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献身欲求  作者: 畑中みね


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ロリコン、あるいは義勇兵

 

 パラアンコの砦を歩く義勇兵の姿がある。ロリコンの悪名を持つ男、パシフィック。幻覚魔術を得意とする彼は、味方との連携が難しいため単独行動をすることが多く、騎士と魔術士がペアを組むのが定石である義勇兵においては珍しい魔術士だった。

 ちなみにパシフィックは一小隊を預かる隊長であり、彼の部隊に所属している義勇兵の一人が門兵ことザックだ。今回も別行動だが参加をしている。


「いつになったら戦いは終わるのかね。まあ終戦したら俺たちの仕事も無くなっちまうんだが」


 パシフィックは本来ならば北のシャルマーン軍と戦う予定だった。しかし、他ならぬパシフィックの希望で西方蛮族と戦うことになった。この砦に駐在している義勇兵はメヴィ小隊とパシフィック小隊の二部隊だけだ。


「西方奴隷の収容所ってのはどこにあるのかね。こうも広いと迷っちまうぜ。メヴィちゃんに聞いておけば良かったな」


 パシフィックがあえて西の戦場を選んだのはパリータの兄を探すためだ。今回の戦闘では多くの西方奴隷が投入されている。敵が同士討ちをためらった隙に攻めるのが軍の狙いだ。パシフィックは外道な戦術であると思うが、かといって戦争ならば仕方がないとも割り切っている。

 砦の内部はひどい有様だった。治療薬を用意できなかった平民の軍人が至るところでうずくまっている。パシフィックは思わず口もとを覆った。血と汗の混じった悪臭が鼻にこびりついて離れない。実は出発前にパリータがついてこようとしたのだが、連れてこなくて正解だったと彼は思う。


「へい兄ちゃん、戦場帰りかい? よかったら見ていきなよ。この帝国産の葡萄酒はどうだ、教会が作るエールなんかよりよっぽど美味いぞ!」


 砦にいるのは兵士だけではない。兵士の腹を満たすために食糧を売る商人や、魔導具の整備をするために軍が要請した技師、砦の補強を担う魔導建築士、戦場でたまるストレスを発散させるための娼婦、馬の世話をする馬飼いなど、戦う以外の役割を持つ人々が集まっている。

 そんな彼らの天幕が張られた広場を歩いていると、パシフィックはここがカタビランカの市場ではないかと錯覚をするときがある。固まった血。原料のわからない肉料理。甘ったるい魔香。ツンと鼻をつく治療薬。腐臭、悪臭、刺激臭。もしくは戦いを求める戦士の香り。混沌とした光景に一抹の懐かしさをおぼえた。


「商魂たくましくて何よりだ……うん?」


 パシフィックがふと足を止めた。彼の視線の先には明らかに良質な天幕があり、その下で木製の椅子に腰掛けながら魔導新聞を読むエルマニアの姿があった。サイドテーブル代わりの木箱には葡萄酒が置かれている。鎧を脱いだエルマニアは引き締まった体を惜しげもなく晒しており、すらりと長い足を組み替えるたびに男たちの視線が向いた。そして当の本人は周りの目を気にせず優雅にくつろいでいる。


「……何をしているんだ、エルマニア」

「なんだ、パシフィックか。見てのとおり休んでいるのだ。お前も一杯飲んでいくか?」

「嬉しい誘いだが遠慮する。酔っ払う前に済ませたい用事があるんでね」


 エルマニアは非常に目立っていた。なにせここは前哨基地。血と汗にまみれた兵士がなけなしの金で教会の作る安いエールを飲む一方、小綺麗な格好で帝国産の葡萄酒を味わうエルマニアは当然ながら羨望の目を向けられる。もしも知り合いでなければ話しかけなかっただろう。


「見てみろパシフィック。サミダラ要塞に比べたらここは天国だ。カタビランカに近いから商人が集まるし、届けられる食糧も新鮮で美味い。おかげで腐りかけの肉や味のないスープを食べなくて済む」

「満喫しているようでなによりだ。ちなみにもう一人は一緒じゃないのか?」

「メヴィなら露店商と交渉中だぞ。なんでも、私に買わせると無駄な路銀を使うから駄目だそうだ。失礼だと思わないか?」


 パシフィックは肩をすくめた。エルマニアがよく商人のカモにされているのは義勇兵の間でも有名な話である。


「じゃあメヴィちゃんにはまた後で挨拶をしよう。エルマニアは西方奴隷の収容場所がどこか知っているか?」

「……奴隷に手を出すのは人としてどうかと思うぞ」

「勘違いしているようだが俺にそういう趣味はない。おい、本当だぞ。そんな目で見るな」


 失礼なのは一体どちらか。腹を立たせるパシフィックだが、その後エルマニアがちゃんと収容場所を教えてくれたから文句は言わなかった。


 あまり長居すると自分まで変人だと思われかねないため、パシフィックは早々にエルマニアの天幕から離れた。西方奴隷は門の近くで監視されているらしい。もしも夜襲などで攻め込まれた時に囮として使うからだろう。パシフィックは不快な気持ちを隠しながら歩く。

 奴隷制度が嫌いだ。花街と縁の深いパシフィックにとって、他者を隷属させる行為には人並み以上の忌避感を覚える。自由を願いながら街に沈む娼婦を何人も見てきた。そのたびに、いつか花街を変えてみせると心に誓った。


「この辺りのはずだが……おーい、ちょっと教えてくれ」


 通りかかった兵士を呼び止めて場所を聞き、無数の天幕が張られる広場を進むと、やがて大勢の西方奴隷が集められている奴隷収容区がみえた。土木魔術のよって建てられた収容区は雨風こそ防げるものの、暖を取れるような設備がないため非常に寒そうだ。西方奴隷たちは一枚の薄っぺらい毛布を複数人で使いながら互いに温め合っていた。


 パシフィックが入ると奴隷たちは一様に警戒したような目で睨んだ。彼らからすれば軍人も義勇兵も大差ない。パシフィックがどう話しかけようかと迷っていると奴隷の中から若い男が出てきた。


「なっ、何の用だ! もう渡す飯はないぞ! お前たちが全て持っていった!」


 青年の声は震えている。恐怖ではなく、凍えるような寒さに体が震えているのだ。


「落ち着きな、危害を加えに来たんじゃない。お前たちに聞きたいことがあるんだ」


 そう言って呪痕に力を込めた。パシフィックの隣に白い煙のようなものが吹き出す。警戒して一歩下がる奴隷たち。やがて煙は小柄な少女の姿になった。パシフィックによる幻術だ。


「この子の兄を探している。心当たりはないか?」


 奴隷たちを見渡した。だが反応はない。そもそも西方蛮族は団結力が高く、たとえ知っていてもパラアンコ人には教えないだろう。どうしたものかと悩んでいると、パシフィックに話しかける者がいた。


「あんたの顔は見たことがある。カタビランカの義勇兵だな?」

「そうだぜ。こう見えて小隊の隊長をしている」


 痩せ細った男だ。だが奴隷とは思えないほど鋭い目つきをしている。言うなれば獣。たとえ武器がなくとも敵を殺すためならば噛みついてきそうな雰囲気がある。


「大きな帽子を被った、緑の髪のおっかない女はお前の仲間か?」

「メヴィちゃんのことかな。仲間というか、仲間以上の関係になりたい女の子だよ」


 バチン、とパシフィックのウィンクが決まる。西方奴隷の男は話しかけたことを後悔したような顔をした。何か変なことを言っただろうか、とロリコンは首を傾げた。


「……その魔術士には世話になった。だからあんたのことも、多少なりとは信用したいと思う。本当に少しだけな」

「別にそこを強調しなくてもいいと思うけど?」


 失礼だと言いたげなパシフィックを無視して男が続ける。


「俺はアレー。そいつの兄だ」


 西方奴隷の男、アレー。以前にシャルマーンとの戦いで参加し、戦場でメヴィの魔術によって命を救われ、その恩を返すために即席砦で食糧を譲った男だ。彼は戦場でメヴィとパシフィックが同陣営で戦っている姿を覚えていた。そしてメヴィの知り合いならば信用できるかもしれないと思った。

 運命は少しずつ絡まり合う。きっかけとなった少女の知らないところで。




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