不安なエルマニア
馬車に揺られながらエルマニアは思った。こいつ、何も反省をしていないな、と。
「なぜ私が街で買った干し肉がまたなくなっているのだろうか。長旅に備えて十分な量があったはずなのに。なあ、メヴィ?」
「冬山鼠に食べられたんじゃないですかね?」
「この辺りには出ないだろう」
「わかりませんよ。私たちは学者じゃないんですから」
けろっとした顔で嘘をつくメヴィ。街を出て数日、エルマニアたちは馬車に揺られながらカタビランカを目指していた。パラアンコの国土は広く、特にカタビランカは西よりに位置するため馬車を使っても数日かかる。だから軽食用に干し肉を買っておいたのだが、それが食べられていることに気づいたのは街を出てからだ。せめて出発前に気づけば買い直したものを……とエルマニアは眉間にしわを寄せる。
「まあいい。体の調子はどうだ?」
「問題ないですよ。長旅もそろそろ慣れました」
メヴィの顔を見た。たしかに顔色が良く、彼女の言葉が嘘ではないとわかる。メヴィの体を見た。傷はない。白くて柔らかそうな肌が窓から差し込む光に反射している。
だがエルマニアの表情は晴れない。地下の霊廟で何があったのか教えてくれなかったからだ。たぶん、今回の一件に限らず、メヴィは何かを隠している。
確信を持ったのはサミダラ要塞で戦ったときだ。激しい戦闘があった日は決まってメヴィがいなくなった。そして翌朝になると彼女は元気な様子で帰ってくる。戦場でついた傷すら消えた体で。
「何かあれば言え。揺れがしんどいとか、尻が痛いとか、何でもいい」
「エマは過保護ですねえ」
ため息を飲み込む。きっと自分の心配は何も伝わっていないのだろう。にへらと笑うメヴィの頬をエルマニアはつねりたくなった。
彼女の心配事は他にもある。
「弓騎士殿、あなたもだ」
「私?」
「またぼーっとしていただろう。考え事か?」
あの夜からずっとアルジェブラの様子がおかしい。だが何がおかしいかと聞かれたらエルマニアは答えられない。ただの直感であり、気のせいだと言われたら納得しそうな程度の違和感。
「カロリーネ殿下のことを考えていたのよ。民にどう伝えたらいいかしら。ただでさえ不安定な情勢……下手に不安を煽れば国が混乱するわ」
「確かに難しい問題だが、それを考えるのは弓騎士殿ではなく、上層部の仕事だろう?」
「もちろん私に口出しする権限は無いけれど、憂う気持ちはあるの。特に最近はフィリップが議会席を手に入れたから余計に不安なのよ」
「議会席ってなんですか?」
メヴィが尋ねた。彼女は魔術に関して類い稀なる技術と知識を持っているが、国や政治といった興味のない分野は驚くほど知らない。代わりにエルマニアが説明をする。
「簡単に言えばフィリップが政治に口出しをできるようになったのだ。サミダラ要塞の勝利が彼の支持を後押しした。まったくもって恐ろしい。これからカタビランカはもっと賑やかになるぞ。祭りに備えて矢と食糧を蓄えておかねば」
「フィリップ隊長なら間違いなく西方蛮族に侵攻するでしょうね」
「そして一番槍に選ばれるのは我々だ。ハッハッハ、光栄だな」
皮肉を込めて笑うエルマニア。戦場に向かうのは構わない。騎士として育てられ、呪痕を刻んだときから戦いの世界で生きると決めている。だが理不尽に扱われるのをよしとするかは別の話だ。ましてや今はメヴィや部隊の仲間がいる。
命大事に、とエルマニアが口癖のように言うのは、騎士である自分よりも先に仲間が死ぬのが嫌だからだ。
同志を守る盾であれ。それが騎士になったエルマニアが最初にかけられた言葉。
「大丈夫ですよエマ。私がみんなを守ります。たとえ千の矢に降られたって私が全部溶かします。だから安心してください」
「隊長が前に出てどうする。守るのは騎士の役目だ」
「いいえエマ、隊長だから前に出るんですよ。この小さな体じゃあ、先頭に立たないと戦場が見えません。みんなの命を背負う以上、私はすべてを把握する必要があるんです」
馬車の窓から風が吹き込んだ。藍色に近い深緑の髪がたなびき、差し込んだ光が少女のくりっとした瞳に反射する。十四とは思えぬ強い目。普段は卑屈で年相応の無邪気さを見せつつも、得体の知れない闇と淀んだ空気を感じさせ、ときおりエルマニアすら驚くほど冷静で容赦のない手段を取り、そして最後にはあらゆる敵を排除して笑う、エルマニアの相棒。
「さあ、もうすぐカタビランカですね。きっと部隊のみんなも帰っているはずです。寮に着いたら再会を祝して宴会をひらきましょう」
少女は屈託のない笑顔を浮かべた。先行きの見えない不安がパラアンコを覆う中、この少女はまるで不安がないように笑う。このどこから湧いているのかわからない、否、おそらく何も考えていないであろう自信が部隊の者たちを勇気づけるのだろう。事実、エルマニアもメヴィが言うならば問題がないかと思わされる。
(また戦争か。これでは軍人と変わらないな)
メヴィと向かい合わせで馬車の外を眺めた。カタビランカに近づくにつれて、戦場独特の血と灰が混じったような香りが強まる気がした。西方の空には分厚い雨雲が広がっている。それに対して王都の方角は雲一つない。まるで栄光玉砕の輝きが晴天すら呼び寄せているようだ、とエルマニアは思った。




