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献身欲求  作者: 畑中みね
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祝福教会のシスター

 

 帰還した私たちは少しの間だけ休暇をもらった。ルル婆の屋敷に帰るには日数が足りないからカタビランカでゆっくり過ごすつもりだ。でも休暇といっても特にすることがない。だから私は一人で魔導地下街を歩いている。否、正確には一人と一匹で。


「ナヲ、くすぐったいので動かないでください。お腹が空いたのなら後で何か買いますから」

「ナヲー」


 首もとに巻きついた真っ白の獣、ナヲが情けない声で鳴いた。よほど腹を空かせたのか、ねだるようにすりすりと頭をくっつけてくる。でも魔導地下街には食べ物を売っている店が少ないし、あったとしても食べて無事で済む保証がないから、帰るまでナヲには我慢してもらわないといけない。


「えーっと、たしか鉱石店の隣を曲がって、サルファの刻印の旗を上げて――」


 “決められた手順”どおりに魔導地下街を進み、いくつかの魔導回路を使って扉を開ける。この旗も上げる高さを間違えれば全く違う場所へ繋がってしまう。こういった摩訶不思議な道が魔導地下街には多く存在している。表社会で生きられない魔術士たちが隠れるために道を複雑にしたのだ。侵入者避けの罠が仕掛けられていることもあり、むやみに手を出せば文字どおり街に飲み込まれてしまう。


「あ、見えてきましたね。わかりますかナヲ、あれが教会ですよ」


 ナヲが首をかしげた。私が指を差したのは寂れた本屋だったからだ。掃除されずに放置された窓は茶色く濁り、看板の字はかすれて読むことができず、扉も塗装が剥げて中の木材が見えている。

 でもここが教会だ。私はいつものように扉を開け、誰もいない店内を進んで、カウンターに座る老婆に話しかけた。


「こんにちはシスター。治療薬を下さいな」

「もう使いきったのかい。そんなに美味しかったかね?」

「思い出すのも嫌になるほど不味いですよ。もっと美味しくできないですか?」

「可能じゃがそのぶん高くなるぞ。最高級なら一本で奴隷が買えるじゃろう」

「ひええ、ぼったくりじゃないですかあ」


 老婆がカラカラと笑いながら立ち上がり、店奥の扉に鍵を差し込んだ。錠の外れる重々しい音が響く。扉を開けると、向こう側には地下と思えないほど広々とした空間があった。焦げたような色合いの長椅子が奥に向かって並べられ、生命を表す樹の紋章が壁に掘られ、奥の正面には原初の魔女・サルファの肖像画がある。


 サルファの祝福教会。原初の魔女を崇拝する邪教徒の隠れ家だ。

 カタビランカにはいくつかの宗教があり、各教会には祈祷士が在中していて治療薬を作っている。そしてサルファの祝福教会は邪教認定をされているため日の当たる場所で教会を構えることができず、治療薬の値段もまた比例するように高くなる。でも私は他の教会だと怖がられて売ってくれないからサルファの祝福教会でよく買っている。ここのシスターたちは私を怖がらないし、むしろ魔女の関係者として歓迎してくれる。


 礼拝堂を進んで肖像画の前に立つと、勢いよく金属が擦れる音が聞こえ、天井から鎖に繋がった盆がおりてきた。


「気前よく頼むよ。最近は信者が減ってのう、困っているんじゃ」


 治療薬を抱えて戻ってきたシスターが現金なことを言う。なんともありがたみがないと思いつつ、適当な枚数の金貨を乗せると、盆はガラガラと音を響かせながら天井にのぼっていった。

 これはお布施だ。つまり治療薬の代金とは関係ない。場所によってはお布施のお礼として治療薬を配る教会もあるけど、金の工面に困っているここのシスターたちはきちんと治療薬代も請求してくる。


「何本必要じゃ?」

「ありったけをください」

「太っ腹じゃ! お前さんにはサルファ様のご加護が宿るじゃろう」


 それは嬉しいですね。本当に加護があるかは怪しいけれど。


「じゃが使いすぎには気をつけよ。一度壊れたものを元通りにするのは、サルファ様のご加護があっても不可能じゃ。人の体もまた同じ」

「心配してくれるなんて珍しいですね。たくさん使ったほうが教会としても嬉しいでしょ?」

「常連客を失うほうが痛手なんじゃよ。ましてやお前さんはまだ若い。この街じゃあ健康というのはそれだけで貴重なんじゃ。よく覚えておきなさい」

「はいはい、わかりましたよ。それよりも診てもらいたい人がいるんですけど、エチェカーシカはいますか?」

「あやつならアイゼンに向かった。当分は帰ってこんじゃろう」


 アイゼンとはサルファの祝福教会の総本山。カタビランカからずっと南西の方角にある街のことだ。一説によると原初の魔女が生まれた街とも呼ばれており、多くの邪教徒がアイゼンで暮らしている。

 エチェカーシカは里帰りかな。それとも問題を起こして呼び戻されたか。エチェカーシカなら後者の可能性も十分にありえる。


「うう、困りました。もっと祈祷士を増やしてくださいよ」

「ここにいるじゃろう?」

「シスターは手元が狂いそうで怖いです」

「エチェカーシカの治療が平気なら大丈夫じゃ。あやつに祈祷士の手解きをしたのはワシじゃぞ」

「だから不安だと言っているんですよ。うちの部隊の仲間が片足を折ったとき、エチェカーシカが寝ぼけながら治療したせいで骨が曲がったんですからね」

「かっかっか、よくあることじゃ。繋がっただけでも上出来じゃろう」


 邪教徒め。高いお布施を払っているのだからちゃんと治してほしい。

 ちなみに祈祷士の呪痕は教会が独占しており、門外不出の秘術として厳重に守られている。なかには独学で呪痕を学ぶ闇医者のような祈祷士もいるけど、原則として魔術士は魔導教会、騎士は騎士教会、祈祷士は教会で刻印をするのがルールだ。だから祈祷士の力を借りるには教会に通うしかなく、もしも腕の悪い祈祷士とあたっても運が悪いと諦めるしかない。


「わかりました。また今度連れてきますよ」

「老い先短い身じゃ、ワシがいるうちに連れてきなさい」

「あなたが倒れる姿は想像できませんけどねえ」


 つんつん、とナヲに頬をつつかれた。空腹だから早くしろと言っているのだろう。治療薬を鞄に入れて帰ろうとすると、シスターが思い出したように呼び止めた。


「そうじゃ、酒は買っていかんかの。新しい品種が出来たんじゃ。今回のは格別じゃぞ」


 ここに限らず、各宗教の教会ではよく資金を工面するために酒が作られている。基本的にはエールだけど、サルファの祝福教会は珍しく葡萄酒を製造していて巷でも評判が高い。私も直接買いに来ることもあれば地上の酒場で買うこともあるぐらいには好きだ。でも今日は治療薬を買いすぎたから持って帰れない。


「残念ですが次の機会にします」

「ああそうかい、気長に待っていよう。それと若さの使い道を誤らんようにな。お前さんに慈悲深き魔女のご加護があらんことを」


 シスターに別れを告げてから教会を出た。首元からキュルキュルと可愛らしい音がする。私もナヲにつられてお腹が空いた。

 まだ帰るには早い時間だから、ついでに別の用事を済ませておこう。私はナヲの頭をなでながら地下への階段をおりた。




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