冴子、二日酔いになる。
冴子と遊里はデートをしていた、いつも通りの何でもないデート。
しかし、遊里の対応不足から冴子が不機嫌に。
それから(いつも通り?)喧嘩に発展し、仲直りせぬまま冴子は思わぬ事態に巻き込まれる····
むに。
私は遊里の頬をつねった。
遊里は痛がり、私の手をどかす。
「痛いわね、何するのよ。」
頬をさすって、痛がる。
大げさだと思いながら私はすまして、歩きだした。
「謝るのが筋じゃないの?」
後ろから付いて来ながら言う。
「私が悪いの?」
頬をつねったのは悪いとは思う。
でも。
他の女の子を誉めるのはどうかしてるわ。
しかも、私の目の前で。
今は、デート中だってのに知り合いを見つけて喜々としている遊里を見るのは複雑。
「理由もなく、こんなことしてよ。」
「理由もなくしないわ、そうされる理由が遊里にあるのよ。」
分からないのかしら、遊里。
馴れ合い過ぎて、そういう細かいところが鈍感になったの?
「何がカンに障ったのよ。」
それが分からないなんて、どうかしている。
私は、立ち止まる。
「わっ」
私の背中に、遊里はつっこんだ。
「急に・・・」
「今日の遊里のすべてよ、こんな気の回らない遊里は初めて。」
冷たく言ってやった。
「私の?」
「そうよ、自分の胸に手を当ててよく考えてみたらいいわ。」
家に帰って、チェロの練習でもしよう。
珍しくそう思った。
練習に打ち込めば気が紛れるし。
再び歩こうとしたら、遊里が私の手をつかんだ。
「待って、冴子。」
「なによ。」
「せっかく、時間を作って出てきたのに自分勝手で帰るの?」
「一緒に居ても、気分が悪いだけよ? 今は私、遊里としゃべる気もないのに。」
「・・・・・」
険悪、まではいかないけれどそんな雰囲気が漂う。
通行人も私たちをよけながらも興味がありそうに通り過ぎた。
「私の何が悪かったの?」
雰囲気を変えようと遊里が折れた。
「分からないの?」
「分からないから聞いてるのに、そんなことを言うの?」
今日の遊里はおかしい。
いつもならすぐに分かるのに、思い当らないらしい。
「もう、いいわ。帰る。」
「答えてないわよ、冴子。」
「今の遊里に言っても無駄よ、私のこと全然わかってないもの。」
私にそう言われて少しショックな顔をした遊里。
「少し頭を冷やしたら分かるわ、遊里も。私も少しは許しす気も出てくるだろうし。」
・・・とは言いながら結構わだかまっているのが微妙だった。
家に帰ると速攻、防音室にこもった。
遊里としゃべることもないし、まだ許す気もなかったから。
理由が分からないのに謝っても許す気はない。
分かって謝ったら許す方向で。
久しぶりに練習に集中した、練習をあまりしない私にしては結構な方(笑)。
練習中は遊里は全く近寄ろうとも、声を掛けてもこなかった。
私が怒った理由を考えていればいいんだけど。
それとも、私が怒っているのを忘れるまでそのままでいるつもりなのかしら。
素で私が怒っているのが分からないような感じだったし、また私のわがままだと思っている節もある。
ま、それでもいいわ。
一緒に暮らしているっていったって喧嘩だってするもの。
数日間、話さなくても死なないし。
結局、遊里は練習中は声をかけて来なかった。
私はお風呂または夕飯の為に、部屋を出た。
部屋を出ても遊里には会わず、キッチンへ行くと夕飯の用意が出来ていた。
そして、書き置きも。
ほうー、長期戦ね・・・。
遊里も怒っているようだ、こんなことするなんて(苦笑)。
どうせ、寝室は一緒なのに。
一緒に寝るかは難しいけど。
とりあえず、食べてはあげよう。
残ると大変だし・・・と、その前にお風呂。
お風呂に向かおうとしたら、携帯が鳴った。
こんな時間に・・・時計を見ると10時過ぎ。
寝るのは早い時間だけど、予約していたのならともかく突然かけてくるのは微妙な時間じゃない?
発信者を見ると、左間之助だった。
なんで、左間之助が・・・そう思いながら携帯に出た。
「こんな時間になんなの?」
「あ、すみません!ちょっと・・・トラブってまして、あの少々お力をお貸し願えませんでしょうか?」
あせったように向こうで言う。
「私が手を貸せるようなものなの?」
私が出来る事なんてたかがしれている。
「大丈夫です、あなたじゃないと・・・あっ!ちょっと・・・」
携帯の向こうで何かの物音がする、騒々しい。
「・・・分かったわ、理由とか原因とかは分からないけど今行くから場所を言いなさい。」
しかたがないわね・・・何でこの私が夜遅い時間に呼び出されないといけないのよ。
お風呂に入っていなかったのが幸いだった。
お風呂に入っていたら行かないところだ(笑)。
遊里は、仕事部屋か・・・言う必要はないわね。
私は書き置きもせず、言わないで家を出た。
呼び出された場所は予想外で、音楽ホールだった。
こんな夜遅くに音楽ホールって・・・と思ったけれど。
よく知っているオーケストラで、まだ楽員は居て、なにやらもめていた。
私が入ると一斉に皆、私を見た。
「小日向さん!」
左間之助は走ってくる。
「何よ、こんな夜遅くに。」
「すみません・・・実はあの人が・・・」
言われた方向を見て、私は嫌な顔をした。
一番会いたくない人物。
大物演奏家、チェリストのフォレスト=ヴェルナー氏だった。
「やあ、サエコ。」
機嫌良く、手を挙げる。
ああいう表情をするときは要注意である。
「で、彼がなんなの?」
私より有名なチェリストなんだから私が呼ばれることはないはず。
「練習を終了したいんです。」
「すればいいじゃない、そんなことで私を呼んだの?」
そんなことで夜に呼び出されて更に機嫌が悪くなった。
「その・・・か、彼が・・・」
「いくら有名でも一人わがまま出来ないでしょ、公演は彼一人ではお客は呼べないはず。」
「なんですけど・・・」
ちらりと見る。
態度は見るからに横柄、私だって一緒の空間に居るのが嫌なくらい。
「要求はなんなの?」
私はらちがあかないので聞いた。
「その・・・あの・・・・」
「左間之助、はっきり言いなさい。」
イライラさせられるのは嫌いだからびしっと言う。
眠そうだった団員の身体が硬直するのが分かった。
「こ、小日向さんです。」
「私?」
今度こそ、よく分からないわね。
「あなたを連れてくるように、と。」
ごくり、と左間之助は唾を飲む。
「どうして私なのよ。」
「それがよく・・・わからないので・・・」
「で、とりあえず私を呼び出したのね。」
「すみません・・・」
あまりいいことではないようだ。
練習が夜遅くまでかかることはある、でもそれは公演に向かって精度をあげることであったが「彼」の場合はそうではないようだ。
彼は私の兄弟子にあたる、通常であれば私が意見するのは難しかったが間違っていることは正さないとならない。
そこは師匠も容認してくれるだろうと思う。
「Mr、楽団員を家に帰してください。皆困っています、この続きは後日にしていただけませんか?」
私は嫌だけど歩み寄って言う。
「君がそれを言うのかい?」
「彼らに頼まれました、私を呼び出したのはあなたでしょう?」
「無理を言った、君に会いたくてね。」
ざわざわと鳥肌が立つ。
これは・・・嫌な展開だった。
「あなたでしたら今日はもう十分合わせたでしょう、それに公演までまだ時間がありますし調整は可能だと思います。」
楽団員に被害が及ぶようなことはできないのでそうならないように話す。
「分かったよ、君に言われたらそうする。」
素直に言う。
「左間之助、皆を帰していいわ。」
「あ、ありがとうございます。」
左間之助は皆にいい、待っていたように一斉に動き出す。
「さて、君だ。」
彼は嫌な笑い方をして言う。
「夜も遅いんですから、ホテルにお帰りになったらいかがです?」
多少、強く言う。
私は兄弟子でも言いなりにはならない、理不尽なことには抵抗する。
「まだ、宵の口だ。1杯つきあってくれても罰は当たらないと思うんだがね。」
来たか・・・理不尽な要求。
私ならいざしらず、彼ら楽団員にはきついことだろう。
それで、名前が出た私に助けを求めたのね。
「それはセクハラですよ、師匠も嫌いなことです。」
「大人のたしなみだと思うのだけどね、だから君は世界に出られないんじゃないのか? 強情も強すぎると成長しないな。」
「人それぞれです。」
何を言われても私は屈しない、つきあいならしかたがないがこういった個人的な誘いは行かないのが私の信条だった。
ましてや男の誘いは絶対、裏がある。
「アルコール1杯だぞ?」
「女性と話したいのなら、そういったお店に行かれたらよろしいでしょう。私は存じませんが、あなたにはお友達はたくさんいらっしゃると思いますが。」
「・・・言うな、私に。」
私に対してすごむ。
だからって、私がひるむわけもない。
「タクシーを呼びますから、どうぞお帰りに。」
「サエコ。」
「まさか、こんな事で私や彼らに圧力をかけるなんて、稚拙な事なさいませんよね?」
彼ににっこりと笑い、嫌味を言う。
怒っていたようだったが、しばらくして表情を変えた。
「···君はまったく、変わったチェリストだな。皆、私の事を伺うのに。」
それは自分がはじかれるのが嫌だからだ。
この世界から、自分がいなくなってしまうのを
私にはその気持ちがない。
そこらへんがそういう人たちと私が違うところだった。
何もチェリストだけが職業ではない、人材を必要としている人たちはたくさんいる。
華々しくスポットライトを浴びるだけがチェリストではないのだ。
「私の負けだよ、今日のところはおとなしく君に従おう。」
「助かります、Mr。」
素直に引いてくれて私は少し安心し、油断していた。
あっと言う間に彼が私の手を取り、手の甲に唇を押し当てたのだ。
ぞわっ☆
一気に、全身の毛が逆立った。
思わずひっぱたきそうになったけれど、ぐっと堪える。
自分を誉めてやりたかった。
左間之助がひゃりとした様子で見たのが視界に写る。
手をなんとか自然に引いて私は言った。
「おやすみなさい、夜道にはお気を付けを。」
コンサートがなければ闇討ちにでもしたいくらい。
しかし、彼は私の心中などわかりもしないようにマネージャーと笑って帰って行った。
残されたのは冷や冷やし通しの楽団関係者と、左間之助。
楽団関係者はホール終了の最終準備をしにすぐ出てゆく。
最終的に残ったのは私と左間之助。
「こ、小日向さん・・・」
恐る恐る私に声をかけてくる。
「なによ。」
私の心中は、かなり怒りが渦巻いている。
瓦があったら叩き割ってるくらい。
「すみませんでした!」
直立不動の即礼で言う。
「・・・いいわよ、この程度ですんで良かったわ。」
ボスッ。
左間之助のボディーに一発入れる。
「ぐっ!」
言っておくけど手加減しないわよ、今は。
前のめりになる左間之助。
「すみません・・・」
「まったく、あんな奴に触られるし手にキスもされるなんて。腹立たしいったら!! 早く手を洗いたいわ!」
「は、はい、手拭きじゃないですけど・・・」
目の前に、フェイスペーパーを渡される。
「準備がいいわね。」
「はい。」
「ここ、照明けしますー!!」
楽団員が出口で言う。
「左間之助、出るわよ。」
「はい、準備はできてるので出られます。」
私たちは劇場を出た。
風は寒く、吹き付けてきた。
時計を見ればもうすぐで日付が変わるじゃないの、私はため息を付いた。
その様子を見てまた左間之助は謝る。
「事故だと思うわ、今日のことは。それより、今日はムカつくことばかりだからちょっと付き合あって。」
「えっ?」
「お夕飯、食べた?」
「いえ、まだ・・・少しはお腹に入れたんですけど。」
「じゃあ、付き合いなさいよ。」
・・・あ、おごるのは左間之助の方か。
「・・・誘ってくれてるんですか?」
「そうよ、この私が誘うのよ。もちろん断らないわよね?」
「は、はい!是非、ご一緒させてください。」
それは嬉しそうに言った。
私は、お酒は酔いつぶれるほど飲む方じゃない。
バカ騒ぎや、乱れるのは恥ずかしいことだと思っていたから。
けれど、私も神様でもないのでそうなる日はたまにある。
まぶしい。
私はベッドの中で目が覚めた。
その様子はいつものことなので何も考えずに体を起こす。
でも、その際にすごく頭が痛いことに気づく。
ガンガンする。
これは・・・・二日酔い?
はるか彼方になったことがある、状況だった。
「痛。」
頭に手を当てる。
「はい、お水。」
「ありがとう。」
どこからともなくタイミング良く水が出てきて私はそれを飲み干す。
水が冷たい、頭が痛いのはなおりそうもなかったけれど喉の渇きは潤いそうだった。
「・・・・・・・」
はたと、気づく。
私は水をくれた手の主を見上げた。
「昨晩はずいぶんと、手を焼かせてくれたわね。」
遊里が嫌味を言っているのは分かった。
でも、その手を焼かせてくれたというのは分からない。
そういう表情をしていると彼女は呆れたように言う。
「昨日、何時に帰ってきたと思っているの? 2時よ、2時。練習後はご飯食べてお風呂入って寝ていると思ってたのに、いつのまにか家を出て飲んでいたですって?」
思い出した。
昨晩は左間之助に呼ばれて、そのあと・・・。
「あれは、兄弟子が無理言って。」
「詳細は左間之助くんから聞いたわ、彼に迷惑をかけるくらい飲むのはどうかしてるわ。ここに連れてくるのだって大変だったのよ!?」
遊里、怒ってる・・・。
「ごめん・・・」
その怒りの程度に思わず謝ってしまう。
「いくら怒りがあったからって、お酒に呑まれるのは大人として自覚のない証拠よ。」
今日はきつくお説教される、よほどまずかったのかしら私。
「あとで謝っておきなさいよ、冴子。」
「わかったわ。で、遊里は大丈夫だったの?」
「・・・大した迷惑じゃないわ、あんなの。本当に大変だったのは彼よ、左間之助くん。」
苦笑して言う遊里。
だめだわ、全然覚えていない。
変なこと、口走ってなければいいけれど。
「それと。」
遊里は言葉を区切る。
「なによ・・・」
まだ私、何かした?
少しひるむ、こういう時の遊里は怖いから。
私も言うけど、遊里はどっかーんと言うから怖い。
でも、遊里が口にしたのは謝罪だった。
「悪かったわ、昨日は。あのあと落ちいて考えてみたのよ、そうしたらああーと思い当たる節がね。」
そっちか。
昨晩の悪夢と二日酔いですっかりすっ飛んでしまったわよ。
「もういいわ、おあいこって事で水に流さない?」
時間がたって、衝撃的な事があって怒りも薄れてきているしこのまま喧嘩していても居心地悪いだけだし。
「冴子がいいなら。」
「私は構わないわよ。ただ、今後は止めて欲しいわ。」
私は嫉妬深いのよ、こと遊里に関しては。
「ごめん、配慮が足りなかった私が悪かったわ。」
状態を屈めて私の髪にキスをする遊里。
「分かればよろしい。」
私がそう言うと苦笑して、気分が良くなったら起きてらっしゃいと言って出て行った。
痛いな、頭。
久しぶりの二日酔い・・・みっともないったら。
しかも左間之助に醜態をさらしてしまったようだし、まともに顔を合わせられないわ。
今日は1日、大人しくじっとしていよう。
それより・・・私は思い出して、アイツがキスしてきた手を見る。
返す返す思い出すと腹が立つ、あんなのに付け入る隙を与えただなんて。
普通なら、速攻張り手なのに。
あのあと、左間之助にもらったフェイスペーパーで拭いたあともよーく洗った。
ゴシゴシ洗った。
生理的に受け付けられなかった、まったくもう!
ゾワゾワと全身の毛が逆立つ思いもしたし。
ああ、いろいろ考えると別な意味で頭が痛くなってくる。
考えるのは止めて、ゆっくり寝ようと思う。
次起きた時にはいいことがありますように。
体調が良くなれば、遊里と”仲直り”が出来るだろうし。
私は目をつぶった。
「大丈夫?」
私は人の気配を感じて目を開けた。
眼前に遊里の顔がある。
「・・・今、何時?」
「19時過ぎ。」
「・・・随分と、寝過ごしたわ・・・」
私は額の髪を払う。
気分はだいぶいい、ただ汗をかいたのかパジャマが湿っていた。
「どう? 起きられる?」
「なに?」
「夕ご飯、食べた方がいいわ。」
ゆっくり起きあがろうとした私を補助してくれる。
相変わらず優しくて涙が出るわ(苦笑)。
「それより、シャワー浴びたい。汗かいちゃったから・・・」
「確かに、先にシャワーにした方がいいわね。夕飯は用意しておくわ。」
「それはいいわ。」
「なんで?」
準備しようと動いた遊里が振り向く。
「身体洗って、遊里。」
「・・・どこの女王様なの?」
「小日向家の女王様、遊里は家臣かはたまた執事か。」
「ご主人様じゃなくてもせめて、愛人の方がいいわね。」
「じゃあ、愛人で。」
私は遊里に手を伸ばした。
遊里はしょうがないわねと笑って私の手を取る。
断らないのは知っていた。
喧嘩していたから仲直りの儀式みたいなもの。
「恋人なのに愛人ってちょっと悲しい。」
「時々、シチュエーションを変えないとマンネリ化するじゃない。」
「マンネリって・・・そんなにフレッシュじゃないかな、私たち。」
「昨日のこともあるからよ。」
「・・・それを言われるとツラい。」
猛省しているようで、落ち込む。
「もういいわよ、ちゃんと愛してくれれば。」
「身体洗うんでしょ?」
「それだけのつもりだったの?」
「・・・・まじめに受け取ったのがバカみたい。」
「分かってて言ってるのかと思ったのに、素で身体洗ってくれるつもりだったの?」
笑ってベッドから起きる。
「昨日からちょっと、変なのよ私。」
みたいね。
いつも通りやさしいけど、私の気持ちなんて分からないし。
「なにかおかしいもの、食べたんじゃないの遊里。」
「かもしれないわ、冴子が特効薬かもね。」
遊里は私を抱きしめた。
「汗のにおいも好きって変態だと思う?」
「・・・人によるでしょ、遊里なら気にならないわ。」
「でも、私はお風呂に入っていい匂いをさせてる冴子を抱くのが好きよ。」
首筋に唇が吸い付くのを感じた。
「遊里。」
「・・・わかってる。」
私の声も遊里の声も、ある種のものが混ざり始める。
お互い期待するもの。
遊里の手が私の身体を這った。
「早く、浴室に・・・」
「困った、今すぐ欲しい。」
唇を肌に落とされる。
「遊里ー・・・」
「あとで洗ってあげるから。」
「汗くさいわよ。」
「冴子の汗だもの、問題なし。」
手がパジャマの裾から入り込んできた。
「・・・もう、それじゃあ変態じゃない。」
「さっきと言ってることが反対。」
ゆっくりと肌を撫でられる。
「・・・ん、っ」
「よほどご立腹だったみたいじゃない、昨晩は。」
「久しぶりに男にキスされたのよ、しかも手の甲に。」
「良かったじゃない、唇じゃなくて。」
笑ってるし、遊里。
ほんと唇にされたら、確実にひっぱたいていたわ。
それでも、手の甲にされたのも腹立たしい。
ここへのキスは神聖なものじゃない? 私はそう思ってるんだけど。
あんなのにキスされて汚された気分。
「当事者じゃないから、笑えるのよ。気持ち悪いったら・・・」
「で、私登場?」
「そう、消毒係。」
「・・・ちょっと悲しいなぁ。」
「いいじゃない、唯一私にひっぱたかれないで身体に触れることができるんだから。」
「それはそうか。」
私たちは私がさっきまで寝ていたベッドにもつれ込んだ。
「大丈夫?」
「薬と寝たからいいわ、大丈夫。」
私は腕を伸ばす。
「左間之助くんが連絡くれた時、ちょっと気が気じゃなかった。」
「そう? 私、そんなに酔っぱらってた?」
「そっちじゃなくて、帰ってこないかと思った。」
「そんなわけないじゃない、ここが私の家なのに。」
「彼がちゃんとした人で良かったわ。」
「・・・あとで私が怒ると怖いから、帰したのかも。」
それもあるか、そう言って遊里は私のパジャマを器用に脱がし始める。
「左間之助は嫌いじゃないけど、弟みたいな感じなのよ・・・男性としては見られないわ。」
「彼が聞いたらがっくりするわね。」
「仕方がないじゃない、あきらめてもらうしか。」
私が好きなのは遊里なのだし。
やっと私がお風呂に入れたのは夜遅くだった。
ちょっと間が開きすぎ、遊里は次の日の朝に入ればと言ったけどさすがにイヤだった。
ベッドならもう一つあるから、お風呂から出たらそっちへ寝ればよかったし。
遊里はちゃんと文句を言いながらも身体を洗ってくれた、さすがに仕掛けては来なかったけど。
かなり、がんばったから疲れたのかもしれない(笑)。
「身体くらいは自分で拭いて。」
私にバスタオルを投げる。
「アフターサービスは無しなの?」
「無し、無し、お風呂で使い切っちゃったわよ。」
ま、いいわ。
それくらいはできるし。
二人でそんなに広くない脱衣所で身体を拭いた。
「来週は、一昨日のリベンジをするわ。」
「リベンジ? また機嫌が悪くなるんじゃないでしょうね?」
「遊里が私の機嫌を損ねなければね。」
「・・・私なの?」
「私、悪くないもの。」
あれは遊里が私の前で他の女性を誉めたからじゃない。
「自信満々で言うわね。」
「どうみても遊里が悪い。私、遊里の前で他の人を誉めたことがあった?」
私自身、考えてもない。
「う・・・」
「無いでしょ? 」
「うー・・・そうだっけ?」
「無いわよ。」
基本的に私は誉めない、比較はするけど。
人はひとで、私はわたしだと思っているから。
「それとも、行きたくないのなら別にいいわ。」
「それはない、って。」
しがみついてくる。
遊里、デートはしたいらしい(笑)。
あんなに私に冷たくされたのに。
私だってああいうことがなければ、ふつう通りのデートで終わっているわよ。
さっさと私は脱衣室を出た。
髪をドライヤーで乾かす前に、まずは失った水分を補給する。
ミネラルウォーターでもいいけど、今はアルコール。
身体がアルコールを欲しているようだった。
昨日の今日でお酒っていうと遊里に怒られそうだけど・・・。
「・・・冴子。」
案の定、遊里は私が別部屋のベッドで瓶ビールを飲んでいるのを見つけると睨みつけてきた。
やっぱり?
「いいじゃない、もう直ったんだし。これ1本だけよ。」
「昨日の今日で?」
「そういう気分なの。」
もうちょっとで飲み終わるからと、手で制す。
遊里は肩をすくめ、首を振った。
言っても無駄なのは分かっているようなのか私の横に座り、ガシガシと首にかけたタオルで髪の毛の大体の水分を取ってからドライヤーで乾かし始めた。
「反省してないわね。」
「酔うほどじゃないわ、知ってるじゃない遊里だって。」
「知ってるけどね、昨日の状態を知っている私としては飲んでいる姿を見るのは複雑なのよ。」
ゴーーーーっと、音を立てて温風が私に当たる。
温度が調整されていてあまり暑くないから眠くなりそう。
「細かいことは気にしない、気にしない。」
「スルーするつもり?」
苦笑しながら遊里が言う。
「迷惑をかけたのは悪かったわ、謝る。今後は無いように心がけるつもり。」
私だって予想外の泥酔失態だったんだもの。
普段だったら絶対にあんなことにならないのに。
それもこれもあの男のせいだわ、あの野●ー。
つぶやいたら遊里にポカリと頭を軽く叩かれた。
「口、悪いわよ。」
「いいじゃない、もっと口汚く罵りたいのに。」
「止めときなさいよ、冴子が汚れちゃうわ。」
「そんなに聖人君子じゃないわ、私。」
「そうだけどね、気にするに値しないわそんな男。」
遊里の口調に少し変化がある。
私だけに分かる彼女の感情の揺れ、多少は怒っているようだ。
「ひっぱたいた方が良かった?」
「そうねー、冴子にしたら反応が遅かったわね。」
乾いてきた髪に櫛を通す。
「喧嘩を引きずっていたしね。」
「・・・・悪かったわよ。」
「でも、大人の対応だったでしょ? 誉めてもらいたいくらい。」
「まあ、当事者と楽団員の両方にあとくされなく解決したのは誉められるわね。その代わり、冴子が被害を被ったけど。」
「成長したのよ。」
「よしよし。」
頭をなでられた。
子供のように頭を撫でられてあまりうれしくはないけど。
「寝るわ。」
睡魔が激しくやってきた、あんなに寝たのに。
髪はもうすっかり乾いていて、すぐにでも寝れそうだった。
あまりの眠さにお肌のケアは後回しにすることとする。
「先、寝てて。まだ仕事が残ってるから。」
遊里は私が布団に入るのを見届けてからそう言った。
「残っていたの?」
「少しよ、ほんの少しね。」
自分の事は後回しにするから、遊里ってば。
「布団、暖めておいてあげるわ。」
「そうしておいて。」
笑って私の伸ばした手をつかむ。
少しって言っているけど、残っている仕事は”かなり”だと思った。
ほんと、自分のことは後回しにして・・・。
ドアが閉まり、部屋が暗くなると目をつぶったらすぐに寝れそう。
遊里には悪いけど、先に寝ちゃうわね。
後でサービスするから(笑)。
そう、心の中でつぶやいて私は目をつぶった。




