第80話 戦略ゲーム
「女神様からこの国へ連れて来られた勇者様は、前回は合計3つの迷宮の踏破をしました。3つ目の迷宮踏破の報酬として、次期国王としての資格と王国軍最高司令官として将軍の役職を与えられました。そして勇者様は迷宮探索は飽きたと言い出し、次は『戦略ゲーム』だと言いました」
「待ってください、ゲーム……って言ったんですか?」
「はい。勇者様はそういう言い方をしました。そういえば迷宮探索のことも『ダンジョンRPG』という言い方をしていたと思います」
「あいつ、ゲーム感覚なのか……」
「あの……、私は勇者様の言う言葉で時々意味が分からないことがあるのですが、ロキさんは分かるのですか?」
「ええ、実は俺は前世の記憶が少しあって、俺の前世が勇者が召喚される前にいた世界と同じようなんです」
「そうだったんですか。それで、どういう意味なのでしょう?」
「あっちの世界では架空の映像の中で遊ぶことができる機械が発達してまして、その遊戯感覚でいるんだと思います」
「……確かに勇者様は遊戯感覚で戦っておられるように感じました。そういうことだったんですね」
「それで……勇者は戦略ゲームと称して侵略を始めたんですか?」
「そうです。それで、王国軍の最高司令官となった勇者様は、王国軍を率いて近隣の危険な国を滅ぼすと宣言しました。そこで調査してわかったのが、狼の獣人の里のことです。狼の獣人たちは私たち人間とは違った文化を持ち森に暮らしていました。獣化した彼らは非常に高い戦闘能力を持っているため、もしも彼らが我が王国に攻めてきたら脅威となると分かったのです。ですが彼らは森の中の方が過ごしやすく、里から出る者はほとんどいないと聞きます。それに狼獣人は実際には、紳士で礼儀正しく無駄な争いはしないと言われています」
「たしかにレオンもそんな感じです」
「やはりそうですよね……。でも勇者様はそんな危険な生き物をほおっておいてはいけないと言い、侵略戦争を開始しました。勇者様の指揮の元、森へと進軍した王国軍は、最初は何が起こったかわからない狼獣人たちを次々と殺していったのだと言います。そして侵略に気付いた彼らは反撃を始めました。獣化した彼らは、武装した王国軍の兵士たちでも全く相手にならず、瞬く間に王国軍は崩壊してしまったそうです。それに勇者様は激怒し、結局勇者様自身が前線に立つことになりました。私もそこで召集がかかり、前線へと向かいました」
そんなくだらない理由でたくさんの人が死んだのかと、ロキは何とも言えない気持ちになった。
それを間近で見てきた聖女レオーネの気持ちはロキ以上に複雑だったであろう。
言葉を選びながら話す彼女の表情は、重く曇っていた。
「それで、女神様の加護を持つ勇者様の力は、王国軍の兵士とは段違いでした。たった1人で次々と狼獣人たちを殺してゆきました。最初から軍は必要なかったのではないかというくらいに。そして狼獣人の中に、一人金色に輝く体毛を持った異質の存在がいました」
「それがレオンですね」
「はい。普通の狼獣人は、灰色や茶色い体毛をしているのですが、レオンさんはまるでそ体毛自体が輝いているかのような黄金色をしていました。そしてその異質さは体毛の色だけではありませんでした。どの狼獣人も自然と怪我を治してしまう自己回復力を持っているのですが、金色の狼獣人……レオンさんのそれは桁違いでした。勇者様の聖剣で斬られた深い傷も、みるみるうちに塞がってゆくのです。戦闘中に切断された腕を拾って元通りにくっつけたこともありました。そして勇者様の鎧は迷宮で倒した龍のドロップアイテムである龍のウロコで作られていてとても頑丈にできているのですが、その鎧をも破壊してしまうほどの攻撃力を持っていました。レオンさんに何度か殴られて勇者様が失神した事がありましたが、その都度私は回復魔法をかけて回復させました。勇者様の雷撃魔法や聖剣での攻撃で森は破壊されていきましたが、レオンさんは何度も何度も立ち上がり勇者様へと向かって行きました。その表情は怒りだけでなく、仲間を殺された悲しみも篭っていて、私は何が正しくて何が間違っているのか分からず、ただ使命に従い勇者様が怪我をする度に回復させ続けていました」
勇者とレオンの戦いについては、レオンからも聞いていた。
お互いに傷ついてもすぐに治り、そして再び戦う。まさに泥仕合。だが多くのものを失った彼らは後に引けなくなり、ダラダラと決着のつかない戦いを続けたのだという。
「そしてそんな終わりのないような戦いに、最初に限界を迎えたのは私でした。私の魔力が尽きてしまい、勇者様を回復させることができなくなってしまったのです」
「あれ?神威代行魔法って、魔力切れってあるんですか?」
驚いた顔でロキは尋ねる。
アルマの使う神威代行魔法は魔力切れをしたことがない。精神的ストレスを抱えた時に不調なことがあったが、基本的には無尽蔵に使い続けることができる#反則__チート__#魔法だ。
だがそんなロキの常識を、聖女レオーネは否定する。
「もちろんです。普通の魔法と同じように魔力を消費します。私が日常行っている健康管理程度の回復魔法ならいざ知らず、大きなけがを治す魔法は大きな魔力を消費します」
「それじゃあ結界魔法はどうなんですか?」
「結界魔法はとても難しく、魔力消費をコントロールするために瞑想をしなくてはいけません。失敗すると結界を維持できずに魔力を切らしてしまいますから。王都内の結界であれば集中して張れるのですが、迷宮踏破後に聖鍵を持ち帰る時は毎回、結界を切らさないように馬車の中で慎重に瞑想を続けていました」
「瞑想?普通に歩きながら結界は張れないんですか?迷宮で結界を張りながら移動は?」
「そんなことができたら便利なんですけどね……。もちろんできません」
レオーネは、苦笑いを浮かべながらそう言った。
ロキは仲間たちと迷宮を踏破するとき、階層主との戦い以外はアルマに結界を張らせて戦わずに進んだ。だが聖女レオーネにはそれができないという。これはレオーネの能力がアルマに比べて劣るというわけではなく……、
「精神的ストレスか……」
「?」
思わず口から洩れたロキの一言に、レオーネは首をかしげる。
「あ、すいません。話の腰を折ってしまって。それで、レオンと勇者の戦いでルナさんの魔力がなくなって、勇者の回復ができなくなったんですね」
「そうです。私のふがいなさを勇者様からひどく叱責されました。そしてレオンさんの最後の一撃が勇者様を襲った時、勇者様は時間逆行の魔法を唱えたのです。その時に勇者様だけでなく、その場にいた私とレオンさんもその時間逆行に巻き込まれました。そして私が次に見た景色は、勇者様が3回目の迷宮探索に向かう前に神殿の女神像の前で時間保存の儀式を終えたところでした」
「3回目の迷宮踏破の後や戦争の前にセーブはしてなかったんですか?」
「はい。迷宮へ探索に向かう前の儀式として、これまで三回行っただけでしたので、最後のセーブ箇所まで戻ったということです」
「なるほど。それで、その後勇者は前回のように3回目の迷宮探索へは向かわなかったんですか?」
「はい。迷宮探索はもう飽きたと……。そして戦略ゲームも飽きたと言っていました。戦略といってもただ戦争を仕掛けて大きな被害を負っただけでしたので、特に戦略らしい戦略もありませんでしたが」
「じゃあ前回3回目の報酬でもらった王位継承権も、将軍の地位も今はないんですね」
「そういうことになります。そしてそれ以降の勇者様はやる気をなくして引きこもってしまい、王宮の勇者様の部屋でダラダラと毎日を過ごしていると聞いています」
「引きこもりか。そのまま社会に出て来なければいいのに」
迷宮を踏破し王国に利益を与えた勇者だが、その人格には大いに問題がある。
また侵略戦争などというバカげたことをさせるわけにはいかないし、レオンを釈放させるためにも勇者をどうにかしないといけないのが悩みの種だ。日本に送還させる方法でもあれば一番よいのだが……。




