カタビランカの墓場にて
カタビランカには昔から多くの戦士が集まった。時には魔女と、時には周辺諸国や西方蛮族と激しい争いを繰り広げた。
そういった戦士たちの眠る墓地がカタビランカの北側、住宅街から離れた場所にある。墓守りはいない。かつては街の領主が管理をしていたが、国の情勢が悪化してからは墓守りも街を去り、住民たちが勝手に墓をたて、勝手に掃除をするようになった。
そんな墓地でたたずむ偉丈夫。彼の前には無数の、それこそ数えきれないほどの小さな墓が並んでいる。フィリップが自らの手で立てた墓。それは体裁こそ素人であるものの、彼が丁重に死者を葬っていることがわかる。
「随分と墓が増えてしまった。この墓地が埋まるのが先か、それとも私の体が埋まるのが先か……がはは、未来は読めんな」
フィリップは危険な戦場にばかり参戦してきた。だが決して仲間の死を蔑ろにしているわけではない。むしろ逆。彼は自分のために散った戦友たちを心から尊重している。
誰もが夢を持っていた。帰るべき場所があった。それでも剣を掴み、戦場へ踏み出した。何かが違えば英雄と呼ばれたであろう者が多くいた。まさに同志。フィリップが目指すべき場所。
「柄にもないことを言わないでください。フィリップ様は必ずや栄光を掴みます。そのために多くの犠牲を払ったのですから」
トルネラがしゃがんでいる。彼女の前にも二つの墓がある。トルネラをかばって死んだ戦友たち。彼女は祈るように手を重ねたあと、フィリップの隣に立った。
二人の義勇兵。彼らの顔に涙の跡はない。流す権利がないと理解している。清廉潔白とは程遠い生き方をし、それでも自らの夢や欲望を捨てきれないがゆえ、せめてもの責任として墓をたてるのだ。後悔はない。謝意もない。ただ背負って進むのみ。
「冷えてきましたね。そろそろ帰りましょう」
トルネラが促す。長居するには風が強い日だ。本来ならば墓地に来る時間すら惜しいほど、最近のフィリップは忙しくしている。義勇兵の仕事はもちろんのこと、軍との連絡や戦争の後処理、最近は議会席を獲得したためまるで貴族のような役回りもしなければならない。
二人は墓地を出ようとした。だが先を歩いていたフィリップが珍しい人物を見つけて立ち止まる。墓地の片隅み。林に溶け込むようにして、弓騎士アルジェブラがぼんやりと立っていたのだ。
「弓騎士殿じゃないか。あんなところで何をしているのかね」
「彼女も戦争で多くの同胞を失くしていますから、墓参りに来たのではないでしょうか?」
「あの女が墓参りとは笑わせる。奴が義勇兵だった頃、大攻勢によって大量の死者がでたときに何と言ったか知っているかね。彼らは国のために散った英雄たちだ、と誇らしげに笑ったのだ。アレはお国のためならば平気な顔で同志を利用する女だぞ」
アルジェブラは亡霊のように何もない空間を見つめており、まだフィリップたちに気づいていない。遠目からでも彼女の横顔が陶器のように白いことがわかる。
最初、フィリップは嫌味の一つでも言ってから帰ろうとした。だがすぐに考えを改める。
「……あれは駄目だな」
「駄目、というと?」
「まともではない。ついに食われたか」
トルネラは不思議そうな顔をした。彼女は魔導協会の影として活動していた経験上、ある程度“見える”人物だ。それでも彼女はフィリップの言葉が理解できなかった。
「アルジェブラが参加する予定の任務はどこかね?」
「彼女は西方蛮族との戦いに注力する予定です。おそらく我々にも依頼が来るでしょう」
「奴からの依頼は断れ……いや、そうだな。メヴィの部隊をあてなさい。私の部隊は絶対に関わらせるな」
フィリップの口調から只事ではない気配を感じたトルネラ。彼女は静かに頷く。横目でフィリップの顔を見上げると、彼は嘲りと寂しさが入り混じったような目をしていた。墓場に一陣の風が吹く。死者を弔う冷たい風だ。
「残念だよ。彼女の人柄は気に入らないが、腕前だけは認めていたのだ。これからのパラアンコに必要な人材だった」
フィリップの目には見えていた。常人には視認できない、魔女の残り香とも呼ぶべき気配。アルジェブラの体から生える、冬虫夏草のような菌糸の姿が。
かつてフィリップは忠告したことがある。魔女に近づきすぎるのはやめよ、と。それはフィリップが送った数少ない助言の一つだった。魔女は災害だ。関われば遠からず不幸が訪れる。
「行こうか。これから忙しくなる。君も、身の振り方に気をつけたまえ」
背を向けるフィリップ。彼は予感があった。アルジェブラの顔を見るのは今日が最後だろう。このような別れは幾度となくあった。義勇兵であれば決して珍しいことではない。剣を握る限り、弓を引く限り、戦士の首元には死神の鎌が添えられる。
次は誰だ。私の番はまだ先か。フィリップの拳が自然と握りしめられた。彼の首元にも鎌が添えられている。果たして首が繋がっているうちに栄光を掴むことができるのか。
「フィリップ様は、私がお支えします」
影が女狐の仮面を被る。彼女もまた首筋に冷たい感触がある。義勇兵である限り、否、パラアンコで暮らす限り、死の予感は隣り合わせにある。ましてやフィリップという男はあまりにも死の香りが強い。彼の暗く壮大な背中を見ていると、いつか自分も彼の築く屍の山に埋もれるのではないかと思う。
それでもトルネラはフィリップの一歩後ろを歩く。彼に拾われた日からトルネラの生き方は一つしかないのだ。
二人の義勇兵が墓場を去る。抜け殻のような弓騎士を残して。




