第33話 ジャイアントアント
迷宮に入ると、そこは大きな部屋となっている。
その部屋をまっすぐ進み、正面の通路を抜けると迷宮の第1階層となる。
この入口の部屋は各階層の入口に必ずあり、かつてはただ通り過ぎるだけの部屋であった。
だが、ある時その部屋で 頭の中に行きたい階層を念じると、念じた階層の入口の部屋に瞬間移動できるということが発見された。
階層転移には魔力を必要とせず、魔法使いでなくても誰でも転移ができる。まだ原理が明かされていない迷宮の不思議な現象の一つだ。
この階層転移は、まだ到達していない階層へ転移することはできないが、パーティーの誰かが行ったことがある階層であれば、体のどこかが接触している状態で(例えば手をつないだ状態で)誰か一人が転移すれば、仲間も一緒にその階層へと転移ができる。
この階層転移が発見されてからは、迷宮探索の進め方がガラッと変わった。その日の探索が終わると翌日その階層の入口から探索を再開できるようなった。
ロキたちがこの日、階層転移を使ってやって来たのは第31階層。
ロキが現在行ける最も深い階層である。
「本当に私たちが一緒で大丈夫ですか~?ロキさんが前に来たときはもっとベテランの人たちと一緒だったんですよね?」
不安そうな顔でアルマが問う。
この日はマルコが休みのため、ロキ、アルマ、ココロの三人編成のパーティーだ。
中堅探索者のロキを除く二人は、まだ初心者の域をでていない。
中層を探索するにはいささか心許ないメンバーだ。
「まあ様子を見て、もし少しでも不安があったらすぐにやめよう。ちょっと調べてみたいことがあるんだ」
「はあ……」
「まずはこの階層の説明をしておこう。この31階層は特殊な階層な階層となっていて、一種類の魔物しか出現しない。その魔物の名はジャイアントアントだ。要するに巨大なアリ。一匹が人間と同じ程度の大きさがある。この階層は巨大なアリの巣となっているんだ。昆虫型の魔物で気を付けなければいけないのは、その力の強さだ。自分の体の大きさの何倍もあるものを運ぶくらいの力がある。捕まったら逃げられないと思え」
「怖いですー」
「それとこの階層は、ジャイアントアントたちが常時通路を掘ったり埋めたりしている。そのため地図を描いてもすぐに使い物にならなくなる。この階層を突破するには度胸と運と勘も必要だ」
「そんなの絶対に無理じゃないですか~!」
「そうかな?」
泣き言を言うアルマに対し、ロキはニヤリと笑った。
「それともう一つ、ジャイアントアントが吐く粘液は毒だから気を付けるように。体が痺れて動きが鈍くなる。その隙に攻撃を食らうとたまったものじゃない。噛みつかれたらまず死ぬと思え」
「ちょっとー!やっぱり無理です!止めましょう!私たちにはまだ早いです!」
「本当は毒がかかっても大丈夫なように、アシッドスライムのドロップアイテムである、痺れ耐性薬を体に塗っておくといいんだけどな」
「じゃあせめてその薬を手に入れてからにしましょうよ!何でそういう大切な説明をする前に連れて来たんですか!」
ロキが31階層の説明を続けるほど、アルマの反対意見が続く。
青い顔をして怖がるアルマに、ニヤニヤした顔で説明をしていたロキはようやく種明かしをする。
「アルマ、昨日の話の続きだけど、モンスタートレインで魔物に囲まれた時、どうやって魔物を追い払ってた?」
「え?ゾンビにヒールをかけてました」
「それだけ?」
「だから、こっちに来ないでー!って思いながらヒールをぶつけてた感じです」
「それをこの階層でもやってみてくれるか?」
「え?でもこの階層に出るのはジャイアントアントですよね?」
「ラットマンもそれで追い払ってたんだろ?」
「そんなことができるんですか?」
「まあやってみようよ。ダメでも俺が倒すし、あまり進めないようなら途中で戻ろう」
「はあ……」
「それじゃ行ってみよう!」
三人は31階層へと進んだ。
★★★★★★★★
31階層に入って少し進んだところで、離れたところにいる一体のジャイアントアントを見つけた。
ココロに確認してもらったところ、近くに仲間がいる様子はなかった。
「ちょうどいい。アルマ、ラットマンたちに囲まれた時に念じたように、魔物に近寄ってくるなって念じてみてもらえるか?」
「ヒールしか唱えられないですけど、それでいいですか?」
「いや、いっそ呪文はいらない。念じるだけでいい」
ロキにそう言われ、まだ半信半疑のアルマは怪訝そうな表情を浮かべたが、言われたとおりにしてみることにした。
「それじゃあ念じてみますね」
そういってアルマが意識を集中すると、アルマの周りに少し明るいドーム状の光が現れ三人を包んだ。
「これは……」
「アルマすごい!」
ココロも驚きロキも言葉を失った。
呪文を唱えることもなくアルマが念じただけで、淡い光のドームが現れた。
当の本人はすごいことをしているという実感はない。
「こんなのでいいんですか?」
「ああ。これであのジャイアントアントに近寄ってみよう」
三人はジャイアントアントへ向かって歩き出した。
光のドームはアルマを中心に、歩く三人と一緒に移動する。
ロキはその状態を確認しながら、ショートソードを構え、慎重に移動をする。
ジャイアントアントの視界に三人が入ったと思われた瞬間、襲われるかと思い身構えたが、ジャイアントアントはこちらに向いたまま、向かってこようとはしてこなかった。
「ちょっと実験してみる。アルマたちはここで待っててくれ」
そう言うとロキは一人で前へと歩き出し、光のドームから出た。
その瞬間ジャイアントアントは素早くロキへと向かってきた。
「うお!」
慌てて一歩後ずさるロキ。
するとジャイアントアントは光の中へとは入って来れず、オロオロとしていた。
「この結界は、こんなに強力なのか……」
ロキは驚く。
「結界なんですか?」
相変わらず自分のしていることを理解していないアルマはロキに尋ねた。
「ああ、魔物が入って来ないある種の結界だな。これならこの結界の中から魔法で攻撃すれば、ほぼ無敵だ!ワハハ!」
「なんかずるいですね?」
「ずるいも何もない!効率重視なのだ!≪火球≫!」
そう言うとロキは、結界の外にいるジャイアントアントに向かって魔法を唱えた。
しかしロキの指先からはいつものような火の玉は発生せず、何も起こらなかった。
「あれ?≪火球≫!」
もう一度魔法を唱えるが、やはり何も起こらない。
「もしかして……」
ロキはジャイアントアントから少し離れた位置で、結界から飛び出す。
ジャイアントアントはロキへと向かって来た。
「≪火球≫!」
今度は掲げたロキの指先から火の玉が発生し、ジャイアントアントへと飛んで行った。
火球がさく裂し、のけぞったジャイアントアントに、ロキのショートソードが襲い掛かる。
ショートソードの攻撃を浴びたジャイアントアントは絶命し、煙となって消え、その場にはジャイアントアントの魔力結晶が残された。
「結界の中じゃ魔法は使えないのか……。なかなか都合良くはいかないな」
「そうですよ。ズルはダメですよ!」
アルマはそう言ったが、ロキは限界までズルをするつもり満々であった。




