後先は死後まで
今回は、翔君に惚れていた、同じクラスの女の子「小野 栞」の視点です。
今日は、中学校の卒業式の日。外では雪が降っていて寒い。
今は、卒業証書授与が終わったところだ。
「それでは、卒業生代表、九地ヶ谷 翔さんお願いします。」
「はい。」
私は今返事をした、翔君に恋をしている。ベタな話かもしれないけど、卒業式が終わったら告白をするつもりだ。私が好きになったのは、翔君がいじめられているのを見てからだ。いじめられても何も言わずに、何もせずに、ただ普通であろうとした姿を見たからだ。
その時に告白できれば良かったんだけど、覚悟ができなかった。その覚悟ができる頃には、クラス全員が翔君のことをいじめていて近づいたりすれば、私が危なかったからできなかった。
卒業式が終われば、クラスメイトとも関わりが薄くなるから告白しようと考えついたから、この式が終われば告白するつもりだ。
「俺は2年生の一学期からいじめられてきました。」
私は、翔君が言ったことに驚いた。私の隣にいる女子も、驚いている。翔君は会場を見渡すと、話を続けた。
「具体的には、靴を隠されたりするのは日常的です。むしろ、それが無い日はありませんでした。机の上には油性ペンで落書きがされ、怒られるのはいつも俺でした。ロッカーには、ごみ箱が詰め込まれてたり、わざとらしく女子の体育着が入っている時もあり、それが見つかると晒し者にされ、先生からは体育着の持ち主に謝れと強要され土下座までさせられました。」
翔君は、一体どんな思考回路をすればそんな事実を言えるんですか。
「(ねぇ、今の本当なの?)」
前にいるクラスの女子が私や、隣の人に話しかけている。どう答えていいか分からない私は黙っていた。隣の女子も黙っていた。
どんどんざわめきが大きくなる中、翔君は口を開いた。
「あれか?具体名を出さなきゃ信じてくれないか?…新堂。俺は一番怒ってるのはお前だからな?一番最初にいじめてきたからな。その次に新堂を止めないで、いじめてきた安田。」
男子の方を見てみると、男子側のざわめきは大きくなる一方だった。それも無視して翔君は話を続ける。
「あと、担任。二者面談の時にお前はなんつった?覚えてるか?『いじめアンケートに嘘を書くのは辞めなさい!さっさと書き直せ!私のクラスにいじめなんてあるわけないでしょ!』って言ったこと覚えてるか?」
その瞬間に、先生方の席も騒がしくなった。確かに私たちの担任は、怒りっぽかったし、自己中心的な考え方をすることが多く、教室の中でもあんまり人気はなかった。
話はそれでも終わらないようだ。
「まぁ、なんだかんだで一番心に傷がついたのは、クラスメイト全員からの『死ね』の大合唱だな。クラスの全員が俺に向かって『死ね』って言ってきた。全員だぜ?言わなかった奴がいないと気付いた時はマジで傷ついたよ。」
その言葉を聞いて、私は涙を流していた。
理由は私にも分からない。視線が私に集まっているのを感じて、涙を止めようとしたけど止まらなかった。
翔君の話は涙と同じように流れ続ける。
「二番目に傷ついたのは、生徒会の役員選挙の時に俺の推薦者が、女子になってそいつがドッキリだったっていう時だな。最初から選挙が終わるまで傍にいたくせに、選挙が終わった途端に、なんか呼び出されて『私が心からあんたのこと応援してたとでも思ってんの?』って言われたのがマジできつかった。」
……私の事だ。寄り添ってあげたくて、推薦人をやっていたら新堂から「お前、翔の事どう思ってんの?」って聞かれて、自分を守るために仕方なく「あんな奴大嫌いよ。推薦人をやったのはドッキリのためだよ。」って答えた。もちろん嘘。だったのに、新堂が「じゃあ見守っててやるからドッキリやってくれよ。」って言われた。
結局、やらざるを得なくなって私が言ったときの、翔君はすごく落ち込んでいた。
私は、あんなことやりたくなかったのに。
「(ねぇ、大丈夫?声でてるよ?)」
と、隣の女子から注意されて気が付いた。気付けば、取り返しがつかなくなっていた。
「という訳で、俺は必死に考えた。何処までも考えた。俺をいじめた奴らがどうすれば苦しむかを。」
どうやら、翔君も取り返しがつかないらしい。私は無理やり体を黙らせて話を聞いた。
「答えは一つだ。“ここで死ぬ”。」
翔君は、包丁を取り出して胸に突き立てる。その瞬間に、私の体と口は動いていた。視線が集まるのはも気にしない。
「待って!私は何ができる!?あなたが死なないためには何ができる!?」
私は立ち上がって、翔君に聞いていた。
「何も無いよ。強いて言えば、お前がその言葉をもっと早くに言えば止めれたんじゃないか?言えないだろうけど。言えなかっただろうけど。巻き込まれるのは怖いって思って逃げてたから言えなかっただろうけど。」
怖いじゃない!どうやってもいじめられている人を助けるのは、怖いじゃない!
翔君には、まだ生きていてもらわないといけない。止めなきゃ。止めなきゃ!
「未練は!?未練は無いの?」
視線が痛い。でも、こんなのは翔君に比べたら痛くもない。
「あるけど、もうどうしようもねぇよ。“普通の中学校生活を送る”だから。」
その答えには、私はどうしようもなかった。力が抜けていくのが分かる。
自分にもっと勇気があればよかったのに。止められたかもしれないのに。
その考えで頭の中が埋まった。結局、私は泣くことしか出来なかった。
「さぁ、俺は死ぬぞ。あ、そうそう校長先生。ここに読んでもらいたい物があるから、俺が死んだら読んどいてね。」
翔君がそう言った後に、悲鳴が溢れた。
顔を上げると、翔君は直立不動で死んでいた。鳩尾にナイフが刺さったまま、翔君は目を閉じていた。
血はナイフを伝わって体の外へと流れていく。
後ろが気になり向いてみれば、保護者達がスマホで翔君を撮っていた。もう既に、SNSに上げたかのような動作をしている保護者も居たし、何やら電話をしている保護者も居た。
在校生は、卒業式などなかったかのように普通の声でしゃべっている。
「うるさい!!黙れ!!遺書を読むから黙れ!!」
普段は怒らない校長が怒鳴った。
すると、不思議なくらいに静かになった。
校長は、遺書を取り出し軽く黙読してから、読み上げた。
校長の表情は苦痛に歪んでいる。
「『まずは、保護者の皆さま。俺の自殺をSNS等にアップロード頂き感謝申し上げます。
皆さまがSNS等に上げて下さったお陰で、注目が集まってマスゴミに俺の自殺は取り上げられることでしょう。
次に、卒業生の皆さん。ご卒業おめでとうございます。高校生活を楽しみにしておられることでしょう。
合格できたらの話ですがね。
今年の卒業式は、たまたま公立高校合格発表の前日です。このことがどういうことか、いじめを完全にばれないようにできる俺の賢いクラスメイトなら分かることでしょう。そうそう、担任も追加で。
例えば、SNS等で取り上げられたことが、マスゴミに伝わって全国ニュースになったらどうなるでしょうか。
高校は合格判定を取り消しはしないだろうか。
俺の担任は、教育免許剥奪にされないだろうか。
合格判定が取り消されずに、入学できたとして楽しく生活できるだろうか。
教育免許剥奪にならなかったとしても、満足におしえられるだろうか。
俺のクラスメイトでない卒業生の皆さまは不満になることでしょう。
同じ中学校というだけで、高校に行けなかったり、行っても楽しくなかったり。
よく考えてみて欲しい。俺のクラスメイトが悪くはないか?
いじめなければ済む話だし、いじめられていても躊躇なく止めればよかった話のはずだ。
俺の担任以外の先生方も不満になることでしょう。
でも考えてみて欲しい。
俺の担任が、くだらないプライドを捨てて、アンケート結果を学年主任にでも、校長にでも言えば良かった話ではないだろうか。
俺のクラスメイトの屑ども、俺の担任の屑。
お前らは“人殺し”だ。
その罪を背負え。
逃げるなよ?
自殺して逃げられると思うなよ?
否定して逃げられると思うなよ?
反省して逃げられると思うなよ?
その事実は、覆らない。
逃げても、逃げても、追ってくるんだ。
罪悪感は消えないんだ。
最後に、SNS等にアップロードされた保護者の皆さま。
あんたらのせいで、全国ニュースになるのも同義だからな?
自分の子の罪をSNSに上げて何が楽しいんだよ。
大人なんだから判断ぐらいちゃんとしろよ。
後先ぐらいちゃんと考えろ。
それこそ、死んだ後のことも。』」
校長が手紙を読み上げた後は、私たちのクラスを見る目は、明らかに冷たかった。
何も言ってこないが、恐らく恨んでいるのだろう。
「…全員、教室に戻りなさい。先生方と、保護者の皆さまは体育館に残ってください。」
校長が司会になり、卒業式は終わった。
私たちは教室に戻った。
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「ひぃっ!」「うわぁぁぁ!!」「んなっ!!!???」
「きゃぁっ!?」「いやぁぁ!」
教室に入ったクラスメイトは全員が悲鳴を上げていた。その理由は教室に入った瞬間に分かった。
黒板に書かれていた5文字に皆驚いていたのだ。
それ以外には教室に何もない。
『卒業おめでとう』などと書かれた飾りも無かった。
黒板に血で書かれた5文字。
ヒトゴロシ
翔君頭良すぎ