第55話 目指した世界
身もふたもない言い方になってしまうが、迷宮探索は疲れる。
朝早くから迷宮に潜り魔物たちと戦いながら宝を探す、暗くなる前に迷宮探索を終えると酒場で仲間たちと騒ぎながら飯を食う。会社に帰ったころにはもう眠い。
アルマの回復魔法を受ければ疲れも眠気も吹き飛ぶかもしれないが、そこまでして無理をして働きたいわけでもない。ロキが目指しているのはホワイトな労働環境なのだ。
そんな毎日を送っているのだから、平日にロキが事務仕事をする余裕はない。
高給を払って税理士を雇うのは金の無駄だという考えで自らが税理士資格を取ったため、やはりそこは自分でやりたいと思っている。
そうすると平日にできない事務仕事は休日にやるしかなく、その結果ロキは休みのないブラックな労働環境を自分で作り出してしまっていた。
なんとかしたいが、打開策が見つからない。
そんな時に現状を打破したのはロキ自身の力ではなく、仲間たちの力だった。
レギオンにアポロが加わったことが一つの大きな変化点だった。
それまでロキのパーティーは、ロキ一人で戦闘を行っていた。
アルマとココロは非戦闘員であり、たまにメンバーに加わるマルコはロキに魔法を教えるためだけに来ているため、魔物を倒すのは基本的にロキにやらせる。魔法の見本を見せてくれる時に戦う程度だ。
そのためロキの負担が非常に大きく、疲労の原因になっていたのだが、アポロが加わったことで戦闘が飛躍的に楽になった。
負けず嫌いなアポロは、良いところを見せようとしてロキよりも先に魔物を倒そうとする。なんならロキが何もしなくてもいい時もある。だがあまりにアポロ任せにしてしまうと機嫌を損ねてしまうため、少し悔しがってやると非常に喜ぶ。とにかくアポロは扱いやすい。
そしてもう一つの大きな変化として、税務の仕事をアルマが手伝ってくれるようになったことが挙げられる。
アルマはもともと商家の出で、計算は得意な方だったようだ。税務処理についてもロキが教えたそばからみるみる覚えてゆく。
これならアルマにも税理士資格を取らせてもよいかもと思えるほどだ。むしろ彼女は迷宮探索者よりも事務員の方が向いているかもしれない。
迷宮探索での稼ぎは順調なため、探索は週休二日として、休日のうち一日をアルマと事務処理を行うようにしたところ、ロキは完全に週一日は休日が取れるようになった。
そんな日々を送りながら、ロキはブラックな環境を完全に脱却するまであと少しだと思えるようになっていた。
★★★★★★★★
「それじゃ今日もお疲れ~!」
ロキが乾杯の音頭を取る。
仕事終わりの酒場での夕食はいつもの景色だが、今夜は珍しくマルコも一緒にいた。
「マルコさんもいるって珍しいな。どうしたんだ?カミさんと喧嘩でもしたのか?」
「何を言うか!」
レオンのジョークにマルコは腹を立てる。マルコに代わってロキが説明を始めた。
「実は今日でマルコさんはまた迷宮探索をお休みすることになったんだ」
「え?引退されるんですか?」
そんなアルマの問に、マルコは笑顔で返事をする。
「そもそもロキに魔法を教えるために復帰したんじゃがな、異常なスピードで習得しやがるもんじゃから、もうほとんど教えることはなくなってしまったんじゃよ」
「えっ、それは言い過ぎでしょ、マルコさんが教えることがないなんて」
レオンが驚く。
マルコは一度引退したとは言っても、かなりの魔法の使い手だ。体力的な問題で引退はしたものの、魔法の腕は現役時代から衰えてはいない。魔法使いとして長い間鍛えてきたマルコが、戦士としての傍ら魔法を修行しているロキに教えることがないなど大げさだと思ったのだ。
だがマルコは真剣な顔で言葉を続ける。
「いや、本当に教えることがなくなったんじゃ。ワシが使える火、水、風の上級魔法まで使えるようになったし、魔力を操作して威力を上げるやり方、消費魔力を抑えるやり方などもだいたいコツを掴んだようじゃし、本当に教えることがなくなったんじゃ」
「ロキってそんなにすげえの?それじゃあロキ、お前はこれから魔法使いとしてやってくのか?」
「いや、今のパーティだとアルマが回復、ココロが索敵、アポロが弓と土魔法の後衛だから、俺が前衛をするしかないだろう」
「は?せっかくマルコさんの免許皆伝貰ったのにか?」
「またメンバーが変わって俺より強力な前衛職が入れば別だけどな。そんときゃ俺も後衛に入って魔法使いとしてやってくぜ」
「勿体ない……」
「まあワシとしたら講師として初級魔法ばかり教えているよりは、こいつみたいにワシの持ってる技術を全て教えることができて満足はしてるんじゃがな。こいつにとってはワシはレギオンの頭数を揃えるためだけの存在だったようじゃ。アポロ君が来て頭数が足りるようになったから、ワシの役目も終わりじゃよ」
「マルコさん、拗ねないでよ!剣だけじゃどうにもならない時があるから、魔法だって時々使うよ!魔物の数が多い時なんか全然効率がいいからさ」
「おまえにとっちゃワシが生涯かけて覚えた魔法もついでに覚える程度か……」
「そんな言い方しないでって!」
拗ねるマルコの機嫌をどうにか取ろうとするロキ。
ココロがマルコに、たまに遊びに来てねと言うと、マルコは嬉しそうな表情になる。ロキはココロにナイスフォローと親指を立てて褒める。
そんな中、マルコはぽつりと言葉を漏らす。
「レオンがロキのパーティに入れば、ロキも魔法使いとしてやっていってくれると思うがのう」
レオンはソロで迷宮探索をしている高火力戦士だ。前衛としての実力はロキよりも断然上になる。そんなレオンと一緒に組むのであれば、確かにロキは後衛としてやっていった方がいいだろう。
だがレオンはちょっと残念そうな顔でマルコに言う。
「こいつは俺と一緒に深層を探索する気はないんだってよ」
「そうなのか?」
マルコはロキに尋ねた。
「ん?ああ。俺はレオンみたいに迷宮踏破をしたいわけじゃないんだ。俺は飽くまでもブラックな環境を脱却して、ホワイトな迷宮探索ができる環境にしたいんだ」
「ブラックとかホワイトとか、おまえいつも言ってるがどういう意味なんじゃ?」
「ブラックって言うのは労働時間が長すぎたり適正な賃金が支払われなかったり嫌がらせやいじめがあることかな。ホワイトって言うのはその逆だよ」
「要するにほどほどの労働時間で適正な賃金をもらえて、さらにいじめがない会社にしたいってことか?まあ確かに深層探索は過酷じゃから、お前の言うホワイトな環境とは違うのかもしれんな。それじゃ他のみんなはどうなんじゃ?」
マルコの質問にまずアルマが答えた。
「私は両親に胸を張って仕事を頑張ってるって言えるようになりたいって思ってました。前のレギオンでは上手くいかず悩んでいたんですけど、このレギオンに入ってからはうまくやれてる気がします。給料も十分すぎるほど貰ってますし、今のままで満足してますね」
次にココロが答える。
「ココロはお城にいる時は退屈で嫌だったんだけど、今は毎日楽しいよ。迷宮探索も楽しいし、お休みの日にアルマとお出かけするのも楽しいよ」
そんなココロの言葉をマルコは笑顔で見守る。おじいちゃんと孫の関係のように、この二人は仲がいい。
「そうかそうか。それで、アポロ君はココロちゃんと一緒ならそれで満足そうじゃな」
「いや、私はただ姫様にお仕えする身として、姫様がご健勝で過ごされているお姿を見守れることを……」
「要するに現状に満足してるんじゃろ?」
「あ、ああ……」
「それじゃあ、レオン。おまえはどうなんじゃ?」
「ん?」
「お前の目標と、今の満足度はどうなんじゃ?」
「ああ……。俺の目標は迷宮踏破だ。正直それを達成するまで、満足度は……ゼロだ」
「ふむ、そうか。ワシは力になれそうにないが、おまえの迷宮踏破が上手くいくことを祈っておるぞ」
「ああ。ありがとう」
少し悲しそうな顔で答えるレオンを見て、ロキは何とも言えない気持ちになる。
なぜ迷宮踏破しなくてはいけないのかをレオンはロキに話したことがない。話したくないようであったため、ロキもこれまで深く追求してこなかった。だが何かしらの問題を抱えているようだ。
ロキが目指しているのはこのレギオンのホワイトな労働環境だ。ロキが目指す世界に至るためには、レオンの抱えている問題をなんとかしなければいけないようだ。




