第53話 黒い鎧を着た男
一瞬何が起こったか分からなかった。
それくらいその男の攻撃は早かった。
気が付くとアドンの巨体は、その男からかなり離れた距離まで吹き飛ばされていた。
アゴを破壊されたアドンは痛みで嘆くこともできず、転倒したままガクガクとけいれんを起こしていた。
「大丈夫ですか?!」
本来仲間が怪我をしたのだからフーゴあたりがポーションを持って駆け付けなければいけない場面だ。だが肝心のフーゴは、何が起きたかも理解できずにボーっと突っ立っている。その代わりに、ロキたちのパーティのアルマがアドンの元へ駆けつけ、そしてすぐさまヒールをかけた。
顎の骨が無残に砕かれているのだから、本来上級ポーションでなければ完治しない怪我であった。だが、アルマのヒールでアドンの顔面は瞬く間に元通りになってゆく。平時であればそれを不思議に思われたかもしれないが、誰かがそれを気にする間もなく、黒い鎧の男が言葉をかけた。
「あれえ?むさくるしい男たちに交じって、カワイ子ちゃんがいるじゃん?」
アルマを見た黒い鎧の男は、そう呟いた。その声を聴いて背筋に悪寒の走ったアルマは、すぐにロキたちの元へと駆け戻りそしてロキの後ろへと隠れる。
明らかに警戒しているアルマへと、黒い鎧の男は言葉を続ける。
「そんな暑苦しい男たちじゃなくてボクチャンの仲間になりなよ。金には困らせないよ」
「お金には困っていません」
「ああ?」
黒い鎧の男は、明らかにイラっとした声を上げた。
その声に、ロキの後ろのアルマはびくっと震える。
辺りには緊張感が漂っていた。
男の仲間たちが、じわじわとロキたちを取り囲むように周りへとやってくる。たちの悪いそのパーティは全部で5人いた。他の男たちのいでたちは、まっとうな探索者というよりもスラムの強盗のようだ。
「ボクチャンが誰だか分かってんのか?」
一人称がおかしいこの黒い鎧の男の事など知るはずもない。有名な探索者であれば風の噂で聞いたこともあるかもしれないが。
その質問に対しだれも答えられずにいると、パーシィが男に尋ねた。
「あんたは何者だっていうんだ?」
「知りたければ教えてやろう!」
だれも知りたいと思ったわけではないが、黒い鎧の男は誇らしげに名乗った。
「ボクチャンは、アンゴーラ男爵家三男、ロベルト・アンゴーラ様だぞ!」
ロキたちはそれを聞いてポカーンとしているが、一人パーシィだけが名前を聞いたことがあったらしく、神妙な面持ちをしていた。
パーシィはこの中で最も頼りになりそうなロキに、ささやくように伝える。
「ロキ、ヤバいぞ。こいつは関わらない方がいい。聞いたことないか?男爵家の放蕩息子の話を」
「……いや、知らん」
パーシィは不味い顔をしながら説明をする。
「街のチンピラを集めて、愚連隊のようなことをしていると聞いたことがある。親の金で装備を揃えて探索者まがいのことを始めたって聞いたが、あの鎧がそうだとしたら……」
「おい!聞こえてるぞそこの奴!そうだ!これがパパに買ってもらった自慢の竜鱗の鎧だ!聞いて驚け!この鎧には、全属性耐性の加護が付いている!全属性だぞ?!魔法は完全に通用しないんだ!はっはっはっ!」
「パーシィ、あいつが言ってることは本当か?」
「ああ。深層に出る下位竜のドロップアイテムから作られた鎧をあいつが手に入れたって聞いた」
「全属性耐性……すげえな」
ロキとパーシィが驚いているのを見て、黒い鎧の男ロベルトは得意満面だ。
「そのうえ、鉄より軽くて硬くできている!この鎧を着ているだけでボクチャンは、A級探索者と同じレベルの実力なのだ!はっはっはっ!」
ロベルトの手下たちも、つられてへっへっへといやらしい笑い声をあげる。
何がおかしいのかへらへら笑っているその姿は、それだけで嫌な威圧感を感じさせる。特にアルマとココロは怖がっており、それぞれロキとアポロの後ろに隠れるように身を潜めた。
「それは分かったが、なんでトラバサミなんかしかけたんだ?貴族だか何だか知らないが、迷宮にトラバサミを仕掛けるのは犯罪だろうが!」
怯むことなく言い返すロキに、ロベルトは一瞬驚いたような表情を見せる。そしてその表情は怒りに代わり、腰に差した豪華な装飾の剣を引き抜きながら答えた。
「きさまらを狩るためにトラバサミを仕掛けるはずがないだろうが!魔物を狩るために置いたに決まってるだろう!」
「こんなんでどんな魔物を狩ろうとしてんだよ?!ここはスライムくらいしか出ねえよ!」
「だからそのスライムを狩るために決まってるだろうが!知らないのか?今ギルドではアシッドスライムの被膜の採取依頼が大量に出されているのだ!たくさん持ち替えればパパからも褒めてもらえるに違いない!」
「トラバサミでスライムを狩れるわけねえだろうが!スライムを倒すには核を破壊しなきゃ狩れねえよ!」
「なっ?そ、そうなのか?」
ロベルトは仲間たちに尋ねる。探索者としては素人なのであろうロベルトの部下たちは、首を横にして知らなかったことを伝える。
顔を赤く染めてるロベルトの怒りはロキへと向けられる。
「そ、そんなことは関係ない!ボクチャンたちが仕掛けた罠で大量に素材が取れるはずだったのだ!それを見ろ!貴様らが沼からトラバサミを上げてしまうから、一つもかかっていないじゃないか!仕方ない、もし貴様らがスライムの被膜を持っていたらそれで許してやろう!」
とんだ濡れ衣だ。こいつは何を言っているんだろうとロキは呆れた顔をする。
だが先ほどの一撃で大けがを負ったアドンと臆病者のフーゴはその脅しに震えているし、パーシィとオルテガもどう対処していいか迷っている。
ロキのパーティの方はというと、非戦闘員のココロとアルマは怯えるだけであり、アポロだけがいつでも反撃できるよう身構えていた。
「持ってるが、なんでてめえにやらなきゃいけないんだ?!あほか!」
「何だ貴様ボクチャンをバカにするのか?ボクチャンは男爵家なんだぞ!」
「知らねえよ!貴族だろうが平民だろうが犯罪者は牢屋へ行くだけだ。迷宮内に他の探索者が怪我をするような罠の設置することは禁止されている。それにさっきのアドンへの攻撃。正当な理由なく他の探索者へ危害を加える行為もギルドで禁止されている。特に命の危険を脅かす場合は殺人未遂罪が適用されることもあるな」
「な、何を偉そうに!生意気だ!気に入らん!ボクチャンは貴族なんだぞ!金さえあればこんな鎧だって買えるんだ!金は力だ!貴族をなめんなよ!殺すぞ!」
バカ貴族の勢いに特にビビったのは、先ほど死にかけたアドンだ。
「謝れ!謝るんだロキ!」
アドンがロキに詰め寄る。
だがロキはその言葉に耳を貸さず、じっとロベルトを睨みつける。
そしてロキはハッと気づく。
(なんか誰かに似てるかと思ったら、前世の上司と似てるんだ、理不尽なところが。権力を笠に着て理不尽を通そうとするところが気に入らない。それはブラックだ。そんなブラックがまかり通る世界は間違っている)
そしてロキはロベルトに向かってこう答えた。
「殺せるものなら殺してみろよ?」
ロキの怒りは止められなかった。
そしてその言葉を聞いた貴族家三男を筆頭とするその愚連隊は武器を構える。
「残念だが迷宮で全滅したら何も証拠が残らないな」
「おまえらこれが初めてじゃないな?」
ロベルトたちはこれまでもこういった強盗まがいの事をしたことがあるのだろう。つまり人を殺すことに慣れている。




