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ふたり、イタリア旅行。

今回は遊里と冴子のドイツからのイタリア旅行の一幕です。相変わらず冴子に振り回される遊里ですが菩薩のような寛容さで大人の対応です。二人のやり取りを楽しんでいただければと思います。

まったくこれ撮れとか、あれ撮れとか・・・。

冴子は私に言う、私の専門は人なのに。

まあ、全般は撮れるけど。

少し、ハイになっているように思える。

よほど楽しいのか、このイタリア旅行。

 一昨日までは、冴子の師匠が居るドイツに居て今は足をのばし、このイタリアのローマ散策中だった。

私も海外は撮影で行くことはあるけれど、冴子と2人っきりというのは今回がはじめてである。


「遊里、今度はアレね。」


はいはい。

どうせならその写真に、自分も収まりなさいよ(苦笑)

普通はそういう風に撮るわよ、写真は。

と、思いながらも撮ってしまう私。

「あとは、やっぱりあそこも行かないと。」

「はいはい。」

観光箇所は冴子がきちんと説明してくれるので助かってはいるけれど、ゆっくり見せてはくれず駆け足観光のようだ。

・・・冴子がいいならいいんだけどね、私も。

遺跡を説明しているのも楽しそうだし、私もつまらないわけではないので良かった。

 ホテルには夜になって帰ってきた、夜のイタリアは危ないのでいつもよりは早い方。

「おもしろかったわ。」

バックをソファーに投げる、冴子。

ほんとに楽しそうだったので私としても良かった。

私は今日撮ったデジカメ映像を落ち着いて見直す。

「何か飲む?」

冴子が私に向かって言った。

「作ってくれるの?」

「そう、この小日向冴子が作って差し上げるわ。」

「・・・じゃ、頼むわ。暖かいのが欲しい。」

「了解。」

気分がいいみたいなので、気前もいいようだった。

実に分かりやすいわ(苦笑)。

かちゃかちゃと飲み物を作っている冴子を遠くに、映像を見る。

枚数は1日で58枚、多いのか少ないのか。

それも建物ばかり(笑)、観光旅行なのに当の本人はぜんぜん写っていないし。

あるとしても、非公認で私の盗撮もどき。

冴子が一人で見るとは思えないから、編集の時はずしておこう。

「明日はどこら辺に行くの?」

「朝、早いわよ。教会。」

「教会?」

私は顔を上げる。

調べてみたら言われた教会は少し遠い。

「遠いわね、しかも早い?」

「あたりまえじゃない、見るのは朝早い方がいいわ。」

まあ、確かに。

遅くなると観光地だし、有名だしで、人が多くなる。

見るのに1時間以上待たされるのもザラだ。

「最後の晩餐ね、有名な。」

「最後の晩餐は1枚じゃないわ、有名なのはダ・ヴィンチのだけど。」

目の前にココアが出される。

・・・甘いんだろうなあ、コレ。

超甘党な冴子、一緒にいると同じものを飲まされるので要注意だったのだけれど・・・。

「いいの撮れた?」

「もう、バッチリ。」

私はウインクする。

「見せてよ。」

え? それは、まずい(汗)。

「・・・あとでね。それより、疲れていない? お風呂に入ってきたら?」

丁良く追い払おうとした。

「あとで~?」

「私の腕、信じてないの?」

「そんなことないけど・・・」

「それに、冴子写ってないじゃないの。自分の顔が良く撮れているか確認する必要なんかないじゃない。」

「・・・・・・」

むううう。

私がそう言うと、引き下がった。

旅行中、1回くらいは公認の写真を撮らせてもらいたいわね。

カメラをケース内にしまった。

用意してくれたココアを飲む、やはり・・・激甘だ。

しかし、飲めなくはない・・・うん。

 

遊里ー


「?」

私を呼ぶ声。

浴室に向かった冴子が私を呼んでいた。

何か忘れ物かしら・・・。

「なによ、忘れ物?」

「別に。」

「別に、って・・・なんの用事もなくて私を呼んだの?」

「遊里も入らない?」

バスタブに? 豪華だけど、一緒に入るには微妙なんだけど。

「やめておくわ。」

「ブー」

なにがブーよ、お茶目過ぎなのははしゃぎすぎ。

興奮しすぎて熱、出してもしらないわよ。

「出てきたら相手、してあげる。」

「寝てしまうかもよ?」

「そのときはその時、明日も早いんだしね。」

せっかくのお誘いだけど、遊びたい気分じゃない。

なんか落ち着かないのよね、欧米の浴槽って。

ハリウッド映画によく出てくるバスタブ、泡風呂にしたら後始末が大変じゃない。

処理するのは自分じゃなくてホテルだけど。

私は浴室から戻って来て、夜のローマの街をベランダから見た。

ギンギラ都市とは違い、イルミネーションが優しい。

高いビルもないので遠くまで見えた。

 はー、落ち着くわね。

都会の風景は派手すぎて、私は苦手だった。

こっちの方が好きだな。

ふと思いたって、予備のデジカメを用意する。

そうよね、こんな綺麗な夜景は撮らないと。

最近のデジカメは高性能、ナイトモードも完備。

ぱしゃり★

うん、さすが。

夜が危なくなければ、外に出て写真を撮りにでかけるのに。

「Hi。」

「?」

声が聞こえたので、声がした方を見ると隣のベランダに外国人の女性がいた。

同じように外を見ている、ただしビール片手に。

「あなたも旅行?」

英語で聞かれた。

英語は少しくらいはできる。

「はい、日本から。」

「今日はどこ行ったの?」

私は今日行った場所を話した。

「・・・すごい行動力ね、私だったらそれ1日では回れないわ。」

それが普通の人です、私たちが変なんです(笑)。

「ひとり?」

・・・いかん、なにかいつもと同じようなパターンに。

「あ、連れがひとり・・・」

「そう、残念。一人ならお酒でもと思ったんだけど。」

ウインクする。

はあー、やっぱり。

顔、合わせてすぐに誘われるのって、やっぱり何かあるのだろうか、私に。

「何やってるの、遊里。」

「わっ」

やばいところに・・・。

「誰か居るの?」

私の後ろから身体に抱きついてきて、言った。

「おやすみ。」

そう言うと、入れ違いに彼女はにっこり笑ってベランダを去った。

「・・・・・」

残されたのは気まずい、私たち。

ぐっ。

私の首に冴子の腕がかかって締まる。

「あれは何よ。」

声が怖い、押し殺した声。

「旅行に来たらしいわ。」

「で、しょうね。私が言いたいのはわかるわよね?」

「何もないわよ、今日はどに行ったのとか聞かれたから答えただけ。」

苦しい・・・。

「ほんとに?」

「ほんとに、苦しいからあまり締め付けないで。」

「ナンパされてたんじゃないの?」

「違うって言ってるでしょ?」

さすがに”そうだ”とはいえない。

これはしまっておかないと、機嫌が悪くなる。

「冴子が居るのに?」

「居てもじゃない。」

「あのね・・・そんなに暇じゃないわよ、私。冴子のお守りもあるし。」

「お守りってバカにしてるわ。」

なんとか腕をつかんで引き離す。

「してないわよ、冴子が居るから他に目がいかないってこと。」

「どうだか。」

「そんなに私、信用ない?」

私はベランダの柵に背をもたせ、冴子と向かい合う。

冴子は視線を逸らす。

「ちゃんと私の目を見たら?」

「・・・・だって」

ぼそりと言うのが聞こえた。

照れて、私の目を見られないのはわかってるけど。

あんな風に心にも無い事を言われたら、少しやり込めてやりたいと思うじゃない?

「今は、冴子と一緒に旅行に来てるのよ? そんな記念すべき旅行に目移りするわけ無いじゃない。それ以前に、行くわけないでしょ。」

何回言えばいいのかしら(苦笑)。

過去の浮気っていったって、精神的なものじゃなくて肉体的なものだった。

それも、お酒の勢いでである。

もう、過ぎ去った過去だっていうのに。

「だって・・・不安なんだもの。」

「え?」

不安? そんな言葉を聞いた気がする。

「遊里、モテるじゃない。」

「・・・冴子だってモテるじゃない。」

「それは、置いとく。」

はいはい、それは置いておくのね。

「毎回じゃない。 私だって自信あるわよ、他に負けないって。でも、それ以上に不安の方が強いんだもの。」

「冴子。」

「いつかは、遊里が・・・って、いつも考えてしまう自分がどこかに居るのよ。」

 情けないことにね。

そう言って、ベランダの柵に前かがみに寄りかかった。

「そんなことはあり得ない。」

「絶対?」

夜風に靡く冴子の髪のように流すように私に問う。

「絶対よ。どうしたら、そんな不安持たなくなるのかしらね。」

私は隣で冴子の肩を抱いて、言う。

「遊里がモテるのが悪い。」

・・・そんなどうにもならない事を言うかな。

「むずかしいわね、モテるつもりもないのに。」

「絶対、結婚しててもモテるわよ。」

「・・・嬉しいんだか、嬉しくないんだか分からないわ。」

くしゅん!

冴子がくしゃみをした。

風呂上がりで、風が出ているベランダは寒いので風邪を引いてしまうかもしれない。

「風邪、引くわよ。早く、中に入らないと。」

「ん。」

折角の旅行、風邪なんか引いたら楽しいのが最低になってしまう。

「遊里。」

「なに?」

そう聞いた私に、いきなりキスをしてきた。

いきなりだったので、よろけたがなんとか踏ん張る。

イタリアらしく情熱的に(?)。

あれ? あれはスペインだったっけ?

しばらくたって、冴子がゆっくり身を離した。

「どうしたの?」

「ちょっとね。」

苦笑する冴子。

「ヤキモチ?」

「違うわよ。」

ドン、と私の身体を押す。

「寝るわ。明日は早いし。」

「ちょっと、私に期待させてコレ?」

キスの次の流れはアレじゃない?

ここで、ぶっつり切るわけ?

「期待するのが悪い。」

・・・しおらしいと思ったのに、いつもの冴子に戻ってしまった。

「おーい。」

私が呼んでも振り返りそうもない。

まぁ、いいか。旅はまだあるし。

私はベランダの窓と、カーテンを閉めた。



次の日は雨だった、天気予報では晴れだったのに。

「雨とはいえ、行くわよ。」

冴子は朝から行く気満々で、ばりばり朝食を食べた。

もちろん、インスタントのシジミ汁も飲む。

彼女の活力源だし。

「はいはい。」

また私は従者のごとく冴子に付き従うのだ。

バッタリ。

ホテルのドアを出るところで昨日の女性と出くわした。

今日は隣に完全に冴子が居る。

「今日も、大変ね。」

にこやかに英語で。

「は、はい。どうも・・・」

こんなこんな事しか言い返せない。

隣では冴子の気配がただならないものに変わってるのが伝わってくる。

なんで朝からこんなことに・・・。

「行くわよ、遊里。」

「ちょっ・・・」

冴子はぐいっと私の腕をつかむと雨の中、歩き出した。

私は引きずられるようについてゆく。

やっと何百メートルかに来ると腕を放した。

「なによ、にやけて。」

「にやけてないわよ、ただ顔を合わせただけでしょう?なに怒ってるのよ。」

昨晩、確認したと思うのになぜ、ぶり返そうとするのかわからない。

向こうだって、挨拶をしただけだろうし。

「別に・・・」

「私が挨拶するのが気に食わないの?」

「そんなことー」

「いちいち気にしていたら、気が休まらないじゃない。」

私は冴子の手を取り、握る。

「昨晩、私が言ったことを忘れたわけじゃないでしょ?」

「・・・・・・」

「不安なら、何度も言ってあげるわ。」

「別にいい。」

大きくひと息、冴子は吐いた。

「・・・おちついた?」

高ぶっていた気持ちを落ち着けたのか。

心のコントロールは舞台上と同じ。

「ごめん、遊里・・・私。」

イタリア人か、そのほかの観光客か、私たちの横を通り過ぎる。

好奇の目か、無関心か色々いたけれど私は気にならなかった。

「気にしていないわ、そんな気分になるのは雨のせいね。」

恨めしげに空を見上げる。

激しい雨というわけではなかったけれど、しとしとと降っている。

「今日はやめるわ。」

「えっ?」

今出て来たばかりじゃない、驚いてしまう。

「明日もあるから、明日に回すわ。」

きっぱりと言う、自分の中で決めてしまったようだった。

「でも・・・」

「落ち着いたけど、出かける気が萎えた。」

そう言うと歩き出す。

「どこへ?」

「少しゆっくり落ち着くところ、遊里は好きなところに行って来たらいいわ。」

「あのね、私一人で何をすればいいのよ。冴子と一緒に来てるのよ?」

行く気が無くなったから放棄するの?

「ごめん。」

「・・・・全く、いい迷惑だわ。」

 腹が立たないわけではない、急な話の方向転換はいつものことだし寛容している。

けど、今回は私を振り回しすぎ。

それでも私は冴子の後をついてゆく。

放っておいてもいいけど、ここで突き放したら冴子ってば浮き上がって来れないかもしれなかった。

 途中、道のスタンドで冴子は本を買った。

私など居ないかのように、ごく自然に買ってお金を払う。

私の知らないイタリア語を駆使して。

その後は、ずいぶんと古いカフェに入った。

店員のおばさんは冴子を見ると笑い、気さくに話しかけた。

冴子も控えめに笑って話す。

私にも声をかけてきたが、私はあまりイタリア語はよく分からない。

「よろしくって。遊里は私の友人と言っておいたわ。」

「ずいぶん、フレンドリーなのね。」

「・・・ここはイタリアに来るといつもお店だから。」

冴子の行きつけのお店か。

私は周りを見渡す。

朝、まだ少し早い時間だからか人は少なかったが妙齢のお年寄りがカフェをしていた。

外装もそうだったけれど、内部もずいぶんと古い感じの建物だった。

思わずカメラを構えてしまう。

そうすると冴子は何か、おばさんに言った。

おばさんは笑ってうなずく。

「なに?」

「写真、撮っていいか聞いたのよ。一応聞いてから。」

「ああ、そうね・・・忘れてたわ。」

つい、日本と同じ感覚になってしまう。

もちろん、日本でも撮ってかまわない場所は多いけどNGというお店も場所もある。

しばらくすると紅茶が出てきた、クッキーもついている。

「ここは、頼んだら何時間でも居ていいのよ。」

「何時間でも?」

「落ち着いて何もしないで居るなんて都会人には難しいかもしれないけど。」

私はここに本を持って来て、気の済むまで居るのよ。

そう言い、さっき買った本を開く。

やはり今日は出かける気はなくなったようだ。

私は心の中でため息をついて、イスの背もたれにもたれた。

 外はしとしとと、雨は止みそうもなかった。



いくら居てもいいとはいってもさすがに夕方まで・・・とは思っていたけどやってしまった。

 お昼はなにやらランチが出てきて、15時過ぎにはおやつのデザート、夕方には・・・といったようにその度に食べ物が出てきたので動かなくてもそこで過ごせたのだった。

 本当に、今日1日何もしなかった(笑)。

冴子はあの分厚い本を半日かけて読み、今は外を見ている。

私はずっと同じテーブルに居たけれど必要なとき以外は話しかけなかった。

冴子自身が拒否しているような気がしたから。

そして、私の膝にはいつの間にか首輪をつけた猫が1匹寝ている。

する事もないので足下にすり寄ってきた猫を抱え上げ、膝の上に乗せてやったのがはじまり。

今はそのままずっと居て、猫は撫でられるとごろごろと喉を鳴らした。

「遊里。」

「え、なに?」

いきなり声をかけられてハッとなる、猫を抱いているとつられて眠気に誘われてしまう。

「ホテルに帰るわ。」

「やっとその気に?」

「・・・先に帰っても良かったのに。」

「冴子の意外なイタリアステイが、かいま見れて良かったわ。」

猫をゆっくり下ろす。

「ごめん、遊里。」

「なにが?」

「落ちついて考えた。」

「本、読んでなかったの?」

「読んでたわよ、考えていたのは読み終えてから。」

そういえば、ずっと外を見ながら考えていた節がある。

「で、どう? 落ち着けた? 悟りを開くくらいに。」

「ちゃかさないでよ。」

「その方がいいでしょ、リラックスできて話せて。」

少し冷めた紅茶を飲んだ。

テーブルにランプの火が机の上のランプにおばさんによって付けられてゆくのが見えた。

「そろそろ、出てあげないと仕事にならないんじゃない?」

「そうね。」

二人でおばさんを見て、立ち上がる。

 近づいて会計のお金を払おうとすると、変な事に受け取らなかった。

イタリア語でやりとりをしてるので何を言ってるかはわからなかったけれど、大体内容は察しが付いた。

何かの理由があって、受け取れないと言っているようだ。

数分、やりとりをして冴子は苦笑し、私を見た。

「遊里。」

「私?」

「写真を撮ってくれない?」

「写真?」

意外な申し出だった。

この旅で一度も自分を写真に写る事を拒否していた冴子が写真を撮ってとは。

「彼女と。」

おばさんはにこにこ笑う。

オーケーというふうに、親指を立てた。

「お金を受け取らないっていうんだもの、残るは何かできるものをあげるしかないじゃない。」

「なぜなの?」

「色々とあるのよ、聞かないで。」

困ったように笑いながら二人で写真に収まるためにくっつく。

私は戸惑いながらもデジカメで二人を納めた。

「よく撮れたわよ。」

我ながら・・・もあったけど、あの写真を撮る時には強ばるという冴子がちゃんと自然に笑っていた。

「明日には、あげられる?」

「たぶんね、日本よりは遅くなるけど大丈夫よ。」

「そう、良かった。」

振り返り、何か話す。

おばさんはうなずいてまた笑う、良く笑う人だった。

その後に冴子は色紙にサインを書いた。

よほどサインが良かったのか冴子に抱きつく、冴子がチェリストだというのは知っているようだ。

「チャオ。」

私たちは数時間ぶりにそのお店を出た。

 出際に冴子は苦笑いを浮かべ、そのお店の何かのプレートを裏返す。

 どうしたの、何をしたの?という私の問いに答えず、そのままホテルまで帰った。



 今夜は昨日ようなことはないようにベランダには近寄らなかった(笑)。

私の方が先にお風呂に入って、そのあと冴子が入って出てきた。

「明日はちゃんと行くわ、教会。」

「喫茶店も良かったわよ、ゆっくりできて。旅行中とは思えなかったくらい。」

髪をタオルで拭きながら『そう』と、笑う。

「それにしても、変よね・・・イタリアって男の人に声かけられるって言ってたじゃない? 今日は冴子にかけてきた人も居ないし、あの喫茶店も朝以降は人が入っていなかったみたい。」

ぷっ。

冴子が吹き出した。

何がおかしいの?

「帰り際、裏返したプレートに答えがあるわ。」

「裏返したプレート?」

そういえば確かに裏返していた。

それを見て冴子は苦笑した・・・でも、なぜ?

「イタリア語で書いてあったから、遊里には読めないわね。」

「もったい付けてないで、言いなさいよ。」

「只今、貸し切り中。」

「・・・・えっ?!」

えーーーっ!? 

ずっと、あのあと朝から夕方まで私たちのために貸し切り状態だったの!?

「・・・どうりで人が、出ても入ってこなかったはずだわ。」

冴子すら、知らなかったようだ。

 あのおばさんが私たちの、いや、冴子のためにやってくれたのだろう。

「そんなに親しいの?」

「全然。でも、そんなに他人行儀な関係でもないわね。」

じゃあ、絶対に明日は写真を渡してあげないといけない。

カタン。

冴子はベランダに近寄り、窓を開けた。

お風呂から出て来た冴子は暑いのだろう、風を受けて涼む。

「私の事、嫌になった?」

まるで雑談するようにベランダの手すりに背を持たれて言う。

「まさか。」

「根性あるわね、遊里。」

「・・・でないと、冴子の相手なんてできないわ。」

嫌になるわけないじゃない、一時は呆れるけど。

それを過ぎると自分が冷静になって、冴子の行動の原因を考える、そして自分を落ち着けることができた。

「だから私は好きなのよ、遊里が。」

「うれしい事、言ってくれるじゃない。」

「遊里には迷惑かけたし。」

その上、素直とは。

カフェでのリラックスタイムが効いたのかしらね。

「史跡も行きたかったんでしょ?」

「まあ、それは明日行けばいいもの。明日行けなかったらまた今度来ればいいし。」

「また、懲りずに来るつもり?」

「私もイタリアは好きよ、冴子も好きなんでしょう?」

「イタリアも、遊里と同じくらい好きよ。」

うーむ、国と同位置か・・・。

「遊里。」

「うん?」

手にミネラルウォーターを持ったまま返事をする。

「こっち、来ない?」

「・・・あまり、行きたくないんだけど。」

そう言うと、冴子は吹き出す。

笑い事じゃないのよ、昨日もそれで、今朝もそれ関係で変な事になったんじゃない。

「大丈夫よ、今日は来ないわよ。私が今朝、遊里の腕を掴んで引きずって出たから。」

 それに、チェックアウトしたかも知れないでしょ?

私は冴子の言葉を受け入れ、従った。

「キスして。」

「はい?」

いきなりキス?

そういう雰囲気にもなってはいるものの、”して”と、ねだられたのはベッド以外ではこれがはじめ。

「改めて聞くけど、どうして?」

「遊里が私のこと、どれくらい好きか確かめたいの。」

そんなことがキスで分かるのかは疑問だった。

「その気にならないと出来ない?」

「そんなことは・・・ないけど。」

「それとも、理由がないとできないとか?」

畳みかけないでよ、混乱するじゃない。

「そんなことはないわ。」

「そう?」

笑いかける冴子に何かひっかかるものを感じたけれど、私は無視した・・・が、しかし、改めてキスするのも微妙。

相手が準備して待っているところにするわけで、冴子は目もつぶってくれないし。

「しずらいんだけど・・・」

「いつも通りすればいいんじゃない? 」

冴子は、いつもは腕を伸ばしてくれるのにそれもなし。

 何を考えてるのかよく分からない。

それでも、私は身体を寄せてキスをした。

それまで待っているだけのようだったのに、唇を重ねると

昨晩のような情熱的なキスではなかったが冴子は応たえてくれる。

「・・・合格?」

「まだ、途中。」

唇を離しても、お互い息がかかるくらい顔を近づけていた。

「まだ?」


”まだ”って、なにを待って・・・。


今度は冴子からキスをしてきた。

ああ・・・いいなあと、思ってしまう。

頭では変だと思っていても、キスしてしまうと本能(?)の方が思考をシャットダウンしてしまい、そのまま身を任せてしまっている。

 冴子はかわいいというよりは美人、ただの美人ではなく、ひと癖もふた癖のある美人。

一筋縄ではつき合えず、ひたすら忍耐と機転を必要とする。

その他の人とは違う部分に私は惹かれているのかもしれなかった。

フト視界に何かが写った。

「・・・・・」

やっと分かった、冴子の意図。

そんな事に気づいたけれど、私はそのまま続けた。

こんなことしなくても、私は冴子の事しか見てないのに。

心の中で笑ってしまう。

そして、こういう子供っぽい事をする冴子をまた更に好きになる。

 しばらくの後、満足したのか、冴子が唇を離した。

今度は30センチ以上の距離が離れる。

視線は合わせないで、冴子は下を向いていた。

「狙いどおりにいった?」

私は聞く。

すぐに答えなかったけれど、冴子は一息吐いて答える。

「・・・知ってたの?」

笑うような声で。

「視界に入ってたから。それにキスしてって冴子が言ってくるのもおかしいと思った。」

「こんな私を、遊里は笑う?」

私の身体をゆっくり抱きしめる。

こんな事をした彼女の思いが分かるし、それがかわいいと思うから私は言う。

「笑わない。主張したかったんでしょ? 冴子は。」

「・・・遊里は私のものだもの。」

「もの、はどうかと思うけど。」

「そうね、私と付き合っているから誘っても無駄よ、みたいな?」

「そんな感じ。」

やっぱり、時間が立つとベランダは寒い。

冴子を腕に、身体に抱いていても背中が寒くってしょうがない。

まあ、ガウンだけだしね、景色はいいんだけど・・・・。

「冴子。」

「なに?」

くぐもる声。

「今日はいいでしょ?」

「・・・調子に乗りすぎ。」

「今日も私をここまで引っ張っておいて、お預け?」

つらいのよ、お預けって。

寝ていてせつなくて(笑)。

「どうしようかな。」

じらすな、じらすな、これも作戦?

今、強引にしかけても大丈夫だと思うけどそれはしない。

もう少しで落ちそうだから、もう少し押してみる。

「ちょっと、いつそんな駆け引き、覚えたのよ。」

「ま、色々と。遊里が相手だし。」

私相手だとそんなもの、必要なの?

「モテる遊里を独占するのには多大な努力が必要なのよ。」

駆け引きも努力なの? 気を引く努力の一因?

「今日は努力は必要ないわよ、今ここに居るじゃない。」

「まあ、いいかな。今日は私のわがままに付き合わせたし。」

わがままの対価ってさあ・・・もうちょっとこう・・・。

・・・いいか、どうせ冴子の言い訳みたいだし。

”したい”なら、したいって素直に言えばいいのに。

私だけしたいわけじゃなかろうに。

「途中で、イヤっていうのはナシよ?」

「言わないわよ。」

冴子は身体を離すと、笑顔で私に手を差し出す。

「行くんでしょ? ベッド。」

「冴子自らお誘いとは、うれしい限り。」

「たまの事よ。」

いやあ、もう・・・何というか。

顔がにやけてしまうのを必死に押さえた。

時々こういうことをするから、冴子ってばいいのよ。

やりこめられる方が多いんだけどね、私は。

イタリア、ローマの夜は外は寒く、(うち)は熱くなりそうだった。


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