸の数が指数関数的に増加した。


「恨まれたものですねえ」


 どろり、と液体のような魔力が溢れ出し、メヴィの体を覆った。少女の右手にはいつの間にか赤黒い剣が握られており、迫り来る菌糸を次々と斬り落としていく。

 この時点でピッチは「何かがおかしい」と気づく。明らかに学院で会ったときと比べて雰囲気が違う。呪痕はもちろんのこと、少女から発せられる圧がピッチの知るそれではない。


「ですが、覚悟のうえです。これからきっと、私はもっと恨まれますから」

「そうまでして西方蛮族が憎い? それほどまで私たちと戦いたいの!?」

「戦いたくは、ないですよ。でも、西方蛮族を放っておくとアルジェブラさんの願いを叶えられないのです」


 少女の握るものと同じ剣が二本、宙に浮かびながら周囲を飛び回った。さらに足元から真っ黒な水たまりが広がって菌糸を飲み込んでいく。規模はそれほど大きくない。だが魔女であるピッチを凌ぐ威力。

 やはりおかしい。ピッチの額に汗が浮かぶ。計算が狂った。否、読み間違えた。少なくとも学院のときを基準にしてはいけない。そう、まるで弓騎士の力がそのまま加わったかのような――。


「だから私が滅ぼします。あなた方、パラアンコの敵をすべて」


 メヴィの魔力糸が周囲を塗り替えた。おぞましい魔力が呪痕からあふれ出す。ピッチは見た。メヴィの足元に広がる水たまりから、しゅわしゅわと煙を上げながら亡霊が立ち上がるのを。これは幻覚だ。腐敗に飲まれた犠牲者たちの怨念だ。

 ピッチは改めて思い出した。呪痕とはあらゆる可能性に満ちた呪いであり、その呪痕について調べ、輪廻の法則すら歪めんとして生まれたのが目の前の少女なのだ。

 ピッチが構える。嫌な汗を流しながら。




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