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『アリアンヌの手づくりパン』:フォルトゥーナ視点


 それは、わたくしが部屋でレースを編んでいる時でした。

 部屋の大分遠くから、アリアンヌと料理長の言い争うような、困ったような、そんな話し声が響いてきたのです。

 声はどんどん大きくなり、「アリアンヌさん、どうかそれは諦めてください!」という料理長の声がドアの前から響きました。

 使用人がドアを開けると、バスケットを抱えた涙目のアリアンヌと、呻き声を上げかけている料理長が立っていました。

 部屋の中に促すと、


「フォルトゥーナさまぁ、失敗してしまいました……っ」


 アリアンヌが涙目でバスケットを差し出してきました。

 テーブルの上にバスケットを置いてもらい、上にかけられていた布巾を取り除きます。

 するとどうでしょう?

 黒い何かがコロコロと、バスケットの中に固まっていました。

 わたくしは、目の前に差し出された黒い塊に、どう反応を返して良いのかわかりませんでした。


 アリアンヌが厨房へ行ったのは、二時間ほど前のことです。

 

「わたくし、美味しいパンを作れるようになりたいのですっ」


 拳を固めて瞳を輝かしていましたから、わたくしは料理長にお願いして、アリアンヌにパン作りを教えてあげてほしいとお願いしたのです。

 料理長は二つ返事で了解してくれたのですが……。


 料理長、アリアンヌの後ろで冷や汗をたらしていらっしゃいますね。

 何がどうして、このようなことになったのでしょうか。


 黒い何かとしか言いようの無い塊は、恐らくパンなのでしょう。

 えぇ、決してパンには見えませんが、アリアンヌが作りに行ったのはパンですし、わたくしが料理長にお願いしたのもパンです。

 ならばこれは、間違いなくパンなのです。

 布巾を外した瞬間から漂う並々ならぬ焦げ臭さも、明らかに奇妙な形をしていようとも、パンのはず。


 そっと、一つ摘まんでみます。


 ……どうしましょう。


 アリアンヌが、涙目で、けれど期待の篭った眼差しをしています。

 これは、食べることを期待されているのですよね?


 わたくしはアリアンヌの主人です。

 ならば主として、彼女の期待に答えるべきです。

 彼女は、精一杯頑張ってくれたのに違いありません。

 ならばわたくしも、精一杯がんばらなくては。


 ドキドキとしながら黒い塊を口元に持ってくると、焦げの臭いがより一層強まりました。

 手に触れた感覚も、普段のパンとは違い、硬くごわごわとしています。

 触れた指先が黒い塊と同じく黒く染まってざらりとしました。


 勇気を持って、わたくしは一口、口に含みました。

 その瞬間、じゃりっという奇妙な音が。


 じゃりっ、じゃりっ、ごりっ、ぱきっ!


 気のせいでしょうか。

 パンではない音がしている気がします。

 口いっぱいに広がる苦味は、周囲の黒いこげなのでしょうか。

 ですが奇妙な甘みも広がってきます。

 パキパキと何やら固いものが舌をつつきます。

 そしてなにか、とろりとしたものも入っています。

 飲み込んでも、大丈夫なのでしょうか。

 いえ、飲み込まなくてはなりません。

 アリアンヌを悲しませるわけにはいかないのです。

 

 年配の使用人が、すかさず紅茶を淹れてくれました。

 わたくしは紅茶と共に、一気に飲み込みました。


 料理長が絶望的に天を仰いでいます。


「フォルトゥーナさまぁ…………」

「アリアンヌ、パンをありがとう」


 笑顔でお礼を述べれば、アリアンヌは嬉しそうにわたくしに抱きついてきました。


「わぁああん、フォルトゥーナさま、食べてくれてうれしぃいいいですぅうう!」

「えぇ、わたくしも貴方が喜んでくれてうれしいわ。でも、一つ聞きたいことがありますの」

「なんでしょう〜?」

「どうやって、このパンを作ったのでしょう?」


 これだけは確認しておかなければいけない気がするのです。

 今後の為にも。


「えっと、卵を小麦粉と混ぜました! きちんと粉砕したのですよ〜」

「ふ、粉砕?」

「はいっ。食べやすいように、粉々ですっ」


 ……これは、殻ごと、と判断して良さそうですね。

 先ほどの舌をつつく硬い何かの正体がわかりました。


「それから美味しくなるように、砂糖をいっぱいいれました」


 異様な甘みは砂糖でしたか。


「バターもたっぷりです♪」


 塊を包み込んだのでしょうか。

 そんな気がいたします。


「フォルトゥーナさまの好きな、夜空の星をイメージして、お星さまの形にしました」


 所々とんがっているのは、星型でしたか。

 先っぽが取れているのは、焦げすぎて崩れてしまったのですね。


「そう、いろいろ考えてくれたのですね」

「はいっ」

「ですが、料理長の言葉はきちんと聞いていましたか?」 

「えっと……たぶん聞いていました」


 ちらりと料理長を見ると、胃の辺りを押さえて今にも倒れそうです。

 大丈夫ですよ?

 わたくし、想像できましたから。

 料理長の説明中にアリアンヌがお皿を割ったり割ったり割ったり。

 指を切ったり火傷をしたり。

 そのフォローをしているうちに、アリアンヌは『言われたとおりに』作業を進めて、この黒いパンが出来上がったのですよね。

 

 つまり、料理長一人に任せて他の使用人をアリアンヌの側につけなかったわたくしの落ち度です。

 料理長を責めたりなどいたしません。

 笑顔でお礼を述べれば、料理長の顔に生気が戻ってきました。

 ごめんなさいね、無理をお願いしてしまって。

 あとでなにかお礼を届けたいですね。

 確か隣国との国境付近に生息する珍しいペットを欲しがっていましたよね。

 猫と同じような雰囲気の、尻尾が二つに分かれた子です。

 オリバートお兄さまにお願いすれば、手に入れてくれるでしょう。

 お兄さまに手紙を書いておきましょう。


「アリアンヌ、次からは、料理長に手順をよくよく確認して、ゆっくり、作るようにしましょう。そうしたら、より一層、美味しいパンが作れると思いますよ」

「はいっ、わかりました!」


 元気に返事をするアリアンヌは、明日もよろしくお願いしますと料理長を振り返りました。

 明日は、いつもよりも多めに使用人を手配してもらい、厨房に人手を割いてもらいましょう。

 もしも可能なら、ラングリースお兄さまにお願いして、エルドールをつけてもらったほうがよいかもしれません。 


「楽しみにしています」


 わたくしは、残った黒い塊を出来る限り食べました。

 アリアンヌがわたくしの為に作ってくれたのですから、当然ですよね。

 




 この日の夜。

 わたくしは、生まれて初めて、腹痛というものを経験いたしました。

 

 2016年 10月09日(日) 分活動報告より。

『悪役令嬢の兄になりまして』10000pt記念SSです。

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